IF全員彼氏①:花梨閉じ込め大作戦【完結】

File.1:黒羽快斗の場合


 ぽかぽかと暖かい休日の午後。
 私は快斗の部屋のベッドの上で、完全に身動きが取れなくなっていた。


「ねえ、快斗……そろそろ離してくれないかな?」

「だーめ。今日は一歩も外に出さねーって決めてんの」


 背後から私をすっぽりと包み込むように抱きしめている快斗は、私の肩口に顔を埋めたまま、むにゃむにゃと甘い声を出す。
 彼に回された両腕はガッチリとロックされていて、まるでお気に入りのぬいぐるみを抱きしめる子供みたいだ。


「でも、お天気もいいし、せっかくの休日なんだよ? どこかお出かけしたいな」

「却下。お前が外に出たら、また変なトラブルに巻き込まれたり、他の男にジロジロ見られたりすんだろ。……それに」


 ちゅっ、と首筋に柔らかなリップ音が響く。


「平日、オレがどれだけ花梨のことで悶々としてると思ってんの。休日はオレの手の届く範囲で、オレのエネルギー補給に付き合ってもらわなきゃ割に合わねーの」

「う……っ、それは、ごめんなさい……だけど」


 相変わらずの素直すぎる愛の言葉に頬が熱くなる。
 けれど、朝からずっとこの状態で、さすがに少し退屈してきてしまった。私は快斗の腕の中でくるりと寝返りを打ち、彼と正面から向き合った。


「……快斗、ずっとお家にいるの、つまんない……」


 上目遣いで、少しだけしょんぼりとした声を出してみる。
 快斗の『閉じ込め作戦』に対する、私の最大の武器だ。


「う……っ」


 目に見えて快斗の肩がビクッと跳ねた。
 さらに私は、彼の胸元にぎゅっとすり寄りながら、とどめの一撃を放つ。


「私、快斗と一緒に、お外でクレープ食べたいなぁ……。ダメ……?」

「~~~~っ!!」


 快斗は天を仰ぎ、顔を真っ赤にしてバンバンとベッドを叩いた。


「ああああもうっ! お前ってやつは……!! その顔はずるいだろォ!!」

「えへへ、じゃあお出かけ……」

「ハァ……しょうがねーな。クレープ食いに行くか」


 大きくため息をつきながらも、快斗の口元はだらしなく緩んでいる。あっさりと『閉じ込め作戦』を放棄した快斗は、パチンと指を鳴らした。
 すると、ポンッという軽い音と白煙と共に、私の頭にすっぽりと大きめの黒いキャップが被せられた。


「へ? なにこれ」

「オレの帽子。あと、服もオレのパーカー着てけ。お前の身体のライン、他のやつに見せたくねーからな」

「ええ~、せっかくおめかししようと思ったのに」

「文句言うならこのままベッドで一生いちゃいちゃするぞ?」

「き、着ます!」


 慌てて快斗のぶかぶかのパーカーを被り、髪をまとめてキャップに収めると、快斗は満足そうに頷いた。


「眼鏡も忘れずにな――よし。あと、外に出る条件がもう一つ」

「条件?」

「オレから絶対に離れないこと。一秒でも手を離したら、その場でお前を担いでこの部屋に連れ戻すからな。……いいな?」


 私に眼鏡をかけながら、快斗は真剣な眼差しでそう言うと、私の右手をきゅっと力強く握りしめた。
 物理的な部屋という“檻”からは出してくれたけれど、結局のところ、私は『黒羽快斗』という甘くて絶対に逃げられない檻の中に、ずっと閉じ込められているのだ。


「うんっ! 絶対離さないよ!」


 私が満面の笑みで答えると、快斗は照れ隠しのように「わかってりゃいいんだよ」と私の鼻の頭を軽くつん、と弾いた。


「さーて、愛しのお姫様をエスコートしてやりますかね。……ほら、行くぞ花梨」


 繋いだ手から伝わる彼の体温は、どんな鍵よりも確かに、私を彼のもとへ縛り付けているのだった。




◇




 あれから私は、快斗と手を繋いで渋谷へとやって来ていた。
 渋谷――青子ちゃんたちと一度来たことがあるけど、賑やかな街だね。

 歩きながら感じるのは、誰かの視線。

 しかも、私にじゃなくて、快斗に。
 今日の快斗は、キャップをかぶってない。
 快斗って格好いいから、さっきからすれ違う女の子たちがちらちら見ている。

 しかも、かわいい子たちばっかり!
 それがなんだか、すこしモヤモヤしちゃった。

 でも……。


「……おい、花梨なにしてんの?」

「ん?」


 私は指先がちょっとしか出ない長い袖を、鼻元に持ってきて、ついくんくんと嗅いでしまっていた。
 快斗の匂い、落ち着くから好きなんだよね。

 女の子たちの視線はちょっぴり気になるけど、私はこうして快斗に包まれてるし、彼も私しか見てない。


「……それ、洗濯したばっかだけど臭かったか……?」

「あっ、ううん。ちがうの」


 心配そうにする快斗に、私は首を横に振った。


「……?」

「……快斗のにおい、好きなの。……すごく、落ち着くんだ♡」

「オレのにおいって…………っ!!?」


 私の一言に、快斗の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
 あれ? いつもの余裕そうな顔はどうしちゃったんだろ……。

 ふふふっ♡
 不意打ちしちゃったみたい……?


「おまっ! そっ、そういうことこんな場所で言うんじゃねーわ! 今すぐ家に帰りたくなるだろ」


 快斗は私に悟られまいと、咄嗟に片手で顔を隠した。
 でも、お耳まで真っ赤だよ?

 平静を装うのは間に合わなかったみたいだね。
 可愛い♡

 誰よりも大好きな彼。

 私は目をうんと細くして微笑む。
 でも、そのとき快斗の向こうに、見つけちゃったんだ。


「あっ! クレープ屋さん!」


 有名なクレープ屋さんを見つけた私は、快斗から手を放して走り出す。
 けれど、すぐに捕まっちゃった。

 手首を取られて、快斗の腕の中にあっさり収まった私。


「おい、こら花梨っ!! 手ぇ放すなって言っただろっ!!」


 頭に快斗の吐息が触れて、怒気を孕んだ振動が伝わってくる。

 外なのに……!
 周囲の視線が……痛いよ!


「だって、あそこ! クレープ屋さんを見つけたんだもの!」

「バーロ! 約束破ったんだから、部屋に強制送還に決まってんだろ! 帰るぞ!」

「ええっ!? ここまで来て? ウソだよね? って、きゃあっ!?」


 快斗の言葉とともに、私の身体がふわりと宙に浮いた。
 私……担がれてる!?

 ちょっとお尻触られてるんですけど……。

 たまたまかな?
 それともわざと?


「快斗っ! みんな見てるよっ!?」

「見せとけ!」


 快斗は私を肩に担いでずんずん歩き出す。

 方向は……今きた道、駅方面。


「見せとけって……そんな……」

「……花梨、オメーは、なーんでオレとの約束をすぐ反故にすんだよ!? いい加減にしろよな!?」


 ……うう、今日の快斗はとっても不機嫌みたい。


「っ、そんなつもりじゃ……ああ……クレープ……」


 クレープ屋さんがどんどん遠ざかっていく……。

 ああ……青子ちゃんたちと食べたあのクレープ。
 もう一度食べたかった……。

 次はいつ来れるかな……?

 でも、確かに約束を破ったのは私だもんね。
 しょうがないか……。

 ああ、クレープ……。


「…………ああもう、この食いしん坊めっ!」


 私の目がクレープ屋さんに釘付けだったからかな。
 快斗の足の向きが、くるりと反転した。


「……このまま並んで買うからな?」

「それはちょっと……。恥ずかしい……頭に血も登っちゃうし……」

「……それもそうか。じゃあ、下ろしてやるけど、オレから離れんなよ?」

「うん♡」


 なんだかんだと、快斗は優しい。
 私を地面に下ろした彼が、背を屈めて顔を覗き込んでくる。


「……どうしたの?」


 不機嫌そうな様子でじっと見つめてくる快斗。
 私が目を瞬かせていたら、ふいに彼は唇を尖らせた。


「……ん」

「え……こ、ここで?」

「…………」


 往来の人たちの視線がさっきからチクチク刺さる。
 でも、それよりも強く感じるのは快斗の真剣な瞳。

 こんな場所で、キスしてって……これ、おねだりしてるの?


「あ……っ、もぅ、恥ずかしい……!」


 私は頬が熱くなるのを感じながら、目を閉じ、唇を重ねた。
 そっと触れ合って、すぐに離れる。


「……これで、いいの?」


 じっと、快斗を見つめる。
 そしたら、彼。

 目を丸くしてた。


「っ……マジか」


 あれ? 思った反応じゃない……ね?

 快斗のことだから、「へへっ♡ ラッキー♡」くらい言うと思ったのに、違った。


「……え?」

「っ、してもらえるとは思わんかった」


 快斗の頬が、赤くなってた。


「だ、だって、してって顔してたから、したほうがいいのかな、って……」


 やだ、私の頬っぺたもなんか、熱い……かも。


「うん、それはそうなんだけど……」


 快斗が周囲を見回す。
 なんだか気まずそう。

 それはそうだよね。
 こんな往来で、キスだなんて。

 快斗はしばらく固まったまま私を見つめ、それから照れ隠しみたいに頭をかいた。


「……っ、よし! わかった!」

「へっ? あっ!?」


 快斗はスゥッと息を吸い込むと、私が被っていたキャップを奪った。
 キャップの中にしまっておいた髪がはらはらと零れ落ちる。

 なんでキャップを取ったんだろう……?
 そう考えていたら、顎に快斗の指がかかって、上向きにさせられた。

 快斗が私を見下ろしてる。

 ……んん?


「……やられたらやり返すのがオレ流な?」

「へ? ……ン」


 突然、ちゅっと、快斗の顔が近づいて、唇が塞がれた。

 ど、どういうこと……!?

 困惑する私だったけど、周りの人から声が聞こえてくる。


『撮影かな?』

『ドラマの撮影?』

『カメラどこ? なんて俳優?』

『はぁ~美男美女って絵になる~~!』


 ……どうやら私たち、ドラマ撮影かなにかと思われたみたい。

 唇が離れると、快斗は私の額に自分の額をくっつけてきた。


「はぁ……大胆にも、往来でキスしてくれた花梨ちゃんに免じて、今日は許してあげる。クレープ食ったら帰るからな?」

「あ……うんっ♡ 快斗、だいすき!」

「……っ、オメーはよォ……そういうとこだぞ!」

「え……どういうとこ?」


 快斗は大きなため息をついて、私の手を握ると、クレープ屋さんへと向かう。
 そのうち人混みに紛れて、私たちを気にする人はいなくなった。

 クレープ屋さんで購入したのは、生チョコバナナ♪


「ほら、花梨」

「あーん♡ ……うんっ、甘いね♡」

「チョコ付いてるぞ」


 私の唇の端に付いたチョコレートシロップ。
 快斗が親指で拭ってくれて、彼はそれをペロリと舐める。


「……甘」

「っ……」


 間近で見た、指を舐める仕草がなんだか色っぽくて、私はまた頬が熱くなった。
 今度は、私の指先についた生クリームを見つけると、それもペロリ。

 どうして、舐めとるときに私をじっと見てくるの……?

 なんだか、煽られてるみたいで落ち着かない。

 ……クレープが食べ終わったら、すぐに帰りたい。
 快斗にぎゅってしてほしい……。


「……花梨、どした?」

「ね……快斗、おうちに帰ろ?」

「ん? もう帰りたくなった?」

「……うん」


 クレープを食べ終えて、私は素直に頷いた。

 私、早く快斗と二人きりになりたいみたい。


「その言葉、待ってた」


 そう言った快斗の顔は、なんだか勝ち誇った顔で。
 とても眩しかったんだ。

 また、閉じ込められるってわかってるけど、でも。
 快斗の“檻”は温かくて大好き。




おしまい☆
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