白月の君といつまでも -番外編-
最初のおめでとう
某年、六月二十日、午後十一時半。
あと三十分で日付が変わる。
「わぁ……! たか~い! 快斗、手を放さないでね~! 風が強くて煽られちゃう!」
「放さねぇから、大丈夫だよ!」
とある高層ビルの、ヘリポート。
オレは逃げ腰の花梨の手を引き、屋上の端まで向かっていた。
花梨のふんわりしたワンピースのスカートが風を含んで、揺れている。さっきから白い太ももが丸見えだ。シルクの下着もたまにチラついてるからドキドキする。
手を放したら、風に煽られて花梨は転ぶ。
そんなこと、させるわけがない。
オレは彼女の腰に手を回し、寄り添うようにして、屋上の端まで連れて行った。
「はい、到~着!」
「わぁ♡ すごい綺麗~!!」
「こっからの眺め、なかなかのもんだろ?」
「うん! キッドさんと初めて会ったビルとはまた違うね!」
白い髪の花梨と初めて出会ったビルとは違う、高層ビルから見下ろす夜景は、地上に広がる無数の星の海――。
花梨の金色の瞳に、その景色が吸い込まれたように輝いている。
「ああ……」
(本当、花梨の瞳は綺麗だなぁ……)
オレは強い風に、白い髪を押さえる花梨を見つめ、しばし見惚れた。
風に靡く白い髪も、白い肌も街の灯りを反射して煌めている。
この子は、立っているだけで宝石みたいな子だ。
……彼女のことは、何時間でも見ていられる。
冗談ではなく、本気でそう思う。
恥ずかしがるから、あんまり凝視しないようにはしてるけど、彼女は今、夜景に夢中だからいいだろう。
「お星さまの海の中にいるみたい……こんな夜景見たの初めて♡ 連れて来てくれてありがと♡」
「っ♡ どういたしまして……!」
(花梨の“はじめて”また頂きました!)
ふと、振り向いた可愛い彼女の笑顔に、オレは心臓を射抜かれ、きゅん死しかける――が、なんとか蘇生してポーカーフェイスを作ってやった。
……ポケットの中で、スマホが小さく震えた。
画面を盗み見ると、時刻は午後十一時五十分。
日付が変わるまで、あと十分だ。
「……なぁ、花梨。ちょっと寒くなってきただろ。風も強いし、こっちおいで」
「あ、うん……ちょっと肌寒いかも……」
腕を少しさすりながら振り返った花梨を、オレは後ろから包み込むようにぎゅっと抱き締めた。
オレの上着で風を遮ってやると、花梨は「あったかい……♡」と無邪気にオレの胸に背中を預けてくる。
(風のせいにすれば、大手を振って抱きしめられる。我ながらナイス判断!)
心の中で快哉を叫びつつ、腕の中に収まる愛しい体温を堪能する。
花梨の白い髪から、いつもオレを狂わせる甘い匂いがふわりと鼻腔をくすぐって、誕生日を迎える前からオレの心臓はうるさいくらいに脈打っていた。
十一時五十五分。
いよいよ、あと五分だ。
「……よし、そろそろ時間だな」
「え? 時間?」
オレが腕の力を少し緩めて呟くと、花梨が不思議そうに金色の瞳を向けた。
オレはポーカーフェイスの裏に、怪盗らしい不敵な笑みを隠して、彼女の目の前で指をパチンと鳴らす。
「わっ!?」
花梨が驚いて瞬きをした刹那、オレの頭には白いシルクハットが現れ、背中には真っ白なマントが夜風に翻る。
「オレの誕生日を迎える瞬間はさ……誰にも邪魔されない、オレたちの特等席で迎えようぜ?」
「え、ええっ!? それって、もしかして――」
「そ。……お手をどうぞ、
言い終わるより早く、オレは花梨の身体をひょいとお姫様抱っこで抱え上げた。
そのままヘリポートの端から、夜の空へと躊躇なく飛び出す。
背中に広がった巨大な白い翼が風を捉え、オレたちは一気に空中へと舞い上がった。
「きゃぁあああっ!? 揺れる、揺れるからぁっ!」
「大丈夫だって! オレを信じろ!」
急上昇の浮遊感に目を丸くした花梨が、必死になってオレの首に両腕を絡みつかせてくる。その必死さが、たまらなく愛しい。
さっきまで煽られていたスカートも、今はオレのマントが二人をすっぽりと包み込んでいるから、誰の目にも触れることはない。
地上数百メートル。
視界のすべてに広がるのは、東京のきらめく夜景と、満天の星空だけ。
そして――遠くの時計塔が、静かに、だけど厳かに午前零時の鐘を響かせた。
六月二十一日。
オレの誕生日だ。
「快斗……っ」
風の音に混じって、腕の中の女神が、真っ直ぐにオレを見上げて微笑んだ。
「お誕生日おめでとう……っ♡ 一番最初の『おめでとう』、快斗に届いた?」
世界中のどんな高級な宝石をかざしたって、こんなに胸が跳ねることはない。
金色の瞳を潤ませて、世界で一番甘い笑顔を向けてくれる彼女に、オレの理性のタガはあっさりと外れちまった。
「……ああ、バッチリ届いた。……ありがとな、花梨」
(――もう我慢できねぇ)
ハンググライダーを安定飛行に移行させ、空いた両手で花梨の頬を包み込む。
そのまま、夜空の真ん中で、吸い付くように深い、深いキスを交わした。
「んぅ……っ……」
驚きで漏れた花梨の吐息をすべて吸い尽くすように、何度も角度を変えて唇を食む。
風の冷たさなんて一瞬で忘れるくらい、重ねた唇からは熱が溢れて、花梨の顔がみるみるうちに赤く染まっていくのが分かった。
ようやく唇を離したとき、花梨は完全に腰が抜けたようにオレの胸に顔を埋めていた。
「……ねぇ、ずるいよ快斗……息が、できない……っ」
「はは、ポーカーフェイスは怪盗の特権だからね。……さ、部屋に戻ろっか。オレ、まだ『本当のプレゼント』貰ってねーし」
「え? プレゼントならカバンに……」
「いーから。戻ってからのお楽しみ」
耳元で意地悪く囁いてやると、花梨はさらに顔を真っ赤にしてオレの胸を小さな拳でポカポカと叩いた。
花梨の部屋のベランダへと滑り込み、カチリと窓を閉める。
マントとシルクハットを消し去って、花梨をベッドにそっと下ろすと、オレは逃がさないように上から覆いかぶさった。
「っ、快斗……?」
「今日一日は、オレの言うことなんでも聞いてくれるんだろ?」
「う、うん、それはそうだけど……」
まだ少し潤んだ瞳でオレを見上げる花梨。
ベッドのシーツに広がった白い髪が、月明かりに照らされて信じられないくらい綺麗だ。
「よし。じゃあ、まずはその可愛いお口で、オレに『大好き』って十回言って? 一回言うごとに、一回キスしてあげる。……あ、拒否権はねぇからな?」
「えええっ!? は、恥ずかしいよぅ……っ」
「ダメ。オレの誕生日だろ? ほら、早く」
ずるそうな怪盗の笑みを浮かべながら、オレは花梨の唇のすぐそばで囁いた。
これから朝を迎えるまで、誰にも邪魔されない二人だけの甘い時間は、始まったばかりだ――。
おしまい☆