白月の君といつまでも -番外編-

怪盗と名探偵のランチタイム ― 唐揚げシェアにご用心♪ ―


 学校の廊下、昼休みのチャイムが鳴り響く中、快斗は廊下の隅で険しい表情を浮かべていた。


「白馬、お前、また花梨に近づいてるな……」

「君も相変わらず、独占欲が強いね、黒羽君。でも焦らなくていいよ。花梨さんはそんなに簡単に手放さないから」


 白馬がゆったりと腕を組みながら、涼しい笑みを浮かべると、快斗はグッと拳を握りしめる。


「甘いな。花梨はオレの隣の席だし、何よりずっと一緒にいるんだ。白馬、お前が割り込む隙なんてない!」


 その時、廊下の角から花梨がのんびりと歩いてきた。
 二人は慌てて表情を変え、自然な感じを装う。


「二人とも、なにしてるの? ケンカはダメだよー?」


 花梨はニコニコしながら言った。


「違うよ、花梨さん。別にケンカなんかしてない。ただ、ボクが少し話したいことがあって……」


 白馬は少し照れながら言う。


「そうそう。ただちょっと話そうってだけだ」


 快斗が負けじと答えると、花梨は首をかしげつつ、楽しそうに笑った。


「ふふ、二人とも仲がいいんだね。でも、お昼休み終わっちゃうから、先にお昼を食べに行かない? お腹空いちゃって」


 二人は顔を見合わせてから、しぶしぶ頷いた。

 食堂に移動すると、快斗は花梨の隣をキープしながら、白馬を鋭く見つめる。
 白馬はそれに気づきながらも、あえて花梨の反対側に座り、軽く腕を組むと花梨に優しく声をかけた。


「花梨さん、今日の授業で困ったところはなかった? 授業以外のことでも構いません、何か困っていることはありませんか?」

「うーん、図書室の本の返却期限が迫ってて、ちょっと焦ってるかな。家に置いてきちゃって。今日の放課後、取りに帰ろうと思ってるんだ」


 花梨は本日のAランチ、『特製・黄金唐揚げ定食(ハニーマスタードソース)』の唐揚げを口に運ぼうとして、笑顔で答えた。
 それに応えるように本日のBランチ、『とろふわ卵のデミオムライス ~温野菜添え~』を選んだ白馬が、スプーンを片手に優しく目を細める。


「それは困りましたね。この間借りた本は確か……本、重いでしょう? よかったら、荷物持ちくらい、ボクがお供しますよ。重い荷物は任せて」


 前回、図書室で会った際、花梨が借りた本を覚えていたらしい白馬は、荷物持ちを名乗り出た。
 彼女の家を知りたいという下心を悟られないよう、さわやかスマイルは決して崩さない。


「白馬、お前! また花梨に余計なことしてくんなよ。オレがずっと守ってんだからな!」


(これを機に花梨の家を知ろうったって、そうはさせねーぞ!)


 笑顔の白馬が、花梨の家まで付いていくと言う。だが、それは彼氏である快斗――自分の役目だ。
 白馬の胸の内などお見通しな快斗は、食ってかかるように白馬を睨みつけた。

 ……二人の間に、バチバチと見えない火花が散っている。


「守るだけじゃなくて、時には甘やかすことも大事だよ、黒羽君」

「言われなくても、たーっぷり甘やかしとるわっ!! 返却本だって、オレが取ってきたっていい。花梨、家の鍵貸せ、鍵。今から取りに行ってやるよ」


 涼しい顔で挑発する白馬と、それに乗せられる、本日のCセット、『名物・マジック担々麺』(食べ進めるとスープの色が変わる、具材の化学反応が楽しめる謎メニュー)をチョイスした快斗。
 箸をトレーに置くと、その手を花梨に差し出した。

 花梨は二人の間で少し照れながら、そっと上目遣いで彼らを見つめる。


「ね、二人ともやめよ? どうしてそんなににらみ合っちゃうの……? 張り合わなくていいのに……。本は私の責任だから、私が持ってくれば済む話だよね? せっかくのおいしいランチ、おいしくなくなっちゃうよ?」


((うっ……♡))


 金色の瞳がキラキラと輝き、花梨の視線を受けた二人の胸がキュンと疼く。頬がぽっと赤く染まり、動きを止めた。
 だが、このままでは終われない。


「じゃあ勝負だ! 花梨の好きなところを三つ言って、どっちが多く言えたかで決めよう!」


 快斗は突然ガタッと立ち上がり、勝負を持ちかけた。
 大きな声で言うものだから、周りの席の人々が一斉に注目する。


「ちょ、ちょっと、快斗……! 急になに言いだして……」


 ただでさえ、快斗や白馬といると目立つのに、さらに目立ってしまうようなことを大声で宣言するなんて。
 目立つのが苦手な花梨は、あまり意味はなさないが、咄嗟に身を低くして隠れたつもりで食事を続けた。


「いいね、その勝負。負けた方が花梨さんに特別デザートをごちそうしよう」


 快斗の提案に白馬が乗ってくる。

 “特別デザート”といえば――。
 白馬と快斗の視線が、食堂と、購買部の境目にあるアイスケースに移された。
 そこにある『チョコバナナパフェ(150円)』アイスクリームは、入学当初から快斗は気に入っており、よく買うもの。花梨に奢ったこともある。


「白馬くんまで……!」


 アイスケースから視線がテーブルに戻ってくると、白馬は快斗に頷き、向かいの花梨にウインクを飛ばした。
 花梨は思わず苦笑する。


「そんなことで勝負するなんて……ふふっ、子どもみたい」


 勝負が始まると、二人とも必死に花梨の好きなところを熱弁し始めた。


『花梨の瞳の色が好きだ!』
『あの優しい笑顔がたまらない!』
『ちょっといたずらっぽいとこも好き!』


 先攻は快斗。箸を持って立ち上がり、高らかにそう宣言した。
 白馬もすぐさま負けじと、立ち上がってスプーンをマイクに見立てる。


『花梨さんの落ち着いた性格が素敵だ』
『本が好きなところが尊敬できる』
『困ってる人を放っておけない優しさ』


 それぞれに必死に言葉を繰り出し、まわりの人々は笑いながら見守った。
 結局、三つずつ言い終わり、花梨は少し困った顔をしていた。


「どっちもすごく嬉しいけど、勝負つかないね……」


 花梨が苦笑した、その時だった。
 その場の空気が、少しだけ静まった。


「……じゃあ、最後に一つだけいいかな」


 白馬が静かに口を開く。
 さっきまでの軽い調子とは違う、少しだけ低くて真剣な声。


「花梨さん。君が困っているとき、無理に頼らなくてもいい。でも――」


 一拍置いて、まっすぐ彼女を見る。


「“頼りたい”と思ったときは、ボクを選んでほしい」

「……っ」


 花梨の金色の瞳が、わずかに揺れた。

 隣から快斗の訝しい視線がグサグサと刺さる。
 動揺を隠すように、花梨は食事を再開――食べきれない分は小皿に移して、そっと快斗のトレーに置いた。

 快斗と付き合うまでは食べたことがなかったが、いつもAランチがおいしそうだと思っていた。
 がっつり系のAランチは男子生徒に人気で、花梨には量が多く、食べきれない(Bランチは女子生徒向けでちょっぴりおしゃれめ♡)。

 ある日、快斗が、Aランチを見つめる花梨にこう言ったのだ。


『花梨が食いきれない分はオレが食ってやるから、オメーはなんでも好きなの選びな! ただし、魚以外でたのむなっ!』


 そう、申し出てくれてからというもの、花梨はAランチが選択できるようになった。
 だから、今日も快斗にシェアして食べてもらう。
 食べ盛りな快斗は、花梨のおかずやご飯で大変満足な昼休みを送っていた。

 そんな幸せな日常の動作を横目に、快斗は悔しそうに唇を噛む。


「……じゃあオレも一つだけ聞く」


 白馬の言葉を遮るように、快斗が口を開いた。


「花梨、オレとずっと一緒にいてくれるよな?」


 ふいに快斗の顔が花梨に向いた。
 花梨は少し照れながらも、ふわりと微笑む。


「もちろんだよ、快斗」


 ……それを聞いた白馬は静かに頷いた。


「わかった。ボクも諦めない。花梨さんの笑顔を守れるように、もっと頑張るから」

「オメーは頑張んなくていいっつーの! ってか、諦めろ」


 花梨からちっとも相手にされてねーじゃねーか――と、快斗は花梨からシェアされた唐揚げを一つ、口に放り込んだ。


「……あ! うめえっ!! なにこのソース!!?」


 あまりの美味さに快斗は目を丸くする。


「ハニーマスタードソースだって」

「へ~! めっちゃうまいじゃん! 花梨、今度作ってよ」

「ふふふ、いいよ~。ネギ塩ダレと迷ったんだけど、おいしそうだったからこっちにしちゃった」

「ナイスチョイス! いや、まあ、ネギ塩もうまいけどな」


 快斗はちらちらと、白馬に勝ち誇ったような視線を送りながら、花梨に笑顔を見せた。


「……。……花梨さん」

「あ、うん?」

「ボクにも、一つ、シェアしていただいてもいいですか?」

「白馬くんも唐揚げ好きなの? 私、最近、唐揚げにはまってて。どうぞどうぞ! あ、まだ口つけてないから安心してね」


 白馬から唐揚げを要求された花梨は、最後の一つを快く分ける。
 おいしいものは、皆で食べるともっとおいしい。

 快斗が「白馬オメー、花梨の唐揚げがなくなっちまったじゃねーかよー!」と怒るが、花梨の瞳は優しく弧を描いていた。


「……あ、本当だ。おいしい……」


 花梨から譲ってもらった唐揚げを口にした白馬は、そのうまさに目を瞬かせる。


「でしょ? 白馬くんはBランチが多いみたいだけど……。今度、Aランチも頼んでみてね!」

「はい。その時は唐揚げ、シェアしますね」


 スッと、笑みを湛えた白馬はハンカチを取り出し、花梨の唇の端に付いたソースを拭き取った。


「あ……」

「あ?」


 花梨の頬がほんのり色づくと、その隣、快斗の眉間には皺が寄る。花梨と快斗の態度は対照的だった。


「ソースが付いていましたよ?」

「……ふふっ、ありがとう。白馬くんもここ」


 花梨の白い指先が頬にトントンと触れると、白馬は指摘された箇所をそっとハンカチをのせた。
 そのハンカチの面……先ほど花梨の唇を拭いた面だったような……。


「だぁああああっっ! ふざけんなっ!! 白馬、お前! そこ、花梨の口拭いた面だろ!! ってか、花梨もにこにこ愛想よくしてんじゃねーわ!」


 ――白馬のヤロウ! 探偵のくせに確信犯じゃねーか!


 彼氏の目の前で間接キスとはいい度胸だ。
 激高した快斗は再び立ち上がり、唾を飛ばす勢いで怒鳴った。


「か、快斗……?」

「そういうのわぁあああ! 彼氏の役目なんだよぉおおおおっっ!!」


 快斗の手が、急に花梨の唇を乱暴にゴシゴシ拭う。


「ンンっ!? そ、そうなんだ……?(唇がちょっと痛い……)」

「そうなのっ!!!」


 花梨の唇を拭い終えた快斗は、プリプリしたまま、その手のひらにキスを落とした。


(……これでちったぁ、落ち着いたかな?)


 快斗も花梨との間接キスで、少し落ち着きを取り戻す。
 ……が、そこへ――。


「黒羽君。落ち着きたまえ。君の口元も汚れているよ?」

「ああんっ!!?」


 火に油。
 白馬の涼しげな声が斜め向かいから聞こえて、快斗の怒りは再燃した。

 そんな快斗の袖を、花梨がそっと引く。


「快斗」

「なに」

「座って?」

「……」


 上目遣いの花梨に言われると、従いたくなる快斗は黙って席に着く。
 怒りの炎はシュンと鎮火した。


「……お口の周り、汚れてるから拭いてあげるね?」

「え」


 花梨はおしぼりを手に、快斗の口元に触れた。
 優しくぽんぽんと拭いていく。


「……大きな声でしゃべって、食べかすとか飛んでたから、少しお行儀悪いと思う。おしゃべりはほどほどにして、早く食べちゃお?」

「……はい♡」

「ふふふっ、快斗はいい子だね♡ また汚れたら拭いてあげる」

「っ……」


 花梨に優しく諭された快斗は、その後、大人しくなり食事を再開。白馬が無表情でオムライスを食べ終えて、ランチタイムは終わった。









「ふたりともありがとう! ごちそうさまでした♡」

「「どういたしまして♡」」


 花梨の口の周りには、二人に奢ってもらった『チョコバナナパフェ』のクリームが付いている。


(オレが拭く!)

(いや、ここはボクが)


 教室に戻りながら、花梨の口をどちらが拭うか牽制し合う快斗と白馬だったが……。


「あれ~? 花梨ちゃん、口にチョコクリーム!? あー! デザートいったなぁ~?」

「えへへ♡ ごちそうしてもらっちゃった♪」

「はいはーい。こっちいらっしゃーい!」


 途中で青子に会い、彼女はサッとティッシュを取り出し花梨を手招き。
 花梨が笑顔で寄っていくと、拭ってやっていた。


「「……」」


 男二人は置いてけぼりを食ったが、青子に可愛がられる花梨の笑顔がまるで陽だまりのように見えて――。


「見ろよ、あの笑顔。オレの彼女、可愛すぎない?」

「今度はシルクのハンカチを用意しておきましょうかね……」

「ああんっ!?」

「彼女の唇が痛まないように……」


 快斗と白馬、二人のライバルは、花梨の笑顔を守るために、明日もまた張り合い続けるのだった。




おしまい☆
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