白月の君といつまでも -番外編-

恋のフレンチトースト選手権


 ある日の休日。
 私は快斗と待ち合わせをしていて、のどかな街並みの歩道を歩いていた。
 人混みの向こうに、見慣れた端正な顔立ちと、ひときわ目を引く黒髪が見える。


「あっ、快斗~!」

「花梨~!」


 お互いに気づいて、笑顔で駆け寄ろうとした――その刹那だった。

 キィィィッ! と激しいブレーキ音を立てて、私の真横に一台の高級リムジンが滑り込んできた。
 何事かと足を止める暇もなく、ガチャリと勢いよく後部座席のドアが開く。そして、中から伸びてきた細い腕に、私は強引に車内へと連れ込まれた。


「ひゃっ!? な、なにごと――!?」


(だ、誰……?)


 私の前には、茶色の髪、見覚えのあるカチューシャ。黒いスーツ姿にサングラスをかけた女性――。

 この人は……と気づいたそのときだった。


『おいっ、花梨をどこへ連れて行く気だ、コラァ!!』


 誘拐を確信して必死の形相で追いかけてきた快斗が、ものすごい勢いでリムジンの窓をバンバンと叩く。
 すると、目の前の女性がパワーウィンドウのスイッチを押した。スモークガラスがウィィィンと下がり、女性はサングラスを上げて窓の外の快斗を見上げた。


(やっぱり、園子ちゃん……!)


 女性は園子ちゃんだった。


「あら、黒羽君じゃない! ちょうどいいわ、あんたも乗りなさい!」

「へ? す、鈴木さん……!?」


 呆然としながらも、快斗は慌てて私の隣に滑り込んできた。バタン、とドアが閉まり、リムジンが滑らかに発進する。


「園子ちゃん、急にどうしたの? びっくりしたよ……」

「ふふん、蘭とガキンチョも向こうで待ってるから、大人しく運ばれなさいな!」

「「は?」」


 私と快斗は思わず顔を見合わせた。
 なんだかよく分からないけれど、私の少し不安そうな様子を察した快斗が、座席の下でそっと私の手を握りしめてくれる。


「大丈夫だ、花梨。オレがいるからな」


 悪戯っぽく微笑む快斗の体温に、さっきまでの緊張がふわりと解けていくのを感じた。




◇




 連れてこられたのは、都内の一等地にある、最新設備の整った広大なキッチンスタジオだった。
 ガラス張りのスタイリッシュな空間に入ると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 複数台並ぶアイランドキッチンのひとつの前に、私服姿の零お兄ちゃん(安室さん)と、秀ちゃん(沖矢昴さん)が並んで座っている。

 そして少し離れたテーブル席には、ヒロお兄ちゃん、新ちゃん(コナンくん)、そして蘭ちゃんが座って待っていた。

 カツン、と私たちがスタジオに足を踏み入れた瞬間、その場の全員の視線が一斉にこちらに向く。


「っ!?」

「な、なんだぁ……?」


 突然の異様な注目を浴びて、私と快斗は目を丸くした。みんなの視線は、なぜか私と快斗がぎゅっと繋いでいる手元に集中している。
 快斗が少し気まずそうに手を離すと、蘭ちゃんが嬉しそうに立ち上がって駆け寄ってきた。


「花梨ちゃん! お腹、ちゃーんと空かせてきた?」

「へ? うん、お昼まだだから空いてるけど……」


 意味深な質問に私が首を傾げていると、快斗が警戒するように周囲を見回しながら呟いた。


「……つーか、なんなんだよ、この濃すぎるメンバーは」

「よくぞ聞いてくれましたっ!!」


 バッとサングラスを外した園子ちゃんが、中央に設置されたステージに躍り出る。


「題して!『第一回・花梨の胃袋争奪!お料理選手権』の開幕よーーー!!」


 園子ちゃんの熱弁によると、事の発端は数日前――。

 安室さんと沖矢さんが「花梨ちゃんがどれだけ自分の作った料理を美味しく食べたか」という料理自慢(マウントの取り合い)を始めたことらしい。
 普段は冷静なはずのトリプルフェイスとFBIのエースが、なぜか「ならどちらの料理が上か、勝負だ!」と大人げない激論に発展。

 たまたまそこに居合わせた園子ちゃんが「おもしろそうじゃない! 私に任せて!」とノリノリでこのスタジオを貸し切り、審査員として私を拉致してきた……ということだった。

 「ちなみに!」と園子ちゃんが親指を立てる。


「仲介役の諸伏さんは、花梨の胃袋を完璧に掴んでるから『特別審査員』枠ね! 本人が『俺も参戦していい?』って言ったんだけど、ヒロさんが入ると確実に優勝しちゃうから、大人の事情で参加不可にしました!」

「あはは、お役に立てなくてごめんね、花梨ちゃん」


 エプロン姿のヒロお兄ちゃんが苦笑いして手を振る。
 ちなみに、新ちゃんは「あの二人が包丁持ったまま喧嘩しねぇか心配で」ついて来たらしく、蘭ちゃんは「花梨ちゃんが来るなら♡」と応援に駆けつけたそうだ。


「でね! 記念すべき第一回大会の優勝者には、なーーんと! 花梨からの『ほっぺにチュ♡』の権利が与えられまーす!!」

「「はぁあああ!!??」」


 快斗と新ちゃんの声が見事にシンクロしてスタジオに響き渡る。
 快斗にいたっては「おい鈴木! 人の彼女、なに勝手に賞品にしてんだよ!?」と掴みかかりそうになってたけど、園子ちゃんはフンと鼻で笑った。


「ほっぺたよ? いーじゃない、減るもんじゃなし! つべこべ言わないの!」

「よくないだろ、全然よくねぇよ!!」


 快斗が憤慨している間にも、安室さんと沖矢さんはスッと立ち上がり、用意された最高級の食材の前に立った。

 二人は私の元へ歩み寄ると、私の左右の手をそれぞれ恭しく取り、手の甲に同時にリップ音を響かせる。


「花梨ちゃん。僕が君のために、世界で一番甘くて美味しい一皿を作ってみせるよ」

「私の料理を食べている時の、君のあの可愛い笑顔……今日も見せてくださいね、リトルレディ」


 二人が言い終えた――その一瞬。


「あ?」

「てめぇら、彼氏の目の前で何してくれてんだ……っ!」


 安室さんと昴さんの求愛めいた甘い言葉に、新ちゃんがドスの利いた声を出し、快斗は完全にキレ気味で額に青筋を立てている。


「はいそこまで! 位置について……用意、始め!!」


 園子ちゃんの号令とともに、二人の天才による火花散る調理が始まった。
 プロ顔負けの華麗な包丁さばき、美しすぎる手際に、スタジオ内は一気に緊迫した空気に包まれる。

 ――が。


「ねぇ、園子ちゃん。お料理、どれくらいで出来るの?」

「ん? 確か二人とも、じっくり煮込んだり寝かせたりするらしくて、完成は二時間後って言ってたわよ!」

「に、二時間……」


 その瞬間。
 シーンとしたスタジオ内に、私の情けないお腹の音が『きゅるるるる……』と小さく響き渡った。

 私の顔が一気に真っ赤になる。


「あ……」

「花梨、腹減った?」

「うん……少し……。快斗と食べに行く予定だったから、朝から楽しみで、朝はあんまり食べてなくて……」

「そっか」


 隣に座っていた快斗は、私の頭をポンと優しく撫でると、スッと席を立った。

 そして、誰も使っていない端っこのアイランドキッチンへと歩いていく。
 食材置き場から、フランスパン、卵、ミルク、ハチミツ、そして塊のバターを手際よくトレイに乗せていく快斗の姿を、私は不思議そうに見つめていた。

 安室さんと昴さんは、お互いを牽制し合いながらも調理に没頭していて、周囲が全く目に入っていない様子だ。

 カチッ、と快斗のキッチンから小気味よい火の音が聞こえた。

 バターの芳醇で香ばしい香りが、みるみるうちにスタジオ内に広がっていく。ハチミツの甘い匂いが鼻腔をくすぐり、私のお腹はさらに自己主張を強めた。


「花梨、ちょっとこっちおいで」

「ん……?」


 手招きされて快斗のところへ歩いていくと、そこにはお皿の上に綺麗に盛り付けられた、一口サイズに切り分けられたフレンチトーストがあった。黄金色に焼き上がった表面に、ハチミツがとろりと輝いている。


「はい、あーん♡」

「あーん……もぐ……。……っ、んんん~~~♡ おいしいい!!」


 お口に入れた瞬間、じゅわっと広がった優しくて濃厚な甘さに、私は一瞬でとろけそうになった。私は快斗の作るフレンチトーストが世界で一番大好きなのだ。


「でしょ? ほら、どんどん食べな」

「うんっ、もぐもぐ……! おいひぃ……しあわせ……♡」


 私が幸せそうにパクパク食べていると、そのあまりにも良い香りに引き寄せられて、蘭ちゃん、新ちゃん、園子ちゃん、そして特別審査員のヒロお兄ちゃんまでがゾロゾロと集まってきた。


「あ、よかったらみんなもどーぞ☆ いっぱい焼いたから」


 快斗が爽やかに微笑みながらお皿を差し出すと、みんな一斉にフォークを伸ばした。


「おいしい~! 柔らかくて、甘くて優しい味~♪」

「うま……っ。おいおい、マジかよ……」


 蘭ちゃんが頬を緩ませ、幸せそうな笑顔を浮かべ、新ちゃんも今回ばかりは驚愕の表情で快斗を凝視して褒める。


「ちょっとこれ……いくらでも食べられるわよコレ!!」

「参ったな……。手軽さも含めて、俺の料理よりおいしいかもしれない。完璧な火入れだね」


 園子ちゃんが感動で目を輝かせ、プロ級の腕前を持つヒロさんまでがプロとして脱帽の声を上げた。
 全員が快斗のフレンチトーストに胃袋をガッチリと掴まれ、一心不乱にフォークを動かしている。

 そして、最後の一口を飲み込んだ園子ちゃんが、ビシッと快斗を指差して叫んだ。


「決まりよ!!! 黒羽君が文句なしの満場一致で優勝ーーー!!! 花梨、文句ないわよね!?」


 園子ちゃんに話を振られ、私は向こうのキッチンで未だにコンロに向かって「火力が云々」「スパイスの配合が云々」と必死に格闘している安室さんと昴さんをチラッと見た。
 ……完成まで、あと一時間半はかかりそうだ。


「……うんっ♡ 快斗のが一番おいしい!」


 私が満面の笑みで大きく頷くと、快斗は「っしゃあ!」と勝ち誇ったように笑った。




◇




「……よし、これで完璧。沖野ヨーコさんの隠し味を再現した特製カレーです!」

「こちらも素晴らしい仕上がりです。19世紀英国の伝統料理を再現した特製シチューをどうぞ」


 それから一時間半後。
 ついに全ての情熱を注ぎ込んだ大作を完成させた安室さんと昴さんが、額の汗を拭いながら、自信満々に料理を運んできた。

 しかし、彼らが目にしたのは。

 すでにフレンチトーストと、その後追加でチャチャっと作ってくれた焼きそばで完全に満腹になり、幸せそうにソファーでくつろいでいる蘭ちゃん、園子ちゃん、新ちゃん、ヒロお兄ちゃんの姿。

 そして――。


「えへへ、快斗、おめでとう♡」

「サンキュ、花梨。……ん♡」


 優勝賞品として、私が快斗の整ったほっぺたに「ちゅ♡」とキスをしている、まさにその瞬間の光景だった。


「「…………は?」」


 差し出したカレーとシチューを両手に持ったまま、安室さんと昴さんの時間が完全に停止する。


「あ、お二人ともお疲れ様でーす。それ、美味そうなんで、オレが後で全部残さず食ってあげますね!」


 私を背中に隠しながら、これ以上ないほど邪悪で勝ち誇った『怪盗キッド』の笑みを浮かべる快斗を見て、二人の大人のプライドがガラガラと崩れ落ちる音が、スタジオ内に虚しく響き渡るのだった。




おしまい☆
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