風邪を引いたら
快斗の場合・後編
◇
「よし! ん……こんなもんかなー……?」
花梨が寝ている間に、オレは愛情たっぷりのお粥を作った。
いっつもご馳走になってるんだ、こんな時くらいお返ししなきゃな。
ちょっと味見したけど、まあなかなかのもんじゃね?
なんて自画自賛しながら、オレはお粥を持って花梨の部屋へと向かう。
花梨の部屋に入ると、彼女は物音で気づいたのか、目を覚ました。
……額には冷却シート。オレが貼っておいたものだ。
彼女はぼぅっとしている。
「花梨、お腹空かないか?」
「ん……? あ、快斗……ごめん、私寝ちゃってた……今お茶を……」
「っ、なに言って……オレが寝てなって言ったんだからいいんだよ」
「ん……ありがとう……」
声をかけると花梨が上体を起こそうとするから、オレはすぐそばに寄って背中を支えてやった。
「お粥作ったんだけど、食べられるか?」
寄り添うオレの片手にはお粥の乗ったトレー。
出汁で煮込んだから、香りが部屋に広がる。
花梨の鼻にもそれが届いたみたいで――。
「うん、食べる……今、ちょっと熱が下がってるみたい。おいしそう……」
きゅるるる……とほんのわずかだけど、花梨の腹の虫が聞こえた。
目線もお粥に釘付けだ。
よかった、食欲はあるっぽい。
……今日の花梨は、言葉も態度も素直でよろしい。
花梨の腹の虫が聞こえたことは、今は触れないでおこう……。
恥ずかしがって体温が上がったら困るからな。
しっかし、お腹の虫まで可愛い音がするって、なんなのこの子♡
「解熱剤が効いたな。今のうちに食っておこうぜ」
「ん」
帰ってすぐ飲ませた解熱剤が効いているらしい。
顔色が少し良くなった。
食べられるうちに食べたほうがいい。
「花梨、口開けて」
「は、恥ずかしいよ……」
「彼氏にこんくらいさせろって。な?」
ここは食べさせてやるのがいいよな?
オレが花梨の口元にお粥を持ってくると、彼女は顔を赤くした。
それは明らかに熱だけじゃない、照れによるもの。
彼女の照れた顔にオレ、またキュンとする。
「……可愛い」
「っ、そんな顔で言わないで……」
ん……? そんな顔ってなんだ?
ふと、こぼれたオレの言葉に、花梨は俯いた。
俯く前、一瞬目が潤んでて、「なんで、快斗だと違うんだろ……」って小さな呟きが聞こえて――。
オレだと違うって……なんのこっちゃ?
なんかよくわかんねぇけど、恥ずかしがってる花梨が可愛いからOK♡
「フー、フー……はい、あーん」
「っ……あーん……ン。おいしい……♡」
何度か食べさせていると、慣れてくれたらしい。花梨は大人しく口を開けて、少し笑顔を見せてくれた。
聞けば、朝から食欲がなくて、ほとんど食べてなかったんだと。
弁当も、昨日の残り物を詰めただけって言ってて、結局それ、オレが食っちまったし。
お粥、食べてくれてよかった……。
「――前も思ったけど……快斗ってお料理上手だね?」
「そうか? へへっ、花梨に褒められっとうれしいな♡」
「作ってくれてありがとう、快斗……だいすき……♡」
鼻の下を指で擦ってみれば、花梨がふわりと笑顔を見せる。
やっぱ、ドキッとしちゃうよね♡
この笑顔が堪らなく好きだ。
「ど、どういたしましてっ! オレも花梨が大好きっ♡♡」
……なんでこう、オレの彼女は、オレのツボを心得てるんだろう?
上目遣いでふんわり「だいすき……♡」って言われちゃったら、もうメロメロになるしかなくない!?
一緒に過ごしていくたび、花梨沼にズブズブ沈んでる気がして怖いけど、嫌じゃないのがまた――はぁ……参ったぜ。
もっと、甘えてくんねぇかな……?
オレ、もっと花梨を甘やかしたいんだけど?
オレの子猫ちゃんは、自立心が強いからなぁ……。
気のせいかも知れねぇけど、なんかどこか遠慮してる感じがあるんだよなぁ~。
まあ、親しき中にも礼儀ありって言うし?
いいっちゃいいんだけど、彼氏としては、もっと頼って欲しいっていうか?
……花梨は可愛い。
とにかく可愛い。
だけど、それだけじゃねぇよな……?
オレ、たぶん素の花梨を知らねぇんだと思う。
……この笑顔、工藤にも向けてたんだろうか。
ふと気になる。
幼なじみ――工藤新一に向ける顔と、オレに向ける顔が違うって知ってんだ。
あいつにはもっとわがままで、平気で甘えて――彼氏はオレなのに……。
「快斗……?」
「ん……?」
……花梨が不思議そうな顔をしてオレを見てる。
オレは少しだけ口角を上げた。
ま、キッドの仮面を被ってるオレが言えることじゃねぇか……。
オレも花梨に全部さらけ出せてないもんな。
「どしたの……?」
花梨の手がオレの腕に触れる。
ずっとこうしてオレに触れてて欲しい……。
「ん? あ、さっきコンビニ行って、プリン買ってきたんだ。食べるなら持ってくるよ?」
「プリン!? 食べたいっ♡」
「よし! じゃあオレが食べさせちゃる♡」
「やだ~、恥ずかしいよ~……!」
身を捩って恥じらう姿がすごく可愛い。
けど、工藤に対する振る舞いを、オレにもしてくれていいんだぜ?
いくらでも受け止めるし、むしろ距離が近づくようで嬉しい。
……こんな想いを抱いているなんて、花梨はきっと気づいてない。
「花梨」
「ん?」
チュッ、と――。
オレは花梨に触れるだけのキスをする。
「っ、と、突然なに……? 風邪うつっちゃうよ……?」
びっくりした花梨の顔。
オレのマジック見たときと同じで、これもやっぱ可愛い。
語彙が崩壊するほど、ただただ“可愛い”しか出てこねぇ……。
「移してくれてもいいけど?」
「ダメだよ……。快斗は大事な人なんだから、風邪引かせたくない……」
「オレ――花梨の大事な人なの? くど――」
――工藤新一よりも……?
喉から出かかってやめた。
ここにあいつがいるわけでもないのに、嫉妬するなんて……バカみたいだ。
「ん? うん……快斗は特別だもん。いつも元気でいて欲しい。あなたが元気で笑ってくれていたら、それだけで私も元気になれちゃう」
「花梨……それはオレも同じだ。いつも笑ってて、オレがその笑顔守ってやるから。オレに、もっと甘えて?」
「甘えてって……んと……どうすればいいの?」
「どうすればって……オレにして欲しいこととかない?」
「快斗にして欲しいこと――えっと……」
花梨は黙り込んでしまった。
たまにおねだりはしてくるけど、どれも花梨が自分のためにするお願いじゃないものばかり。
こうして欲しい、ああして欲しいって――もっと言って欲しい。
なんでも叶えてやりたい。
「じゃ、じゃあ……」
「うん」
「……今日、ずっと、そばにいてくれる?」
「え」
「ダメ……? 具合悪いとき、いつもひとりだったから心細くて……快斗がいてくれると、その……安心できるなって、思って……」
……そうやってゆっくり話す花梨のほっぺが真っ赤だ。
オレの胸はきゅぅううっと締め付けられる。
「っ」
やばい。
胸が痛い。
喜びで身体が震える。
こんな風に求めてもらえると思わなかったから、心臓がキュン死しそう……。
「あっ、でも都合が悪いなら、帰ってくれても全然構わないからね?」
……なに可愛いこと言っちゃってんの。
こちとら、最初から泊まる気満々なんだけど!?
花梨が寝てる間にお泊りセット持って来とるわ!
「ばーろっ! 夜、また熱上がるだろうから、一晩中看病するに決まってんだろ!」
「わっ!? ん……ありがと♡ えと……お風呂、も……手伝ってくれる?」
もじもじしながら言われて、ゴクリ。
照れて乱暴に花梨の頭を撫でたオレは、唾を飲み込む。
「ま、任せろ!」
(……花梨ちゃん、なんでこんなに可愛いの? 男心くすぐんの、上手すぎだろ……犯罪級なんだけど!?)
工藤新一にはこんな顔見せてねぇよな……?
一抹の不安を覚えつつ、花梨をチラッと見ると、恥ずかしそうに俯きながら、微笑んでた。
小さく「うれしいな……♡」って言ったの、ちゃんと聞こえたからな!?
ああ、もう、その笑顔のためならオレ、なんだってできる。
なにをご所望ですか? 私のお嬢様。
そう思って見た花梨は、少し眠たそうに目を細めて、オレの方へ体を寄せてきた。
オレは今日も花梨に翻弄される。
盗まれちまったオレの心は、きっともう元には戻らねぇんだ。
……なあ、花梨。
もっとオレにわがまま言ってよ。
可愛いだけじゃないお前の内面を、もっと見せてくれよ。
どんなお前も、きっとオレは喜んで受け入れるから。