IF全員彼氏①:花梨閉じ込め大作戦【完結】
File.2:工藤新一の場合
……そろそろ解けたか?
オレは腕時計を見下ろし、小さく首を横に振った。
花梨に課題を出してからまだ10分経ってない。
だが、気になって仕方ない。
「……早いとこ証拠を見つけて戻らねーと……」
気もそぞろだが、オレは今、殺人事件の現場に目暮警部に呼ばれてやって来ていた。
今日は、花梨とデートの予定だった。
あいつと付き合い始めて一年の記念日。夜は奮発して、ディナーも予約していたってーのに、急な呼び出し。
事件があれば、すぐに駆け付けるオレだが、今日ばかりはちょっと遠慮したかった。
事件に駆け付ける前のこと――。
オレと花梨は、映画を観に行く予定だったから、時間がくるまでオレの部屋でいつも通り、それぞれ推理小説を読みながらまったりしてた。
そこにかかってきた目暮警部からの着信。
依頼は、殺人事件が起きて、犯人の目星はついたが、疑いのある人物が複数いるらしい。オレに犯人を特定して欲しい――とのこと。
花梨を現場に連れて行くわけにはいかない。
不思議と勘の鋭い彼女だが、死体を見ると過呼吸を起こすし、最悪倒れる。
事件のあらましは聞いたが、犯人特定まで少々時間がかかりそうだ。
花梨には自宅に帰ってもらうのが一番いい……のはわかってた。
だけど、このまま帰すのは嫌だった。
それなら一択だ。
「いいか、花梨。この暗号が解けるまで、部屋から出るんじゃねーぞ?」
オレは花梨の手に一枚のメモ書きをのせた。
規則性のある文字と記号の羅列。
単純な暗号だ。
「ええっ? どういうこと~? 今日はデートじゃ……」
そう、今日はデートだ。
しかも付き合って一周年の記念日。
花梨のやつ、おめかししてきてて、髪なんか、ゆるふわウェーブがかかって、めちゃくちゃ可愛いのに。
事件がオレを離してくれねぇから……。
「……悪い。事件で呼び出された。たぶん暗くなるまで帰れねえ」
「あ。さっきの電話……? そうなんだ。そっか、がんばってね! そしたらデートは明日にしよっか。私、一人で映画観に行って……」
花梨は鞄を手に、座っていたベッドから立ち上がる。
こいつは、いつもそうだ。
事件に向かうオレに、文句の一つも言わない。
むしろ、笑顔で応援して送り出してくれる。
……でもな?
おいおい、あっさり帰ろうとすんじゃねーよ……。
いつまで経っても、あっさりしてんなオメーはよ。
「オメーは、ここで待ってろ!」
オレは花梨の両肩をポンと強く叩いて、座らせた。
「えー、でも私が待ってたら、新ちゃん、気になっちゃうでしょ? 事件に集中しなきゃ!」
「っ、バーロっ! オメーがここにいねえほうが心配だわ!!」
「え、どうして……?」
「どうしてって……なんっ!? オメーなぁっ!! いいか? オメーが退屈しないように暗号文を作ってやったんだ。それ解くまで部屋から出られると思うなよ?」
花梨のやつ、オレがどれだけお前のことを想ってるのか、全然わかってねえ……!
街を一人で歩いて、いったい何人の男に声をかけられる気だ?
心配に決まってんだろ!
それにオレは。
オレが部屋に戻るまで、待ってて欲しいんだよ!
「あれれ~? おかしいなぁ。さっきは『部屋から出るな』だったのに、今は『出られると思うな』なの~?」
「……言葉のまんまだよ。暗号文を解かないと、出られねえんだよ。阿笠博士の発明品だ。ここに答えを入力して当たってれば、出られるからな」
オレはついこの前、博士に頼んでおいた特殊な後付け鍵を引き出しから引っ張り出し、部屋の扉に設置する。
これは、あらかじめ設定した答えを入力しないと扉が開かない仕様だ。
花梨がすぐいなくなるから、考えたものだけど……博士、オレの言った通りによく作ってくれたぜ……。
「えっ」
ぽけーっとした花梨。
金色の瞳がキラキラと光って見える。
その顔も、可愛いなオイ……。
なんで、オメーはそんなに可愛いんだよ……。
帰ってきたとき、いの一番で花梨の顔が見られたら、疲れも吹っ飛ぶ。
だから、待ってて欲しいんだ。
……口には出せない、素直じゃないオレ。
オレは一人廊下に出て扉をゆっくり閉じていく。
「せいぜい頑張れよ?」
「あっ、新ちゃん。私、推理苦手――」
バタン。
ちょっと不安そうな顔の花梨を置いて、オレは今、こうして現場にいるわけだ。
「――工藤くん? おい、工藤くん、聞いておるのかね?」
「っあ、すいません目暮警部。ちょっと考え事をしてて……」
目暮警部の太い声に引き戻され、オレは慌てて腕時計から視線を外した。
……クソ、まだ12分しか経ってねえ。
現場の状況からして、犯人は容疑者三人の中に確実にいる。証拠の裏付けも、あと一歩で揃いそうだった。
いつもなら、謎が解ける快感に脳細胞がハジけてるハズなのに、今日のオレの脳みその半分は、米花町の自宅に残してきた『あの白猫』に完全に占拠されていた。
(今頃、あの暗号の紙を睨みつけて、うーうー唸ってんのかな……)
あいつは推理が苦手だ。
だからこそ、あえてちょっと捻った程度の、初心者向けの暗号にしておいた。
一文字ずつアルファベットに置き換えて、さらにそれを五十音順にズラして……あいつの頭なら、真面目に解けばだいたい二時間はかかる計算だ。
二時間。
それだけあれば、オレが事件を一気に解決して、ディナーの予約までに部屋に戻れる。完璧なスケジュールのはずだった。
なのに。
「……はぁ」
ため息が止まらねぇ。
思い出すのは、最後にドアを閉める直前の、あのきょとんとした花梨の顔だ。
ゆるふわに巻いた髪を揺らして、オレがプレゼントしたお気に入りの服を着て、せっかくの記念日だからって、あいつなりにおめかししてきてくれたってーのに。
(……可愛いって、ちゃんと言ってやってねぇな……)
現場の鑑識官たちがバタバタと動く中、オレはポケットの中でスマホを握りしめた。
――だめだ。
事件に集中しなきゃいけねぇのは分かってる。
でも、あいつが「新ちゃんのいじわる!」って半泣きになってたらどうしようとか、逆に「解けないからいーや☆」ってベッドで速攻ふて寝してたらどうしようとか、そんなことばっかりが頭をぐるぐる回りやがる。
気がつけば、課題を出してからトータルで15分。
……オレの我慢の限界だった。
オレは目暮警部の目を盗んで、すっと現場の廊下の隅へ移動すると、迷わず通話ボタンを押した。
コールは二回で繋がる。
『もしもし、新ちゃん? どうしたの? もう事件解決したの?』
スマホから聞こえてきたのは、泣き声でも怒り声でもなく、拍子抜けするほどいつも通りの、のんびりした花梨の声だった。
「いや、まだだ。……それよりオメー、暗号はどこまで進んだんだよ」
『え? 暗号? うーんとね……全然わかんないから、新ちゃんのお部屋の本棚から漫画借りて読んでた♡』
「オメーなぁっ!!」
脱力感でひっくり返りそうになった。
二時間どころか、五分で考えるのを放棄してやがったな、こいつ……!
『だって、本当に難しいんだもん。えへへ、新ちゃんのお部屋、新ちゃんの匂いがしてい居心地がいいから、このままここでお昼寝しちゃおっかな~』
「っ…………!!」
スマホ越しに聞こえる小さなあくびの音。
受話器を握るオレの手が、じわりと熱くなる。
部屋に閉じ込めたはずなのに、檻の中でぬくぬくと寛いで、あろうことか「心地いい」なんて言ってのけるあいつに、オレの心臓は完全にキャパオーバーだった。
「……オメーは、ほんっと無防備っていうか、緊張感ねぇっていうか……」
『ん? なぁに?』
「……いや、なんでもねぇ。ほら、第一のヒントだ。よく聞けよ?」
『あ、教えてくれるの?』
「一文字目をアルファベットに置き換えて、それを三つ後ろへズラせ。……そしたら、最初の単語は『D』になるはずだ」
『あ、なるほどぉ! 続きやってみるね!』
嬉しそうな声を聞きながら、オレは通話を切って、小さく前髪をかき上げた。
あいつを閉じ込めるために作った暗号なのに、結局、あいつの声が聞きたくて自らヒントを出してやがる。探偵のプライドも形無しだ。
「……あと30分。30分で絶対終わらせるぞ……!」
オレは容疑者たちの元へと、猛烈な足取りで引き返した。
あいつが次のヒントを求めてくる前に、オレ自身の手で、あの部屋の鍵を開けに行ってやるために。
おしまい☆