01:帰ってきた幼なじみ


【新一視点】


 ……十二年前に引っ越した幼なじみが、帰ってきやがった。

 オレの名は工藤新一。高校生探偵って呼ばれてる。
 保育園時代に仲良かった幼なじみ、葵凜が戻ってきたってんで、母さんから頼まれて、オレは凜を迎えにショッピングモールまで来るハメになった。

 着いてみたら、なんか人だかりができてて、何事かと思った。
 通りすがる人たち、特に女どもが「芸能人?」「やだイケメン♡」「もうすき……♡」なんて赤面しながら騒いでて、あー、もしかしてと思って人混みに近づいてみたら――


「……っ、やっぱりか。凜っ!」

「あはは、ごめんねー……今待ち合わせしてて……、あ! 新ちゃん!」

「よぉ……、相変わらずイケ散らかしてんな」

「イケ散らかしってなんだよw」


 ……人の壁を抜けてやっと姿が見えたと思ったら、なんだあれ。
 姿勢はいいわ、スラッとしてるわ、顔なんか喉仏のラインや、薄い唇がやけに生々しくて……昔よりさらに整ってやがる。
 少年かと思いきや、完全に色気ダダ漏れの“青年”じゃねーか……。

 見慣れた顔――あおいりん
 髪の色こそ白くなってて昔と違ったけど、色気のある整った顔立ちは、昔のまんまだった。

 ……凜。こいつは、蘭の初恋相手だ。

 どうやら、女の子にナンパでもされてたらしくて、丁寧に手を合わせて断ってた。


「……凜、オメー背ぇ伸びたな」

「新ちゃんもだろ? あ、これよかったら使って」


 オレがそう言うと、凜はナンパしてきた女の子にポケットティッシュを渡してた。
 よく見たら、その女の子、鼻から鮮血垂らして……おいおい。
 一瞬、事件かと思ったが、どうやら凜の色気に当てられて、血管がブチ切れたらしい。


「あぅ♡ ご迷惑をお掛けしてすみませぇん♡♡」

「ううん、こちらこそごめんね。医務室に行くかい?」

「い、いえっ! 大丈夫れすぅ……♡♡」

「そっか、それじゃお大事にね」

「はひ……♡」


 ……凜の対応に、女の子の目にはハートが浮かんでた。
 完全に惚れてるやつの顔じゃねーか。


「……オメー、これまで何人病院送りにしてんだ? 事案だぞ、事案」

「ははっ! 鼻血くらいで病院になんか行かないっしょw」

「……はあ。まあなんつーか、久しぶり」

「ああ、新ちゃん久しぶり。元気だった?」


 オレと凜は女の子に軽く会釈して、その場を離れた。
 凜は保育園の頃、オレより小さくて、女かと思うくらい可愛かった。
 今じゃ、身長はオレと同じくらいか……?


「有希子さんは元気? 優作おじさんは?」

「どっちも元気にしてる」

「そっか、良かった。先週阿笠博士にばったり会ってさー、僕上京したばっかりだから新ちゃんに会いたくなっちゃって。博士から有希子さんにお願いしてもらったんだ。迎えに来てもらって悪かったね」


 ふーん……どうやら博士と会って、オレを思い出したらしい。
 だがしかし――


「……オレより蘭に会いたかったんじゃねーのかよ」

「蘭ちゃん? ああー、蘭ちゃんね。可愛いよね、彼女」

「……」


 試しに蘭の名前を出してみたら、凜は目をぱちくりさせて、ふわっと微笑んだ。
 なんだ、その色気のある笑みはよ。

 ……確かに蘭は可愛い。
 けどな、凜。オメーが言うな。

 オメーが蘭に「可愛い」なんて一言でも言ってみろ。
 あいつ、お前にまた惚れちまうじゃねーか。


「ん? あ、そっか。新ちゃんは蘭ちゃんのことが……」

「るせー! つか、新ちゃん言うなよ!」

「ど、どうしたんだい? 別に怒んなくてもいいじゃん。僕がいない間、二人は仲良くしてたんだろう? 幼なじみとしては羨ましい限りだよ」

「っ、べっつにっ?」


 オレは凜からフイッと視線を逸らす。
 こいつといると、つい意地を張っちまうのは昔からだ。

 珍しい金色の瞳に見つめられると、落ち着かなくて困る。


「ははは、新ちゃんは素直じゃないな。女の子には正直でいないとダメだよー?」

「はっ、オメーみたいに誰もが素直になれると思うなよ! ってーか、だから新ちゃん言うなっつーの! もう高校生だろが!」

「そう拗ねるなよ、新一。僕はキミのこと、昔から凄く尊敬しているんだよ? 何でそうすぐ怒るのさ」

「……くそっ」


 ……ったく、昔から凜は性格が良すぎる。
 不思議な色気をまとった雰囲気に、爽やかな笑顔。

 オレが怒鳴っても、微動だにしねぇ冷静さ。


「新一が高校生探偵で有名なのは知ってるよ。僕のいた長野でも新聞で見て応援してたんだ」

「ふんっ」

「新一はすごいね。僕は推理はからきしだから尊敬する」

「……そーかよっ///」

「あ、機嫌直った?」

「べっつに!」

「ふふふっ、新一は面白いね」


 オレが大きな声で口を尖らせると、凜が優しく笑った。


「……」


 ……くそ。
 こいつには、敵いそうにねぇ。









 凜と無事再会を果たして、オレたちはショッピングモールを出た。
 どこかで休もうかと思って、「駅前のカフェでも入るか?」って提案したんだけど――


「……って、なんで女子高生の群れがついて来てんだよ」

「えっ、ああ……僕のファンクラブ……かな?」


 ちらっと後ろを振り返ると、制服姿の女の子たちが、数メートル後方をぴったりついてきてた。
 「凜さまぁ……♡」なんて声が、風に乗って聞こえてきやがる。

 ……いつの間に名前バレしてんだよ。


「オメー、芸能人にでもなったのかよ」

「いやあ、見つかっちゃったらしょうがないよね。歩いてただけなんだけど」

「歩くだけで女子に鼻血出させるなよ……」


 オレは半分呆れてため息をついた。
 そんで、足を速めると、凜もスタスタついてきたけど……なんか楽しそうだったな、あいつ。


「カフェはやめておこうか」

「だな。オメーと一緒に入ったら、店の窓ガラス割れっぞ」


 結局、カフェは諦めて、人通りの少ない商店街の端っこの小さな公園に向かった。
 ベンチに並んで腰を下ろし、自販機で買った缶コーヒーを開けて、ひと息つく。


「ふー……静かだな、ここ」

「うん。昔もよく来たよね、この公園」

「あー……そうだな。滑り台とか、ブランコとか」


 懐かしい記憶がふっと蘇ってきた。
 ……金色の目をした小さなガキが、真っ赤な滑り台の上で「新ちゃん、押してー」って言ってたっけな。


「懐かしいな。……変わってねーんだな、凜は」

「え?」

「相変わらず、周りのやつらを振り回して……笑って、誰にも嫌われない」


 オレがぼそっと言うと、凜はふっと笑った。
 口元に添えた指が、妙に白くて長くて……なんか、目のやり場に困る。


「……昔からお前、魔性だよな」

「魔性って……ひどいなあ。僕は新ちゃんのこと、大好きだったよ?」


 ――なっ!?///


 突然のストレートパンチに、オレは缶コーヒーを噴きそうになった。


「今もね?」

「い、今もって……!///」

「うん。新ちゃんは昔から変わらずカッコいいし、正義感あるし。……うん、好きだよ」


 金色の瞳が、まっすぐオレを覗き込んでくる。
 ガタッと、オレは立ち上がった。


「う、嘘つけ! オレのことからかってんだろ!」

「からかってなんかないよ」


 凜も立ち上がって、ふわっと微笑む。
 その笑顔がまるで……悪気のない猫みてーに無邪気で、だけどやたら心をかき乱してくる。


「ねえ、新ちゃん」

「な、なんだよ……」

「僕が“女の子”だったらさ――」


 言いかけて、凜はふっと言葉を切った。
 金色の瞳が、夕暮れの光を反射して怪しく煌めく。
 続きを促そうとしたオレの唇を、凜が人差し指でそっと塞いだ。金色の瞳がいたずらっぽく細められる。


「――ううん、なんでもない」

「な、なんだよそれ!」

「ふふふ、秘密だよ」


 凜が笑うたびに、秋の風が吹く。
 懐かしくて、でもどこか新しい感じがした。


「……やっぱオメー、苦手だわ」

「そんなこと言わないで。僕、新ちゃんにまた会えて嬉しいんだよ?」


 ふいに、凜が一歩オレに近づいた。
 鼻先が触れそうな距離――まじかよ……。


「新ちゃん、ちょっと目、閉じて」

「は、はあ!? なんでだよ!?」

「いいから」


 いつもより少し低くて、優しい声。
 気づけば、オレは言われるがまま……目を閉じてた。

 ……触れるか触れないかの、唇の距離。
 ふっと鼻をくすぐるミントの香りがして。

 だけど――


「……やっぱやめとこっか」


 凜は小さく笑って、すっと身を引いた。


「な、なっ……おまっ……!」

「だって、新ちゃんの初めてが僕じゃダメって言われたらショックだし」


(ドクドクと、うるせーくらいに心臓が鳴ってやがる。……おい、まさか、嘘だろ!?)


 ニコッと笑う凜に、オレは顔を真っ赤にしたまま……何も言い返せなかった。



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