チョコレート・ミステイク【完結】

-- Winter, about 17 years old
チョコレート・ミステイク①


 二月に入り、街がピンクや赤の装飾に染まり始めた頃。
 江古田高校2-Bの教室は、どこかそわそわとした熱気に包まれていた。


「ねぇねぇ、花梨ちゃん。来週14日どうする? やっぱり、あげるの?」

「そりゃあげるに決まってるわよ。これだけラブラブなんだから」


 休み時間。快斗が席を外した隙を突いて、青子と恵子が花梨の席に詰め寄った。
 当の花梨は、小首をかしげてぱちくりと目を瞬かせる。


「あげる……? なにを? 14日って、なにかあったっけ……?」

「「えっ!?!?」」


 恵子と青子の声がハモる。二人は顔を見合わせ、戦慄した。


(ひょっとして花梨ちゃん、バレンタインを知らない感じ……?)

(快斗……あんたのチョコレート、このままだと絶望的よ……)


 青子が恐る恐る、「あのね、バレンタインっていうのは……」と説明しようとした、その時。


「なになに? 14日なんかあんのか~?」


 ひょっこりと、快斗がどこからともなく現れた。

 快斗は、「見守り」と称して彼女の鞄に極小の盗聴器を仕掛けている。
 廊下でそれを聞いていた彼は、慌てて会話に混ざりに来たのだ。


「「ちょ……ええっ!?!?」」


((こっちもかーーい!!))


 青子と恵子、二人の驚愕を余所に、花梨が不思議そうに快斗を見上げる。


「ねえ快斗、2月14日ってなんの日か知ってる? 青子ちゃんたちが、なにかあげるのかって」

「2月14日……? んにゃ? あー、けど、毎年2月っていや、チョコがいっぱい食えたような……?」


 快斗は鼻を鳴らした。

 彼にとっての二月十四日は、女子からチョコを「奪い取る(あるいは回収する)」ゲームの日。
 ……彼は、バレンタインの本来の意味をまだ履修していない。


「チョコ……ああっ! なるほど! 私も去年、たくさんもらった~♪」


 快斗の話に、花梨の顔がパッと明るくなった。
 彼女の脳裏に浮かぶのは、去年、降谷たち“オニイチャンズ”から贈られた色とりどりの高級チョコレートたち(新一からも「ありがたく食え」ともらっている)。


「だろっ♪ ……って、誰にもらったんだよ! こら、白状せいっ! 白状しねーと口塞いじまうぞ!」


 快斗の顔色が瞬時に変わる。
 盗聴器越しに聞いていなかった情報に、独占欲が火を噴いた。

 わざと低く、有無を言わせない色を帯びた声。
 快斗は花梨の顎をクイと掴んで、逃がさないように顔を近づける。


「か、快斗? ここ、教室だよ……!?」

「ほらほら、早く言わないとちゅーしちゃうぞ~?」


 あざとく唇を尖らせ、強制的に口を窄めさせられた花梨。
 その頬は瞬時にリンゴのように真っ赤に染まる。

 夜はもっと深い関係である二人だが、公共の場でのこの距離感にはまだ慣れない。
 周囲のクラスメイトたちは「また始まったよ」と言わんばかりに顔を背けるが、快斗はお構いなしだ。


「零お兄ちゃんたちからは高級チョコレート、新ちゃんからは手作りチョコをもらったの……!!」

「ああーん? なにそれ。なんかムカつくんだけど?」

「チョコもらっただけだよ~?」


 純粋な瞳でそう告げる花梨に、快斗はギリッと奥歯を噛みしめた。


(去年はあいつら、やりたい放題だったみたいだな……!)


 特にあの探偵、手作りなんて柄じゃねーことしやがって。
 ……と、快斗の目が不機嫌に細くなる。


「いいか花梨。2月14日はな、男がチョコを一番集める日なんだよ。……んで、集めたチョコは、その男の『所有物』になるんだぜ?」

「へぇ~……。快斗、今年もたくさん集めるの?」

「当たり前だ。……だが、今年はルール変更だ。他の男からもらったチョコは、全部オレが検品してやる。……一口食ったら、オレに寄越せ。いいな?」


 ……女の子から男の子に告白する日。

 その定義を知らない二人の会話は、独占欲にまみれた「お菓子管理」へと、斜め上の方向に加速していく。


「えーっ、私がもらったチョコだもん、独り占めはめっ、だよ?」


 花梨は快斗の服の裾をぎゅっと掴み、潤んだ瞳で快斗くん、と上目遣いに見つめた。


「バーロ。オメーの胃袋までオレが守ってやんの!」

「でも、チョコいっぱい食べたいよ~」


 降谷たちから貰うチョコレートは、一粒食べれば脳が喜びで満たされる、とてつもなく美味なもの。
 去年、花梨が一粒食べて惚けた様子に、「気に入ったのなら来年もあげるよ」と笑顔の降谷から頭を撫でられ、餌付けは完了済みだ。

 快斗に没収されるのは納得がいかない。だから花梨は抗議する。


「食い過ぎるとニキビできんだろ! おまけに鼻の頭とかテカテカになっちまうぞ。 花梨の肌はオレが守ってやるって言ってんだよ!」


 けれど、快斗は快斗で、“オニイチャンズ”からのチョコレートは阻止したくて必死だった。


「……私のチョコなのに……」

「っ、わかった! なら、オレがもらった検品済みのチョコやっから!」


 シュン、と分かりやすく眉を下げ、落ち込む花梨に、快斗が慌てて代替案を出す。

 微笑ましいのか、それともただの痴話喧嘩なのか。
 見守る青子と恵子は、深いため息をつくしかない。


「ホント? チョコ楽しみだな~♪」

「負けねーからな」

「ふふふっ。こちらこそ!」

「よし、じゃあ帰るか!」

「うんっ。それじゃ、青子ちゃん、恵子ちゃん、また明日ね♡」


 快斗に手を引かれ、スキップでもしそうな足取りで教室を後にする花梨。
 その後ろ姿を、青子と恵子は「はぁ~……」と、深いため息で見送るしかなかった。

 廊下を歩きながら、快斗は盗聴器のレシーバーを耳から外し、満足げに口角を上げる。


「いいか花梨。14日は寄り道禁止だからな。オレが最高のマジックで、世界一うめーチョコを出してやるからよ」


 よくよく考えたら、もらったチョコレートをあげるだけじゃ芸がないじゃないか。
 快斗は、花梨のためにチョコレートを手作りすることに決めた。


「ホント!? 楽しみだな~♡ 快斗のマジック、大好き♡ 魔法みたいなんだもの!」

「……っ。ま、まぁ、期待してろって」


 そんな二人が校門を抜け、仲睦まじく帰路につく様子を、校舎の屋上の縁に立ち、風に赤髪をなびかせながら見下ろす影があった。










「フフ……。相変わらず、滑稽なほどに平和ね。怪盗キッド……いえ、黒羽快斗」


 現代に生きる魔女・小泉紅子は、冷ややかな、けれど情熱を孕んだ瞳で快斗の背中を射抜く。
 彼女の手元には、一枚のタロットカード。


「バレンタイン……男たちが女の愛に跪く『血の祝祭』。その日こそ、貴方のその鉄面皮を剥ぎ取って、私の虜にしてあげるわ」


 紅子は、快斗の隣で無邪気に笑う花梨に視線を移した。
 今の彼女にとって、花梨は“快斗が執着しているお気に入りのおもちゃ”程度の認識だ。
 あるいは、快斗を落とすための格好の「材料」か。


「葵花梨。貴女が彼を甘やかしている間に、私は彼の魂を頂く。呪縛されるのは、貴女の方かもしれないわよ?」


 ……けれど、紅子は言いようのない胸騒ぎに眉をひそめた。
 あの白髪の娘の、底の知れない穏やかさ。

 まるで鏡を覗き込んでいるかのような、不思議な感覚。


「……まあいいわ。あんな娘、私の魔術の敵ではないもの」


 紅子はフッと妖艶に微笑むと、手にしたカードを宙に放った。
 カードは風に舞い、二人の頭上をかすめて消える。


「14日。貴方が私の愛という名の血を啜る時、この世界中の男は、私の軍門に下る。……楽しみだわ、黒羽快斗。貴方が絶望の中で私に跪く姿が……!」


 高笑いと共に、紅子の姿は赤い霧となって消え去った。

 そんな視線にも予感にも気づかず、快斗は「あ、あそこのケーキ屋のチョコも美味そうだな」と、花梨の肩を抱き寄せ、より一層密着して歩いていく。


「チョコレート楽しみだね、快斗♡」

「おう。楽しみにしとけよなっ♡」


 魔女の企みも、お兄ちゃんたちの包囲網も。
 この「無自覚に最強」な二人の前では、ただのスパイスにしかならないことを、まだ誰も知らない――。



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