水族館デート編【完結】

④夕映えの甘い帰り道







 ドクターフィッシュ体験を終えた二人は、まだ指先に残る、小さなくすぐったさを楽しみながら歩き出した。
 アシカのショーは見られなかったが、これで館内は一通り見て回った。


「はぁ……楽しかったね……」


 花梨の声は、まだ少し恥ずかしそうで、それでいて、どこか嬉しそうだ。


「だな……オレも、花梨の手から離れたくねえ……」


 快斗は自然と花梨の手をぎゅっと握り、顔を少し赤くして笑った。

 外の光が眩しく差し込む通路を、二人は肩を寄せ合い、ゆっくり歩く。
 水族館での時間がまだ心の中でふわふわと揺れていて、世界が少し、二人だけのものになったように感じられる。


「ねぇ、快斗……また二人で来れたらいいね……」


 花梨の瞳はキラキラと輝き、思わず笑顔がこぼれた。


「もちろんだよ♡ そのときはもっと長く、ずっと花梨と一緒に回りたいな……」


 未来の約束なら、むしろ大歓迎だ。

 快斗は花梨の肩にすっと頭を寄せ、温もりを確かめる。
 花梨も快斗に寄り添い、小さく笑った。


「うん……ずっと一緒にいられるなら、水族館じゃなくても、どこに行ってもいいね……♡」


 日が傾き始め、名残惜しいが、そろそろ帰宅時間――。

 二人は手をつないだまま、出口へ向かった。
 太陽の光が水面の反射のように二人を包み込み、まるで水族館の幻想的な光景が、そのまま現実に続いているかのようだ。


「……あぁ、花梨と一緒なら、どこに行っても楽しいに決まってる……」


 快斗は花梨の手を握り直し、内心でつぶやく。
 視線は自分の指先に落ちていた。


(このままずっと、花梨のそばにいたい……。まだ指先にはドクターフィッシュの感触がムズムズ残ってやがるけど。それ以上に、花梨と重ねた唇の熱が、全部上書きしてくれてるわ……♡)


 恐怖の対象だったはずの魚すら、今は二人の甘い記憶のスパイスに過ぎない。
 快斗は満足げに鼻を鳴らした。

 花梨も同じ気持ちで、快斗の手を握り返す。


(ずっと一緒にいられたらいいなぁ……)


 二人は肩を寄せて手をつなぎ、甘い余韻に浸りながら水族館を後にした。

 外に出ると、街は夕陽に照らされて輝いて見えた。時折吹く心地よい風が頬を撫でる。
 胸の奥にはまだ、クラゲの光や魚たちのきらめきが残っていて――二人だけの静かで幸せな世界が、続いているようだった。


「今日は連れてきてくれて、ありがとう……すっごく楽しかった……♡」


 花梨は小さく息をつき、嬉しそうに笑った。


「なあ、花梨……オレ、今日もずっとお前のこと見てたけど……やっぱ可愛いな……」

「えっ」


 快斗が急に真面目な顔でそう言って、花梨の手を静かに引く。
 不意に近づいた距離に、花梨の心臓が跳ねた。


「っ、もぅ……急にそんなこと言われたら、て、照れちゃうよ……、っ!!?」


 すっ、と花梨に影が落ち、“ちゅっ”と、小さなリップ音が額で鳴った。
 すぐに離れて、花梨は快斗を見上げる。

 快斗は照れくさそうに、けれど、満足そうに微笑んでいた。
 その笑顔が眩しく見えて。


(夕日に照らされた快斗……格好いいんだから……)


 頬が熱い――。
 花梨は、急に触れた柔らかい感触に、快斗を直視できなくなってしまった。


「――帰るか!」

「……うん」


 恐る恐る花梨が快斗を見上げると、嬉しそうに目を細めている。
 そのまま歩きながら、二人は時折肩を寄せ合った。

 今日は風が少々強いみたいだ。
 ふと花梨の髪に風が触れた瞬間、快斗が軽く髪を撫でながら「いい匂い……」と小声で呟く。

 家では花梨の首筋に顔を埋め、匂いを堪能する快斗。
 外ではこれが限界なのだろう、視線が花梨の肩口に集中していて、おそらく“吸い込みたい”と思っているに違いない。


「……嗅ぎたいな」

「え……。もう……快斗ってば……」


 花梨は赤くなった顔を背けようとするが、ふと悪戯っぽく微笑んで、快斗を見上げた。


「……そんなに嗅いだら、私の匂い、なくなっちゃって、快斗の匂いに上書きされちゃいそう。ふふっ♡」

「っ……!!(おまっ、そういうこと言う……!?)」


 快斗の理性が音を立てて軋む。外だというのに――今すぐ彼女を抱きしめて、その香りを独り占めし、自分の匂いに上書きしたい衝動を抑えるのが、今日一番の難関だった。


「花梨……ずっと一緒にいたい……一緒にいよ?」


 その言葉と同時に、快斗は軽く唇を触れさせる。
 花梨は一瞬驚くが、すぐに甘く応え、二人の距離はさらに近づいた。

 歩道を歩き、途中で立ち止まっては、二人は何度も小さなキスを交わす。


「……ふふっ……ちょっと恥ずかしいけど、こうして快斗といると、しあわせだな~……♡」


 花梨が小さく呟くと、快斗は彼女を優しく抱き寄せた。


「オレもだよ……花梨と一緒なら、どこでも幸せだ……」


 快斗は、往来だというのに、抱きしめることに躊躇いがない。
 はたから見ればバカップルだ。

 柔らかくて愛しい温もりが自分の腕の中にあると思うと、快斗の心は満たされた。
 互いの鼓動がゆっくりと重なっていく。
 帰り道の信号待ちの間も、二人は手をつないだまま小声で笑い合った。


「今日の水族館、ほんとに楽しかったよ……♡ ありがとう、快斗……」

「オレの方こそだよ……花梨と一緒だから、何でも楽しく思えるんだ……」


 夜の灯りが二人を包む頃、肩を寄せ合いながら家路へ向かう。
 水族館の幻想的な光も、魚やクラゲのきらめきも、今は二人の心の中で輝き続けている。


「花梨……明日もまた、こうして一緒にいような……」

「うん……一緒だよ、快斗……♡」


 江古田駅を降りて、いつもの見慣れた景色が広がる。米花町のような物騒な気配のない、自分たちのテリトリー。
 快斗はようやく肩の力を抜き、小さな手の温もりを確かめながら、幸せに歩き続けた。

 この瞬間だけは、世界に二人しかいないような……そんな甘い帰り道だった。



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