水族館デート編【完結】
④夕映えの甘い帰り道
◇
ドクターフィッシュ体験を終えた二人は、まだ指先に残る、小さなくすぐったさを楽しみながら歩き出した。
アシカのショーは見られなかったが、これで館内は一通り見て回った。
「はぁ……楽しかったね……」
花梨の声は、まだ少し恥ずかしそうで、それでいて、どこか嬉しそうだ。
「だな……オレも、花梨の手から離れたくねえ……」
快斗は自然と花梨の手をぎゅっと握り、顔を少し赤くして笑った。
外の光が眩しく差し込む通路を、二人は肩を寄せ合い、ゆっくり歩く。
水族館での時間がまだ心の中でふわふわと揺れていて、世界が少し、二人だけのものになったように感じられる。
「ねぇ、快斗……また二人で来れたらいいね……」
花梨の瞳はキラキラと輝き、思わず笑顔がこぼれた。
「もちろんだよ♡ そのときはもっと長く、ずっと花梨と一緒に回りたいな……」
未来の約束なら、むしろ大歓迎だ。
快斗は花梨の肩にすっと頭を寄せ、温もりを確かめる。
花梨も快斗に寄り添い、小さく笑った。
「うん……ずっと一緒にいられるなら、水族館じゃなくても、どこに行ってもいいね……♡」
日が傾き始め、名残惜しいが、そろそろ帰宅時間――。
二人は手をつないだまま、出口へ向かった。
太陽の光が水面の反射のように二人を包み込み、まるで水族館の幻想的な光景が、そのまま現実に続いているかのようだ。
「……あぁ、花梨と一緒なら、どこに行っても楽しいに決まってる……」
快斗は花梨の手を握り直し、内心でつぶやく。
視線は自分の指先に落ちていた。
(このままずっと、花梨のそばにいたい……。まだ指先にはドクターフィッシュの感触がムズムズ残ってやがるけど。それ以上に、花梨と重ねた唇の熱が、全部上書きしてくれてるわ……♡)
恐怖の対象だったはずの魚すら、今は二人の甘い記憶のスパイスに過ぎない。
快斗は満足げに鼻を鳴らした。
花梨も同じ気持ちで、快斗の手を握り返す。
(ずっと一緒にいられたらいいなぁ……)
二人は肩を寄せて手をつなぎ、甘い余韻に浸りながら水族館を後にした。
外に出ると、街は夕陽に照らされて輝いて見えた。時折吹く心地よい風が頬を撫でる。
胸の奥にはまだ、クラゲの光や魚たちのきらめきが残っていて――二人だけの静かで幸せな世界が、続いているようだった。
「今日は連れてきてくれて、ありがとう……すっごく楽しかった……♡」
花梨は小さく息をつき、嬉しそうに笑った。
「なあ、花梨……オレ、今日もずっとお前のこと見てたけど……やっぱ可愛いな……」
「えっ」
快斗が急に真面目な顔でそう言って、花梨の手を静かに引く。
不意に近づいた距離に、花梨の心臓が跳ねた。
「っ、もぅ……急にそんなこと言われたら、て、照れちゃうよ……、っ!!?」
すっ、と花梨に影が落ち、“ちゅっ”と、小さなリップ音が額で鳴った。
すぐに離れて、花梨は快斗を見上げる。
快斗は照れくさそうに、けれど、満足そうに微笑んでいた。
その笑顔が眩しく見えて。
(夕日に照らされた快斗……格好いいんだから……)
頬が熱い――。
花梨は、急に触れた柔らかい感触に、快斗を直視できなくなってしまった。
「――帰るか!」
「……うん」
恐る恐る花梨が快斗を見上げると、嬉しそうに目を細めている。
そのまま歩きながら、二人は時折肩を寄せ合った。
今日は風が少々強いみたいだ。
ふと花梨の髪に風が触れた瞬間、快斗が軽く髪を撫でながら「いい匂い……」と小声で呟く。
家では花梨の首筋に顔を埋め、匂いを堪能する快斗。
外ではこれが限界なのだろう、視線が花梨の肩口に集中していて、おそらく“吸い込みたい”と思っているに違いない。
「……嗅ぎたいな」
「え……。もう……快斗ってば……」
花梨は赤くなった顔を背けようとするが、ふと悪戯っぽく微笑んで、快斗を見上げた。
「……そんなに嗅いだら、私の匂い、なくなっちゃって、快斗の匂いに上書きされちゃいそう。ふふっ♡」
「っ……!!(おまっ、そういうこと言う……!?)」
快斗の理性が音を立てて軋む。外だというのに――今すぐ彼女を抱きしめて、その香りを独り占めし、自分の匂いに上書きしたい衝動を抑えるのが、今日一番の難関だった。
「花梨……ずっと一緒にいたい……一緒にいよ?」
その言葉と同時に、快斗は軽く唇を触れさせる。
花梨は一瞬驚くが、すぐに甘く応え、二人の距離はさらに近づいた。
歩道を歩き、途中で立ち止まっては、二人は何度も小さなキスを交わす。
「……ふふっ……ちょっと恥ずかしいけど、こうして快斗といると、しあわせだな~……♡」
花梨が小さく呟くと、快斗は彼女を優しく抱き寄せた。
「オレもだよ……花梨と一緒なら、どこでも幸せだ……」
快斗は、往来だというのに、抱きしめることに躊躇いがない。
はたから見ればバカップルだ。
柔らかくて愛しい温もりが自分の腕の中にあると思うと、快斗の心は満たされた。
互いの鼓動がゆっくりと重なっていく。
帰り道の信号待ちの間も、二人は手をつないだまま小声で笑い合った。
「今日の水族館、ほんとに楽しかったよ……♡ ありがとう、快斗……」
「オレの方こそだよ……花梨と一緒だから、何でも楽しく思えるんだ……」
夜の灯りが二人を包む頃、肩を寄せ合いながら家路へ向かう。
水族館の幻想的な光も、魚やクラゲのきらめきも、今は二人の心の中で輝き続けている。
「花梨……明日もまた、こうして一緒にいような……」
「うん……一緒だよ、快斗……♡」
江古田駅を降りて、いつもの見慣れた景色が広がる。米花町のような物騒な気配のない、自分たちのテリトリー。
快斗はようやく肩の力を抜き、小さな手の温もりを確かめながら、幸せに歩き続けた。
この瞬間だけは、世界に二人しかいないような……そんな甘い帰り道だった。