IF全員彼氏①:花梨閉じ込め大作戦【完結】

File.4:降谷零の場合


 静謐な室内に、花梨の規則正しい寝息だけが優しく響いている。
 防犯ガラスと特殊な遮光カーテンで外の世界と完全に遮断された、僕の秘密の隠れ家(セーフハウス)。


「やっと、僕だけのものになってくれたね、花梨……」


 ベッドの脇に腰掛け、僕は彼女のさらふわの髪をそっと指先で梳いた。

 付き合って半年。この愛おしい白猫は、僕が仕事で目を離した隙に、すぐにフラフラと危険な場所へ行ってしまう。
 その度に僕の心臓がどれだけ冷え切り、花梨の「未来視」を狙う周囲の有象無象の悪意に、どれほど殺意を燻らせてきたか、彼女は何も知らない。

 だから、これは正当防衛だ。
 僕の、そしてこの国の理(ことわり)を守るための。

 ここなら、遮音性もセキュリティも国家機密レベル。僕の生体認証がなければ、ネズミ一匹出入りできない完璧な『要塞』。

 ふわり、と花梨の長い睫毛が揺れた。
 金色の美しい瞳が、ゆっくりと僕を映し出す。

 ああ、なんて美しい瞳なんだ。


「……ん……、零お兄ちゃん……? ここ……どこ……?」

「おはよう、花梨。よく眠れたかい?」


 僕はとびきり優しく、いつも通りの『お兄ちゃん』の笑みを浮かべて、彼女の頬を包み込んだ。

 君をこの部屋に連れてきたのは初めてだね。
 いつもは安室透のアパートだったからね。


「……ここ、どこ……?」


 花梨が訊ねてくるけど、僕は余裕の笑みで、こう答える。


「お腹空いていないかい?」

「ん……少し……」

「よかった。君の好きなハムサンドを用意してあるよ」

「本当? うれしい……♡」


 花梨が気怠そうに身体を起こす。
 彼女の肌には、僕が刻んだ赤い絆の証がいくつも残っていた。

 昨日の夜、彼女は成人したお祝いにと、初めてお酒を飲んだ。

 僕が勧めたバーボンを使ったハイボール。
 甘めの方が飲みやすいだろうと、サイダー割りにした。


『おいしい! ジュースみたい♡』


 初めて飲んだ酒を気に入った花梨は、僕が心配になるくらい勢いよく飲んでいたっけ。


『僕がついてるから、安心して飲むといい』


 そう言ったら、花梨は嬉しそうに笑った。
 二杯目に入ったところで、彼女の目がとろんとして、僕にしな垂れかかった。

 赤い顔、高い体温、荒く吐く息。
 眠そうな瞳。

 ああ、花梨はお酒に弱いんだな……。

 このときほど、花梨に酒を飲ませてよかったと思ったことはない。
 なぜなら僕は、そのまま花梨をこの部屋に持ち帰ったのだから。

 安室透のアパートなら、何度か連れ帰ってる。
 けれど、あそこは壁が薄い。

 それに、セキュリティ的にも問題がある。

 愛しい花梨を求めるのには向いていないから、いつでも動けるように、頬や、唇に軽いキスで済ませてきた。

 ……正直限界だったんだ。
 好きな女が側にいるのに、手を出せない、あの状況が。

 けれど、このセーフハウスなら、安心だ。


「花梨、身体は辛くないかい?」

「ん……腰が、少し痛いかも……?」


 花梨は昨夜のことをきちんと覚えているらしい。
 頬をぽっと赤くして腰を擦った。


「ごめんね? あんまりにも、君が可愛い声で啼くから、止まれなかった」


 限界だったからね……しょうがない。


「っ……零お兄ちゃん……」


 僕が頭をポンと撫でると、花梨の顔が耳まで真っ赤に染まった。


「こら、もう『お兄ちゃん』じゃないだろ?」


 あれだけ、僕を刻み込んだんだ。
 僕だけのものになってくれた……そう思いたい。

 でも、本当は違う。
 君が自分の意思で僕を選んでくれたんだと、僕は信じたいんだ。


「あ、零……さん」


 僕の名前を呼んだそのとき、花梨の腹が小さく「きゅるるる」と鳴った。
 ……腹の虫まで愛らしい。


「……っ、恥ずかしい……!」

「ふふ、恥ずかしがることはないさ。たくさん動いたからね、お腹が空くのは当然だ。さあ、特製のハムサンドを召し上がれ」

「た、たくさんって…………」


 トレイに乗せたお皿を差し出すと、花梨はベッドの上で小さくなって、僕の作ったハムサンドを美味しそうに頬張り始めた。
 その無防備な姿を眺めているだけで、僕の胸の奥は、温かくも歪んだ満足感で満たされていく。

 いっぱい食べて、体力を回復してくれ。
 これから、また僕を刻み付けるのだから。


「おいしい……♡ やっぱり零さんの作るご飯が一番好き」


 ふわりと微笑む君は、なんて愛らしいんだろう。


「それは光栄だね。これから毎日、君の三食は僕が管理するから、いつでも好きなものをリクエストするといい」

「え……毎日?」


 もぐもぐと口を動かしていた花梨の動きが、ふと止まる。金色の瞳が、部屋の異様な静けさと、窓がない構造に今更ながら気づいたように泳いだ。


「あの……零さん? スマホが見当たらないんだけど……。あと、今日はお外に行かないの? 私、書店に本を予約してて……」

「スマホなら僕が預かっているよ。外の世界のノイズは、今の君には必要ないからね。ああ、本ならあとで僕が受け取りに行くよ」


 僕は彼女の口元についたパン屑を、親指で優しく拭い、そのまま自分の唇で舐めとった。驚いて固まる花梨の額に、そっと自分の額を押し当てる。


「言っただろう、花梨。外は危険すぎる。君の未来視の力を利用しようとする奴らが、まだあの闇の中に潜んでいるんだ。僕がそれらをすべて駆逐し、日本を完璧にクリーンにするまで……君はここで、僕の愛だけを食べて、安全に暮らすんだ。……でもね、花梨」


 僕は彼女の金色の瞳を見つめる。


「僕が本当に怖いのは、君の力を狙う人間だけじゃないんだ」

「……え?」

「君は優しすぎるから」


 未来を見ることができる君は、きっと誰かが傷つく未来を見れば、放っておけない。

 自分が傷つくことも忘れて、誰かを救おうとする。


「その瞳がある限り、君はずっと誰かの痛みを背負い続ける」


 だから――。


「……時々思うんだ。その力なんて、なくなってしまえばいいのにって」

「零さん……」

「もちろん、君から大切なものを奪いたいわけじゃない。そんな資格が僕にないことくらい、分かっているよ」


 それでも。


「君が誰かのために傷つくくらいなら……僕は、君の世界を狭くしてしまうんだろうね」


 僕だけを見て。

 僕だけを頼って。

 僕だけの花梨でいてほしい。


「……困ったね。守りたいだけだったはずなのに」

「っ、それって……閉じ込められてるって言わない……?」

「人聞きが悪いな。これは『極上の保護』だよ。君を誰にも触れさせないためのね」


 怯えるどころか、どこか僕の執着を察して「零さん……」と切なげに僕の胸に手を当ててくる花梨。その優しさに、僕の理性は何度でも蕩かされる。


「……大丈夫。仕事以外の時間は、ずっと僕が君の側にいる。愛しているよ、花梨。僕の生涯をかけた、たった一人の女神様――」

「れぃ……ン」


 彼女の言葉を塞いで、食事休憩はそろそろ終わりだ。

 さあ、お腹もいっぱいになったことだし、また運動しようか?
 健康のためにも――ね。




おしまい☆
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