風邪を引いたら

快斗の場合・後編







「よし! ん……こんなもんかなー……?」


 花梨が寝ている間に、オレは愛情たっぷりのお粥を作った。
 いっつもご馳走になってるんだ、こんな時くらいお返ししなきゃな。

 ちょっと味見したけど、まあなかなかのもんじゃね?
 なんて自画自賛しながら、オレはお粥を持って花梨の部屋へと向かう。

 花梨の部屋に入ると、彼女は物音で気づいたのか、目を覚ました。
 ……額には冷却シート。オレが貼っておいたものだ。

 彼女はぼぅっとしている。


「花梨、お腹空かないか?」

「ん……? あ、快斗……ごめん、私寝ちゃってた……今お茶を……」

「っ、なに言って……オレが寝てなって言ったんだからいいんだよ」

「ん……ありがとう……」


 声をかけると花梨が上体を起こそうとするから、オレはすぐそばに寄って背中を支えてやった。


「お粥作ったんだけど、食べられるか?」


 寄り添うオレの片手にはお粥の乗ったトレー。
 出汁で煮込んだから、香りが部屋に広がる。

 花梨の鼻にもそれが届いたみたいで――。


「うん、食べる……今、ちょっと熱が下がってるみたい。おいしそう……」


 きゅるるる……とほんのわずかだけど、花梨の腹の虫が聞こえた。
 目線もお粥に釘付けだ。

 よかった、食欲はあるっぽい。

 ……今日の花梨は、言葉も態度も素直でよろしい。

 花梨の腹の虫が聞こえたことは、今は触れないでおこう……。
 恥ずかしがって体温が上がったら困るからな。

 しっかし、お腹の虫まで可愛い音がするって、なんなのこの子♡


「解熱剤が効いたな。今のうちに食っておこうぜ」

「ん」


 帰ってすぐ飲ませた解熱剤が効いているらしい。
 顔色が少し良くなった。
 食べられるうちに食べたほうがいい。


「花梨、口開けて」

「は、恥ずかしいよ……」

「彼氏にこんくらいさせろって。な?」


 ここは食べさせてやるのがいいよな?

 オレが花梨の口元にお粥を持ってくると、彼女は顔を赤くした。
 それは明らかに熱だけじゃない、照れによるもの。

 彼女の照れた顔にオレ、またキュンとする。


「……可愛い」

「っ、そんな顔で言わないで……」


 ん……? そんな顔ってなんだ?
 ふと、こぼれたオレの言葉に、花梨は俯いた。

 俯く前、一瞬目が潤んでて、「なんで、快斗だと違うんだろ……」って小さな呟きが聞こえて――。

 オレだと違うって……なんのこっちゃ?
 なんかよくわかんねぇけど、恥ずかしがってる花梨が可愛いからOK♡


「フー、フー……はい、あーん」

「っ……あーん……ン。おいしい……♡」


 何度か食べさせていると、慣れてくれたらしい。花梨は大人しく口を開けて、少し笑顔を見せてくれた。

 聞けば、朝から食欲がなくて、ほとんど食べてなかったんだと。
 弁当も、昨日の残り物を詰めただけって言ってて、結局それ、オレが食っちまったし。

 お粥、食べてくれてよかった……。


「――前も思ったけど……快斗ってお料理上手だね?」

「そうか? へへっ、花梨に褒められっとうれしいな♡」

「作ってくれてありがとう、快斗……だいすき……♡」


 鼻の下を指で擦ってみれば、花梨がふわりと笑顔を見せる。
 やっぱ、ドキッとしちゃうよね♡

 この笑顔が堪らなく好きだ。


「ど、どういたしましてっ! オレも花梨が大好きっ♡♡」


 ……なんでこう、オレの彼女は、オレのツボを心得てるんだろう?
 上目遣いでふんわり「だいすき……♡」って言われちゃったら、もうメロメロになるしかなくない!?

 一緒に過ごしていくたび、花梨沼にズブズブ沈んでる気がして怖いけど、嫌じゃないのがまた――はぁ……参ったぜ。

 もっと、甘えてくんねぇかな……?
 オレ、もっと花梨を甘やかしたいんだけど?

 オレの子猫ちゃんは、自立心が強いからなぁ……。
 気のせいかも知れねぇけど、なんかどこか遠慮してる感じがあるんだよなぁ~。

 まあ、親しき中にも礼儀ありって言うし?
 いいっちゃいいんだけど、彼氏としては、もっと頼って欲しいっていうか?

 ……花梨は可愛い。
 とにかく可愛い。

 だけど、それだけじゃねぇよな……?
 オレ、たぶん素の花梨を知らねぇんだと思う。

 ……この笑顔、工藤にも向けてたんだろうか。

 ふと気になる。
 幼なじみ――工藤新一に向ける顔と、オレに向ける顔が違うって知ってんだ。
 あいつにはもっとわがままで、平気で甘えて――彼氏はオレなのに……。


「快斗……?」

「ん……?」


 ……花梨が不思議そうな顔をしてオレを見てる。
 オレは少しだけ口角を上げた。

 ま、キッドの仮面を被ってるオレが言えることじゃねぇか……。
 オレも花梨に全部さらけ出せてないもんな。


「どしたの……?」


 花梨の手がオレの腕に触れる。

 ずっとこうしてオレに触れてて欲しい……。


「ん? あ、さっきコンビニ行って、プリン買ってきたんだ。食べるなら持ってくるよ?」

「プリン!? 食べたいっ♡」

「よし! じゃあオレが食べさせちゃる♡」

「やだ~、恥ずかしいよ~……!」


 身を捩って恥じらう姿がすごく可愛い。
 けど、工藤に対する振る舞いを、オレにもしてくれていいんだぜ?

 いくらでも受け止めるし、むしろ距離が近づくようで嬉しい。

 ……こんな想いを抱いているなんて、花梨はきっと気づいてない。


「花梨」

「ん?」


 チュッ、と――。
 オレは花梨に触れるだけのキスをする。


「っ、と、突然なに……? 風邪うつっちゃうよ……?」


 びっくりした花梨の顔。
 オレのマジック見たときと同じで、これもやっぱ可愛い。

 語彙が崩壊するほど、ただただ“可愛い”しか出てこねぇ……。


「移してくれてもいいけど?」

「ダメだよ……。快斗は大事な人なんだから、風邪引かせたくない……」

「オレ――花梨の大事な人なの? くど――」


 ――工藤新一よりも……?


 喉から出かかってやめた。
 ここにあいつがいるわけでもないのに、嫉妬するなんて……バカみたいだ。


「ん? うん……快斗は特別だもん。いつも元気でいて欲しい。あなたが元気で笑ってくれていたら、それだけで私も元気になれちゃう」

「花梨……それはオレも同じだ。いつも笑ってて、オレがその笑顔守ってやるから。オレに、もっと甘えて?」

「甘えてって……んと……どうすればいいの?」

「どうすればって……オレにして欲しいこととかない?」

「快斗にして欲しいこと――えっと……」


 花梨は黙り込んでしまった。

 たまにおねだりはしてくるけど、どれも花梨が自分のためにするお願いじゃないものばかり。
 こうして欲しい、ああして欲しいって――もっと言って欲しい。
 なんでも叶えてやりたい。


「じゃ、じゃあ……」

「うん」

「……今日、ずっと、そばにいてくれる?」

「え」

「ダメ……? 具合悪いとき、いつもひとりだったから心細くて……快斗がいてくれると、その……安心できるなって、思って……」


 ……そうやってゆっくり話す花梨のほっぺが真っ赤だ。
 オレの胸はきゅぅううっと締め付けられる。


「っ」


 やばい。
 胸が痛い。

 喜びで身体が震える。

 こんな風に求めてもらえると思わなかったから、心臓がキュン死しそう……。


「あっ、でも都合が悪いなら、帰ってくれても全然構わないからね?」


 ……なに可愛いこと言っちゃってんの。

 こちとら、最初から泊まる気満々なんだけど!?
 花梨が寝てる間にお泊りセット持って来とるわ!


「ばーろっ! 夜、また熱上がるだろうから、一晩中看病するに決まってんだろ!」

「わっ!? ん……ありがと♡ えと……お風呂、も……手伝ってくれる?」


 もじもじしながら言われて、ゴクリ。
 照れて乱暴に花梨の頭を撫でたオレは、唾を飲み込む。


「ま、任せろ!」


(……花梨ちゃん、なんでこんなに可愛いの? 男心くすぐんの、上手すぎだろ……犯罪級なんだけど!?)


 工藤新一にはこんな顔見せてねぇよな……?

 一抹の不安を覚えつつ、花梨をチラッと見ると、恥ずかしそうに俯きながら、微笑んでた。
 小さく「うれしいな……♡」って言ったの、ちゃんと聞こえたからな!?

 ああ、もう、その笑顔のためならオレ、なんだってできる。

 なにをご所望ですか? 私のお嬢様。

 そう思って見た花梨は、少し眠たそうに目を細めて、オレの方へ体を寄せてきた。

 オレは今日も花梨に翻弄される。
 盗まれちまったオレの心は、きっともう元には戻らねぇんだ。

 ……なあ、花梨。
 もっとオレにわがまま言ってよ。

 可愛いだけじゃないお前の内面を、もっと見せてくれよ。
 どんなお前も、きっとオレは喜んで受け入れるから。



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