君に渡した第二ボタン

-- Spring, about 16 years old
君に渡した第二ボタン②


「……じゃあ、行くか?」

「うんうん」


 オレは、花梨が「これおいしそう!」と言ったケーキを全部買ってやった。


「……こんなに食べられないけど……?」

「だな……」


 マンションに戻って、買ってきたケーキをテーブルに並べ、二人で見下ろす。
 二人で五個のケーキは食いきれない。


 ――買いすぎたな……。


 けど、ケーキを選ぶ花梨が、か、可愛くて……。

 ちらりと花梨を見ると、全部は食べられないと言いつつも、瞳を輝かせている。
 ケーキ屋で見た彼女はこうだ――。


***


「ねぇ、新ちゃん! ショートケーキはマストだよね!?」

「――おう、そうだな。あ、ショートケーキ一つお願いします」


 中腰でショーケースを見て、無邪気に目を輝かせる花梨がオレを見上げる。
 オレはつい、その瞳に魅せられて『可愛い、何でも買ってやりたい』と思ってしまった。

 オレは甘いものなんて好きじゃないのに、すぐに店員さんに注文を入れる。


「このトリプルチーズケーキもおいしそう!」

「トリプルチーズケーキ一つ、追加で」


 花梨はショーケースに向かって一人で盛り上がっているが、オレはすかさず追加注文。
 店員さんは空いている時間帯とあってか、にこにこと「ごゆっくりお選びください」なんて言って待ってくれていた。


「いちごタルトもいいね! このビターチョコムースなんかは甘さ控えめだって!」

「――この」


 オレが注文しようとすると、店員さんが「かしこまりました」とくすくす微笑みながら一つ、箱に詰めていく。


「季節のフルーツゼリー寄せもいいね~。う~ん、どれにするか悩むなぁ……」

「……追加で」


 ショーケースに釘付けの花梨は、店員さんが次々に箱詰めしていることに気づいていないらしく、しゃがみ込んで両頬に手を当て真剣に悩んでいた。
 小声で「シュークリームはこの前食べたし、ワッフルは来月新作が出るって店員さんが言ってたし……」と、ぶつぶつなんか言ってる。

 しまいには、唇を尖らせショーケースと睨み合いを始めた。
 なんだ、その可愛い仕草はよ……。

 ……もう注文し終わったよ――とは言わなかった。


「――うう~ん。やっぱり迷っちゃう。ねぇ、新ちゃんは、どれにする~?」

「ん……? あ、三十分でお願いします」


 会計でレジにいると、花梨がやってきて尋ねてくる。
 ちょうど、オレは店員さんに「ご帰宅までどのくらいですか?」と訊かれていた時だった。


「??? なにが三十分?」


 花梨は不思議そうに瞬く。


「ドライアイス」

「??? まだケーキ頼んでないけど……?」

「いや、もう買ったぞ? お前が言ったやつ、全部買った」

「え?」

「今、会計してっから、先に出とけ」

「えぇっ!? お、お金お金……!」


 “まさか!?”と、慌てて鞄に手を突っ込む花梨。
 自分で買うつもりらしい。

 卒業祝いなんだから、オレに奢らせろっての。


「ほらほら、行った行った」


 財布を取り出そうと、もたつく花梨の背を押して、オレは店から彼女を追い出した。


「ふふふ。優しい彼氏さんですね~」


 店の外で待つ花梨を見ていた店員さんは、オレに笑顔を向けてからレジを打ち始める。


「かれっ!? い、いや、ボクは彼氏ではなくて、あの子は幼なじみで妹分っていうか……」

「ふふふ、そうなんですか? 彼女、可愛らしい方だからてっきり」

「っ……そ、そう見えましたか?」

「ええ、お客様がとても優しいお顔をされていたので」

「っ……(参ったな……)」


 会計を済ませ、ドライアイスを入れてもらったケーキの箱を受け取りながら、オレは頭を掻いた。

 ……花梨は彼女じゃない。
 可愛い可愛い、オレの妹分だ。

 あくまで、妹だ――よな?

 なんとなく、胸に手を当てると鼓動が少し早い気がした。


「あ、新ちゃん。これ、お金……」


 店を出ると、花梨が金を出してくる。
 だが、受け取るわけがない。


「いーよ! オレからの卒業祝いだ。素直に受け取っとけ」

「……ありがとう。とってもうれしい……♡」


 頭を乱暴に撫でてやると、花梨は目に涙を溜めて微笑む。
 ケーキを買ってやっただけで感動しすぎだとも思ったが、誕生日以外の祝い事をしてもらうのは幼少期以来らしい。

 瞳をうるうるさせる花梨――。
 泣いてしまうんじゃないかと心配になるほどだ。金の瞳がキラキラと日の光を反射させて輝いている。


 ――こいつ、こんなに可愛かったっけ……?


 あまりにも眩しく見えて、つい、じっと見入っちまった。


「っ……そーかよ。よかったな」


 なんか頬が熱い気がするけど、気のせいだ。
 そう思ってたら、花梨がオレの腕にくっついてきて言ったんだ。


「新ちゃん、だいすき~~♡」

「っ、バーロっ! 無邪気に言うんじゃねぇっての!」


 腕が柔らかい何かに包まれ、花梨から甘い匂いもして、心臓が跳ねた。

 見下ろした花梨の無邪気な笑顔をずっと見ていたい……そう思った。


***


「食いきれっかな……責任もって食えよ?」

「ン~……がんばる! お腹壊してでも食べるからまかせて……!」

「いや、そこまでは求めてねーよ」


 変なとこ真面目な花梨は、フォークを手に深く頷く。

 あ、これ……無理して食うパターンだ――と、瞬時に理解した。

 ……前にも同じようなことがあった。
 あん時は、まだ花梨が上京してきて間もないときで、定食屋に連れて行ったら量が多くて、オレですら食べきれずにいたのに、花梨は無理して完食。
 その後、店をあとにして具合が悪くなって吐いちまったんだ。

 「消化しきれなかった、ごめんなさい……」って謝ってたっけ。
 普段食べる量が少ないから、胃が受け付けなかっただけだというのに、何度も謝ってて。

 聞けば、「出されたものは全部感謝して食べろ」って、大阪にいた時に言われてたらしい。
 再会した日も、皿にのせられた料理を全部食べようと頑張ってたけど、母さんが止めてたな。


「でも……」

「オレも頑張って食ってやっから」

「新ちゃん……! 優しい……♡ 好きになっちゃう♡」

「っ……」


 ったく、だからっ!
 すぐ「好き」って言うなっての……。

 その気もねぇくせに、フォーク両手で握ってこっち見んな。

 その見上げてくる上目遣い、なんとかなんねぇのかよ。
 勘違いするだろうが……!

 これまで、何度お前の無邪気な「すきすき」攻撃にどぎまぎしてると思ってんだよ。

 昔の――男のままだったら、こんな心乱されたりしねぇのに。
 なんでこんなに胸が痛むんだ……?

 ……オレはそれに気づかない振りをした。



「はい、あーん♡」

「っ、あー……っ、甘っ!!」


 花梨のスプーンがオレの口に差し出される。
 ほろ苦いチョコレートムースが、どうしてか甘く感じた。思わず口から本音ではない感想がこぼれる。


「ほんと!? 甘さ控えめって書いてあったのに……ン。うーん? ほろ苦だよ……? 新ちゃんてほんと甘いの苦手だねぇ」


 オレの反応に、花梨は糖度が気になったらしい。
 もう一掬いしたチョコレートムースを口に入れて眉を寄せた。


 ――ちょっと待て。それオレの口に入ったスプーン……!


「……花梨、お前――それ無意識なんだよな……?」


 ……でっけぇため息がこぼれた。
 ぺろっとスプーンを舐めとり、花梨は首をかしげる。


「え? なにが?」


 今度は唇に付いたチョコレートをぺろり、だ。
 瞬間、胸の奥がじんと熱くなる。

 なんか――見ちゃいけなかった気がして、咄嗟に目を逸らした。


「っ……はぁ……なんでもねぇよ。ほら、こっちも食うだろ?」


 駄目だ、駄目だ。
 オレのフォークはまだ使ってないのに、心臓がバクバクしている。

 ……間接キスとか、そういう問題じゃねぇ。

 トリプルチーズケーキを一口分取り、花梨に差し出すと、彼女は目を輝かせて口を開いた。


「食べる~♪ あーん♡」

「っ、オレが食べさせんのかよ……自分で食えばいいだろ……?」


 その無邪気な顔に、胸がギュッと締め付けられる。目が合うたびに、なんでこんなに心臓が跳ねるんだ……。

 ああ、もう!
 なんでそんな無邪気に口開けるんだよ……!?

 わけわかんねぇ!
 そんでもって、なんでオレはそれが“嬉しい”なんて、喜んでんだ……!?

 ……自分で食えばいいと言っておいて、心の中がぐちゃぐちゃだ。
 フォークの先のトリプルチーズケーキが震えてる。



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