平和な金曜日【完結】
-- Spring, about 17 years old
平和な金曜日②:天使は昼下がりに溶ける
午後の授業が終わった放課後、夕陽が窓の向こうでじんわりと滲んでいた。
チャイムの余韻が消えると同時に、花梨の前の席から元気な声が飛んでくる。
「は~~いっ、かんっぜんに萌えチャージ切れました~~!!」
花梨の机にばふっと勢いよく突っ伏したのは、青子だった。
「ちょ、チャージって……」
快斗が呆れた顔で見下ろすと、青子は手をばっと素早く上げて遮る。
「いや! これはもう、花梨ちゃんを愛でなきゃ死んじゃう系女子の症状だから!!」
顔を上げたその瞳は、すでに花梨をロックオンしていた。
「ほら見てよ快斗! この透き通った金の瞳!! 雪みたいに白く輝く髪と肌!! そしてその制服の着こなし! 萌え要素が全部詰まってる!!」
「そ、そんな……大げさだよ、青子ちゃん……」
公衆の面前でこんなに褒められると、体がムズムズしてしょうがない。
恥ずかしさに赤くなった花梨はそっとスカートの裾を握る。
快斗は腕を組み、「やれやれ」と小さく首を振った。
「青子、お前さ……それ、何回目だよ。また“好きです、付き合ってください”って言うつもりか?」
「うっさい、快斗は黙ってて!」
「なんでだよ!(オレの彼女なんだけど!?)」
青子はすっと立ち上がると、花梨の席の横にしゃがみ、その金色の瞳を真剣に見つめた。
「花梨ちゃん。改めて言います――」
ぱっ。
青子の両手が花梨の手に伸び、包まれる。
「好きです。私と付き合ってください」
手を握られた花梨は、ぽかんと口を開けた。
どこかで聞いたセリフ――そう、それは快斗の告白と同じだ。
でも青子の目は、笑っているようでどこか本気で……。
花梨は困ったように、でもなんだか嬉しそうに笑った。
「えっと……じゃあ、友達として付き合ってくれる?」
「っ~~~~! はいっっ!! むしろそれがいい!!」
青子は勢いよく立ち上がり、謎のガッツポーズを決める。
そんな様子を見て、快斗は深いため息をついた。
「あ~、もう! ほんっと、オレ以外とも、うっかりフラグ立ててくのやめてくれない? 花梨」
「え、私が立ててるわけじゃ……」
「いいじゃん。私みたいな存在がいることで、快斗のヤンデレ化を少しでも抑制できるなら、むしろ世のため人のため」
青子がさらりと爆弾発言を投下する。
「……や、ヤンデレって……そんな……」
花梨は目を泳がせて、ちらっと快斗に視線を送る。
当の本人は、なぜか得意げな顔で親指を立てていた。
「んふっ♡ 花梨にだけは、情緒と理性をすべて捧げてるからな♡」
「うわー、それだよそれ。そういうとこ、冷静に考えて?」
「青子にはわからないこの重さが、愛ってやつなの♡」
「だからそれがヤバいんだっての!!」
……また始まった。
そんな二人の応酬に、花梨はくすくすと笑ってしまう。
「ふふっ……私、幸せだなぁ……♡」
頬杖をつき、白い睫毛が揺れて、目が細くなる。
形の良い艶のある唇が弧を描き、とろけるような笑みを浮かべた。
花梨の笑顔に、帰ろうとしていたクラスメイト男子数人が立ち止まり、しばし見惚れる。
快斗と青子さえいなければ“葵さんに話しかけられるのに……”、と思っている男子生徒は多いらしい。
「うぇっ!? そこで幸せ感じちゃう!?(ああああ……♡ てえてえ笑顔~っ!!)」
「っ♡ ほら見たことか、花梨は俺の重さを愛してるの!!(そんな顔こんなとこでしちゃらめ~♡ オレにだけ見せろって!! ていうか、オレだけ見てればよくない!?)」
青子と快斗は、今にも溢れ出そうな心の声を制しながら話を続けた。
「快斗はちょっとだけ落ち着いて? いや、もっとかな?」
最終的に先に心を落ち着けた青子が、「花梨、オレだけを見て! な? な?」と血走った目で詰め寄る快斗の肩を叩いて、止めるように“どうどう……”。
その後、三人で一緒に教室を出て、昇降口で恵子と合流した。
「おーい、今日もイチャついてたの? お疲れさま~」
「イチャついてたっていうか、青子が花梨に告白してた」
……快斗が平然と暴露する。
「また!? それ、先週から一日置きに言ってるやつじゃない!」
「愛は回数じゃないの! 積み重ねなの!!」
夕陽が差し込む昇降口に、笑い声が響いた。
花梨は靴を履き替えながら、ふと先に昇降口を出て行く楽しそうな青子と恵子の背中を見つめる。
「ね、今日は平和だったね……」
「うん。だから、また明日も一緒にいような」
ほっとしたような顔をする花梨に、快斗はそっと手を差し出す。
花梨は迷いなく、その手を取った。
繋がれた手は大きくて、温かい。
「……明日も、平和だといいな~」
花梨の金色の瞳が、夕陽に溶けてきらきらと光った。