水族館デート編【完結】

②甘くてとろけるクラゲの魔法







「なあ、花梨」


 放課後――帰り道。
 快斗は少し照れくさそうに花梨に声をかける。


「最近、どこか行きたい場所とか、ある?」


 訊かれて花梨は一瞬だけ視線を落とした。


「ん~、特にないかな~?」


 けれど、その瞳の奥には小さな光が宿っていた。
 花梨は普段、自分の望みを強く主張したりしない。誰かのためじゃないと動きにくいタイプである。

 快斗はそんな花梨のことをよくわかっていた。


「……無理に言わなくていいよ。でも、もし気分転換したいなら、オレが付き合うからさ」

「快斗……」

「水族館、行きたいだろ?」

「あ……、べ、別に……。快斗はお魚嫌いでしょ?」


 尋ねられ、花梨が耳に髪をかけ、誤魔化すように微笑む。
 遠慮しているのだと、快斗にはすぐにわかった。


「魚は嫌いだけど、花梨は好き♡ 花梨が行きたいっていうなら付き合うよ? たまには遠出もいいじゃん?」

「ん……じゃ、じゃあ甘えてもいい?」


 明るく話す快斗の笑顔に、花梨はそっとうかがうように彼を見上げる。


「おう! どーんとこい! あ、けど、魚がいるとこはオレ、目ぇ瞑るから、連れてってくれる? ――って水族館だもんな、ほぼ目瞑ったままか……、待てよ、それだと花梨の顔が見られないじゃん! 本末転倒! だったら、魚じゃなくてずっと花梨を見てれば万事解決じゃね? あ、天才だわオレ。よし、採用! 自己解決~♡」


 快斗は自信満々に話し始めたかと思えば、途中から完全に独り言の世界に入っていた。
 あれこれと言ったあとで、彼は“はいっ”と手を差し出す。


「……ふふっ♡ わかった♡」


 花梨は少しだけ笑って、その手を取った。










 翌日、学校をサボった二人は水族館にいた。


「……っ、集中できない」

「オレは全集中♡」


 水槽を回る間も、快斗の視線は一秒たりとも花梨から逸れない。
 可愛い魚たちを鑑賞したいのに、横から突き刺さる熱すぎる視線のせいで、花梨は生きた心地がしなかった。


「んもぅ……! ずっと私を見てるけど、飽きないの?」


 熱のこもった視線が、肌を灼くように突き刺さる。
 快斗の瞳の奥にある独占欲や執着が、至近距離だと嫌でも伝わってきて、花梨の心臓は、水槽の小魚みたいにせわしなく跳ねていた。


「……うん、花梨って、ずっと見てても飽きねえの♡ なにこれ……可愛いし、綺麗だし。いつもは授業中だからって怒られっけど、今日はずーっと見てていいなんて最高だぜ。視界に魚が入る隙もねーわ」

「ば、ばかぁ……もぅ……」


 ――恥ずかしい……。


 至近距離で囁かれる甘い声に、花梨は恥ずかしさで爆発しそうになり、空いている方の手で顔を覆った。
 もう片方の手は、快斗が「魚が怖い」という名目でがっしりホールドしているため、逃げることもできない。


「あっ、快斗! カエルの展示ブースだよ!」

「ちぇっ。オレは別にずっと花梨見ててもいーんだけど?」


 カエルの展示ブースに差し掛かると、花梨は快斗の手から逃れ、鮮やかな青いカエルに目を向ける。


「いいからいいから、ほら、毒ガエルだって~。わぁ~すっごい綺麗な色だね~」

「……うわ。スゲー色だな。コバルトヤドクガエルか……“熱帯雨林の宝石”とも呼ばれてるみたいだ。確かにな~、綺麗っちゃ綺麗だけど……毒、か」


 ……綺麗なものには毒がある。


(――オレも、花梨っていう甘い毒に完膚なきまでに参っちまってるもんな~)


 逃げられないように絡めた指先に力を込める。快斗は、毒ガエルよりもずっと抗いがたい魅力を持つ自分の恋人を、とろけるような目で見下ろした。


「アルカロイド系の神経毒を持ってるんだって。中には一匹で人間十人も殺せちゃう個体もいるみたい」

「ん? 詳しいな、花梨」

「ふふ、検索しちゃった。ほらこれ!」


 花梨のスマホには、いつの間にか調べたらしい“ヤドクガエル”の解説ページが表示されている。


「ははっ、なるほどね。すぐ調べるあたり、花梨らしいな」

「近所でこんなカエルに遭ったら触らないようにしないとね。快斗も触っちゃだめだよ?」


 花梨の顔は真剣そのもの。
 真面目な顔で「ご近所の安全」を心配する花梨に、快斗は思わず吹き出した。


「……プッ。だな♡(近所にこんな物騒なカエルはいねーよっ♡ 花梨て天然なんだなー……カワヨ♡)」


 けれども、快斗は笑顔で同意する。
 素敵な彼氏は、愛する彼女を否定したりしない。

 ……カエルの展示ブースを楽しんだ二人は次の展示へ。









「わ……」

「おー……すげえ……」

「は~……」


 ……やって来たのはクラゲの展示室。

 足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。
 薄暗くて幻想的な青い光に包まれた空間は、ふわふわと漂うクラゲたちがまるで星空のように見える。

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「とっても綺麗だね……」

「……ああ」


 ――花梨が、な?


 クラゲの巨大水槽を見上げる花梨の瞳は、うっとりとしていて愛らしい。
 快斗の目は自然と細くなる。

 雑誌を見ているときも、特にこの展示コーナーが気に入ってたようだから、連れて来てあげられてよかった。
 快斗から見える世界は、花梨を中心に回っているといっても過言ではない。


 ――ああ、このままずっとそばで彼女を見ていられたなら。


 溺愛する彼女を見ていたら、気付けば周囲には誰もいなくなっていた。


「快斗」


 ふと、クラゲを見ていた花梨が近づいて来る。


「ん……?」

「今日は……お魚、苦手なのに、連れて来てくれてありがと……♡」


 快斗のすぐそばにやってきた花梨は、もじもじしながら快斗を見上げた。


「っ♡ ん、どういたしまして! ここは魚臭くなくていいな♪」


 ――あう、花梨ちゃんの上目遣い、破壊力しゅごい……♡


 花梨の仕草はあざといながら、快斗はそれも好き。
 自分に向けてくれるなら、いくらでもして欲しいくらいだ。
 頬がぼっと熱くなった。


「ふふっ、そうだね」

「……な、花梨」

「ん?」

「なんかお返ししてくれる?」

「お返し? あ、お昼ご馳走するよ? なに食べたい?」


 水族館のチケット代を出してもらったし……と、花梨はランチ代は任せてとガッツポーズをしてみせる。


「そうじゃなくて! 今、誰もいねーよ?」


 ……周り、見てみ、周り。
 快斗は周囲を見回し、最後に花梨をじっと見つめた。


「え?」

「ん?」


 とん、とん、と、自分の唇を指先で叩きながら、快斗は目尻を下げた。


「……っ、ばかいとっ♡」

「んー♡」


 花梨の細い腕が快斗の肩に回ると、快斗は愛しそうに目を細めて背を屈め、彼女の華奢な体をそっと引き寄せた。


(……ヤベ。魚の恐怖どころか、心臓が跳ねすぎて死ぬかと思った……)


 ゆらゆらと揺れる幻光のような青い光が、花梨の白い髪を透き通るように照らし、金の瞳が潤んで閉じられる。

 二人の影が重なり、“ちゅっ”というリップ音だけが暗い展示室に溶けた。



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