白月の君といつまでも -番外編-
天の川ごと抱きしめて
七月七日――。
今日は七夕――梅雨の名残を感じさせないくらい気持ちのいい、夏空が広がっていた。
オレの部屋のリビングには、知り合いのツテで手に入れた結構立派な笹の葉が鎮座している。その前で、カラフルな短冊とペンを両手に持った花梨が、楽しそうに目を輝かせていた。
「いっぱい書いたんだ~♡」
満足げに胸を張る花梨を見下ろして、オレは思わず目尻が下がるのを自覚しながら、ひょいと首を傾げた。
「へえ、なんて書いたんだ?」
どれどれ、と一番上に重ねられた短冊を覗き込む。
そこには、育ちの良さがこれでもかと滲み出ているような、めちゃくちゃ凛とした美しい文字で、でかでかとこう書かれていた。
“世界平和☆彡”
「お、おう……」
思わず声が漏れた。願い事のスケールが地球規模っていうか……。しかもこれ、神様にお願いしてるっていうより、花梨本人が「私がそうするつもり」で書いてる気がする。
だけど、そんなちょっとズレてて芯の強いところが、たまらなく愛おしい。
「願いはともかく……花梨、お前相変わらずめちゃくちゃ字が綺麗だな」
苦笑しながら、愛おしさに耐えかねて花梨の頭をポンポンと優しく撫でる。花梨は「えへへ……♡」と嬉しそうに目を細めていた。
オレの元に戻ってきた花梨は、自覚があるのかないのか、最近ちょっぴり欲張りさんだ。
いいぞ、もっと欲張ってくれ!
そう思いながら、他にも何枚か短冊を抱えていたので、オレはそれを一枚ずつ手に取って眺める。
『解毒薬ができます!』
『来年もみんなと一緒に笑っています!』
『おいしいスイーツは週に三回までにします!』
『毎週金曜日のたまごの日を忘れないようにします!』
「…………」
オレは再び、なんとも言えない苦笑いを浮かべることになった。
これ、願い事っていうか……全部完了形だし、もはやただの「宣言」とか「決意表明」の類だよな?
スイーツの回数制限やたまごにいたっては、完全にただの週の目標だし。
でも、いちいち語尾に「!」がついてるのが、いかにも前を向いて一生懸命な花梨らしくて、オレの心臓はさっきからキュンキュンと鳴りっぱなしだ。可愛いから、もう全部オールオッケーである。
「じゃあ、オレが飾ってってやるよ」
オレは花梨から短冊の束を受け取ると、ニコニコしながら、一枚一枚丁寧に笹の枝へと結びつけていく。風もないのに、笹の葉がサラサラと涼しげな音を立てた。
……と、その作業の途中、ある一枚の短冊を手に取った瞬間、オレの指先がピタリと止まった。
少しだけ、他の短冊よりも優しくて、だけどひときわ丁寧に書かれた文字。
『快斗とずっと一緒にいます』
「っ……!」
心臓が、ドクンと大きな音を立てた。
かつてオレの心をズタズタに引き裂いた、あの黒いチューリップの悪意。あの日、オレの机に置かれていた『他の人を好きになっちゃったかも』なんていう絶望の偽メモ。
あのときの冷たい恐怖が、彼女の書いた、このたった一言の「完了形」の言葉で、信じられないくらい綺麗に上書きされていくのがわかった。
「か、花梨……これ……っ!」
オレは短冊を握りしめたまま、たまらなくなって彼女の目の前まで引き返した。
花梨はオレの手元にある短冊を見つめると、少しだけ頬をぽっと赤く染めて、だけどはにかむような笑顔のまま、その言葉をまっすぐに読み上げる。
「快斗とずっと、一緒にいます」
その瞬間だった。
――シャン……。
窓を閉め切った静かな部屋の中に。いや、オレたちの耳の奥の、もっと深い場所に。
どこからともなく、信じられないくらい澄んだ、神聖な神楽鈴の音が一度だけ響き渡った。
「あ……言霊になっちゃったかも」
花梨は驚いたように、パチパチとおめめを丸くして自分の胸元に手を当てる。
「ん? 今の音……」
オレも一瞬、手品の仕掛けでも作動したのかと思ってあたりを見回した。
だけど、そんなオレの服の裾を、花梨がちいさな両手できゅっと強く握りしめてくる。
「あ、ううん! なんでもない♡ ほら、織姫さんたちは年に一度しか会えないでしょ? 離れ離れで可哀想だなって思って……。だから、私と快斗はずっと一緒にいたいなって思ったの!」
「花梨……」
上目遣いでそんな健気なことを言う彼女を前にして、オレのポーカーフェイスなんて、形を保っていられるわけがなかった。胸の奥から愛おしさが限界突破して決壊する。
「そっか……! オレも、お前と全く同じこと考えてたぜ!」
オレは自分のズボンのポケットから、さっきこっそり書いて隠しておいた短冊を引っ張り出して花梨の目の前に掲げてみせた。
そこには、怪盗としてのキザな文字ではなく、黒羽快斗としての文字ではっきりとこう書かれている。
『花梨とずっと一緒にいられますように!』
「わぁ♡ 快斗とお揃いだね!」
オレの短冊を見て、花梨はパァッと満開のひまわりみたいな、世界で一番大好きな笑顔を咲かせた。
お前がそうやって、完了形で力強く宣言してくれたんだ。
神様だろうと、世界だろうと、オレたちを引き裂こうとしたって、そんなの関係ねぇ。オレがこの手で天の川ごと抱きしめて、絶対に、永久に離すもんか。
「お前がそう言ってくれたんだ。この先何があっても、オレがずーーっとお前の隣をキープしてやるよ」
「うんっ!♡」
照れ隠しに少しだけ格好つけた声を出しながら、オレは花梨の華奢な身体を、腕の中にぎゅっと閉じ込めた。花梨も優しくオレの背中に手を回してくれる。
窓の外を見上げれば、遮るもののない群青色の夜空に、二人の未来を祝福するように、満天の星と、美しい天の川がどこまでも眩しく輝いていた。
おしまい☆