凛
01:月光に溶ける約束(前編)
【快斗視点】
……真夜中の空。
煌めく星の下、オレは今夜のターゲットを狙っていた。
大きな美術館の屋上から滑空して、月光に輝く宝石を華麗に奪う予定だ。
「ふっ、今夜も楽勝だな」
そう呟いて屋根を飛び越え、隣のビルに軽やかに着地した――その瞬間だった。
「――っ!?」
目の前に現れたのは、白銀の髪と黄金の瞳を持つ、美しい男。
背筋がすっと伸びていて、まるで何かを待っているようだった。
屋上で月光浴でもしてたのか?
白いシャツに白い肌。
月の光を浴びて、まぶしいくらいに見える。
「な、なんだ、あいつは……?」
――めちゃくちゃ綺麗な……男?
心臓の鼓動が一気に速くなったのが、自分でも分かった。
こんな感覚、女にすら感じたことがないってのに。
(オレ、男なんて好きじゃねーのに……)
そう思いながらも、視線がどうしても逸らせなかった。
「……チッ、あいつ、何者だ?」
本能が告げてくる。
あいつは普通のヤツじゃねぇ。
だけどそれだけじゃない。
強烈な“引力”――引き寄せられる何かが、ある。
ふと、その男がこっちを見た。
「ん? こんな夜中に……スーツにマント?」
その金色の瞳に見つめられて、オレは反射的に顔を背けた。
「な、何見てんだよっ!」
あー、ダメだ。胸がバクバクしてる。
自分の胸に手を当ててみたけど、まったく落ち着く気配がない。
「……なに、この感じ……ドキドキするの、なんで?」
鼓動の高鳴りが止まらねえ。
「はあ……なんだよ……不整脈か?(オレ、まだわけーぞ!?)」
そのとき、彼――凜が動き出した。
月光を浴び終えたのか、彼はゆっくりと歩き出す。
「っ、待てよ!」
思わず声をかけていた。
「お前、誰だ?」
振り返った彼は、柔らかく笑って――。
「僕? ふふっ、僕は葵、葵凛っていうんだ。よろしくね、怪盗キッドさん」
その名と笑顔に、オレは一瞬言葉を失った。
「……よ、よろしくって、なんだよ」
とっさにそっけなく返したけど、内心は大荒れだ。
胸がバクバクして、まるで何かの病気かと思うくらい。
(……いや、身体検査でも異常なかったし……)
「ははっ、またどこかで逢えたらいいね。じゃあね」
「あっ、ちょっ……!」
凜は軽やかに搭屋のドアを開けて去っていった。
手を振るその姿が、なんでか、まぶしくて仕方なかった。
「なんだよ、あいつ……、何もなかったみたいな顔して……」
――こっちは顔が熱くてたまんねぇってのに……。
頬に手を当てると、思った以上に熱かった。
……なんなんだよ、ほんとに。
胸に残ったざわつきを抱えながら、オレはその夜の仕事に戻った。
「……あー……また逢えたりしねーかな」
まるで夢でも見てたみてぇだ。
でも、またあの金色の瞳に会いたい――自然とそんな言葉が口をついて出ていた。
それからも、仕事中だってのに、オレの頭の中はあの白銀の青年――凜のことでいっぱいだった。
「オレ、何やってんだよ……男にドキドキするなんてよ……」
普段のオレは冷静沈着で、どんな危険な仕事だろうが一切動じねぇ。
けど今のオレはどうだ。まるで恋に落ちた子どもみてぇに、胸がバクバクして仕方ねぇ。
あの妖艶な笑顔、金色に光る瞳、スラリとした立ち姿……。
思い返すだけで胸の奥が熱くなる。
どんな宝石よりも、あいつの輝きの方が眩しく感じるなんて……。
「けど……これって、単なる一目惚れってやつか?」
――いや、違う。もっと、こう……特別だ。
自分に言い聞かせてみても、心がそれを否定してくる。
オレの中の理屈なんか、あいつの前じゃ通用しねぇ。
それからも、オレは偶然を装って同じビルの塔屋に足を運んだ。
凜は決まった時間に現れ、静かに去っていく。
まるでこっちの存在に気づいてるのか、気づいてないのか――その曖昧さがまた、オレを焦らす。
何をするでもなく、手摺に寄りかかって、しばらく夜景を眺めてるだけ。
透き通るような声してんのに、独り言すら聞こえやしねぇ。
(凜、お前……いつも何を考えてんだよ……?)
ただ立ってるだけなのに、まるで彫像みたいに美しく見えて、オレは困ってた。
あの金色の瞳なんか、まるで彫像に嵌められた宝石――そう、ビッグジュエルそのものみてぇに思える。
盗まなきゃ、って思っちまうくらい。
「オレが、こんなに誰かを意識するなんて、ありえねぇ……」
そう言ってはみたものの、オレ自身がその言葉を否定してる。
だって、本当はもう分かってる。
あいつのことを考えてるときのオレの顔、きっと笑ってる。
次第に、あいつが目の前に現れるだけで自然と笑みがこぼれて、声をかけたくて仕方なくなる――。
「オレ、やべぇな……」
だから、決めたんだ。
「このまま見てるだけなんて、オレらしくねえ。次会ったら、声かけてみっか……」
今夜も凜はいつもの時間に去って行った。
その背中を見送って、オレはひとり口角を上げた。
今夜の月が、いつもよりもずっと綺麗に見えたのは、きっと気のせいじゃねぇ。
◇
……その夜、オレは部屋で、何度も鏡の前に立ってた。
「おいおい、こんなに顔が緩むなんて、何年ぶりだ……?」
普段なら挑発的にニヤッと笑うのがオレのスタイルなのに、気づけば優しい顔してやがる。
……っていうか、これ、意識してなくても出るやつだろ。
ヤベェな。
“次に会ったら、声をかける”――そう決めたのに、いざそう思うと、胸が痛ぇくらいドキドキする。
……これが初恋ってやつなのか?
翌日も仕事の合間に、塔屋の上を何度も覗きに行った。
けど、そこに凜の姿はなかった。
「……ま、そんなに都合よくはいかねぇか」
そう呟いてみても、胸の奥じゃ“ひょっとして”を期待してた自分がいてさ。
そんな自分がちょっと悔しかった。
で、数日後――。
もう待ってるだけじゃいられなくなって、決めたんだ。
“偶然を装うのは――もうやめる。オレから、凜に会いに行く”
「よし、今夜は凜が来る日だな! ふふっ、オレがあいつに近づけるなんて、宝石を盗むよりずっと難しいミッションだぜ」
時計を見て、時間を確認。
心臓はバクバクで、手のひらがじっとりしてくる。
どうやって声をかけようか。
凜ってマジックとか好きか?
……いや、奇術師らしく、やっぱりオレらしくいくしかねぇよな。
完全に戦闘態勢……のはずなんだけど、なんでだ、こんなに緊張してんの。
……オレ、今までどんな現場でもビビったことなんてねーのによ。