白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
097:一日の終わりに


「明日は迎えに来るから部屋で待機」

「上まで来てもらうの悪いし、エントランスで待ってるよ?」


 急に「部屋で待機」と言われ、花梨は首をかしげた。

 朝一緒に登校するならエントランス前で待ち合わせればいいのだ。
 何も部屋まで迎えに来なくても。


「駄目だ。あそこはマンションで唯一狙撃されやすい」


 ――諸伏さんが、命を狙われてるのは土日のみって言ってたけど、警戒するに越したことはねーよな?


 快斗が知っている範囲で花梨はすでに三回命を狙われている。
 しかも一度目は平日の夜、サイレンサー付きの銃で……だ。
 今日と先週、ゴルフボールとボウガンを凶器にしたのは何か意味があったのかもしれないが、また銃で狙われることだってあり得るわけで。

 ……警戒しない方がおかしい。


「狙撃って……、私このマンションで襲われたことなんて……、……あれ?」


 ――襲われてはいないけど……あの停電って……?


 ふと花梨は新一と一緒にいる時に、エレベーターが停まったことを思い出した。


「え、花梨? まさか……」


 快斗の顔が瞬時に青くなる。
 諸伏の話では花梨の部屋はまだ特定されていないと聞いているのに、話が違うじゃないか……と。


「あ、ううん。マンション内では何にもないよ?」

「本当か?」

「うん! 前にエレベーターが急停止したことがあったなって思い出しただけ」

「エレベーターが急停止?」

「うん、でもすぐ復旧したから何もなかったよ。故障だったんじゃないかなーって」

「そっか……、故障じゃしゃーねーか……。とにかく、明日からまた学校だかんな! 気をつけて行こう」


 花梨の話に快斗は訝しむが、エレベーターが故障することもあるだろうと渋々納得してくれた。

 あの一件、未だに謎は解けておらず、都内で頻発しているエレベーターシステムの乗っ取りではないか――というのが一番の有力候補で。
 システム乗っ取り事件は未だにあちこちで起きているため、花梨を狙ったのか狙ってないのかまでははっきりせず……。

 その後花梨は全く気にせず毎日を過ごしている。
 ……裏では新一が時々二課に掛け合ったりしていたが、進展はなし。
 それ以来故障もないので、新一もこの件に関しては警察に任せることにして手放した。


「ふふっ、気をつけるったって……、大丈夫だよー」

「大丈夫じゃねーから警戒してんだけどな?」

「えっ」

「……今日はゆっくり休んでな。休息は大事だぜ!」

「……それ快斗が言うの?」


 快斗がぽんぽんと頭を撫でると、花梨はぷくっと頬を膨らませる。
 そんな花梨の鎖骨には快斗が付けたキスマークがパジャマの隙間から見えた。


(……あ。痕、けっこう目立つな)


 わざとつけた独占欲の証を見て、快斗は少しだけ意地悪に、けれど彼女の緊張をほぐすように笑った。


「……、ははっ、そーだなっ! でも気持ち良さそうだったけど?」

「むぅ」

「……ふふ。おやすみ花梨、また明日な」


 頬をポリポリと掻きながら嬉しそうに告げる快斗に、花梨がジト目を向ければ、彼は満足そうに微笑んで唇にキスを落としてくる。


「んっ♡ 気をつけて帰ってね」

「おう!」


 快斗が玄関ドアを開け出て行くと、すぐにドアが開き「鍵閉めろよ?」と顔を覗かせた。


「わかったよ」

「よし! じゃー最後にちゅー♡」

「ぷっ。もぉっ! 早く帰らないと快斗も休む時間なくなっちゃうよ?」

「ちゅー!」

「もぉ~……」


 ドアに顔を挟みながら器用に花梨の背に合わせて身体を傾け、唇を尖らせる快斗に花梨は“ちゅっ”と軽く口づけてやり、ようやく彼は笑顔で帰っていった。










 ……快斗が言っていたように、休息は確かに大事だと花梨もそう思う。
 ちょっとトラブルに遭ってしまったけれど、今日は蘭たちに会えて嬉しかった。


「……はあ……」


 ――そんなに私を殺したいの……? ――ちゃん……。


 快斗が帰宅し、花梨は一人になると先週の暗殺未遂と今日の出来事を深く考えてしまう。
 実行犯を裏で操っているのは親戚の“彼女”だというのは確定。
 今日の襲撃でそれがはっきりした。

 “彼女”はボウガンの矢と、ゴルフボールで脅してきた。
 矢は昔花梨がやっていた弓道と繋がるし、ゴルフは“彼女”の趣味だ。

 “彼女”は親戚の家では強い発言権を持ち、次期当主に一番近いとされている。
 花梨と同じく過去視と未来視ができると言われているし、実際過去視を利用して政財界の重鎮たちの弱みを握っているとかいないとか……。
 そんな力を持つ“彼女”がなぜ花梨、自分を敵視しているのかはさっぱりだ。

 ……花梨は過去や未来が見えても、誰にもはっきり伝えたことはないのだから。

 中学時代、散々人を玩具にして好いようにし、あげく家から追い出し、いまさら親戚の家になど帰るつもりはないのだから放っておけばいいというのに――。


「最初は拉致しようとしたけど、やっぱり殺すことにしたってことかな……? もう家から出ない方がいいのかも……。快斗も新ちゃんも巻き込みたくないし……でも、最期くらい……」


 推理ベタな花梨には、親戚にどういう思惑があって自分を殺そうとしているのかまではわからない。
 ただ、快斗と新一を巻き込みたくないと花梨は思う。

 ……花梨の残り時間は少ない。
 やっと得た自由を、もう少しだけ満喫してから去りたい。


「……、よく考えなくちゃ……もう自分を偽るのは嫌だもの」


 たとえ誰かに迷惑をかけるとしても、最期くらい気分よく過ごしたい。
 今まで自分を蔑ろにしてきたのは他人だけじゃない。きっと自分自身もそうなのだ。
 だから残りの時間は自分のために……。


 ――快斗と新ちゃんを巻き込まないようにするには、どうすればいいんだろう……。


 二人を巻き込まないためにできることを考えながら、花梨はベッドで目を閉じた。










▽オマケ


 花梨のマンションを出た快斗は辺りをキョロキョロ。
 帰って来た時に張っていた場所とは違うなと思いながら、近くのビルの暗い路地にいる諸伏を見つけ、背後から肩をちょんちょんと指先で突く。


「諸伏さん……」

「おわっ!? いつの間に!? さすがはキッド! 神出鬼没だね!」

「ちょっ、声でかいですって! てか、その銃もやめてくれません?(こえぇー)」


 諸伏は振り返ると同時、快斗に向けて銃を構えていた。
 それも諸伏のもの……。
 花梨の護身用の銃は昼間快斗が彼から預かって、こっそり返却済みだから、目の前のそれは警察庁の支給品か、あるいは潜入時代から使い慣れたものか……そんな鉄の匂いがする本物。

 しかも狙っているのは心臓の位置だ……。
 咄嗟の反射神経が普通じゃない。

 快斗は苦笑いを浮かべて降参と両手を挙げる。


「あはは、ごめんね。はー……びっくりした」


 快斗の言葉に諸伏は狙いを定めた銃を解除した。


「オレ、今日はもう帰ろうと思います。諸伏さんはいつもなん時まで見張ってるんですか?」

「うーん。俺もそろそろ帰ろうかな」

「えっ、大丈夫なんですか?」

「ああ、恐らくね。向こうサイドにも色々あるらしくて、連続で襲ってきたりはしないみたいだ。今日は昼間の一件以来、不審者を見ていない。花梨ちゃんがマンションから出ない限り大丈夫だよ。それに権堂さんが明け方には付くからね」

「そうですか……」


 ――本当に大丈夫なのか……?


 諸伏が優しげな瞳で語るが、快斗の表情は納得していない様子で……。


「あれ? 信用してない感じかな?」

「別にそういうわけじゃないっすけど……」

「花梨ちゃんを守りたいなら、休養もしっかり取っておかないともたないよ?」

「はい……」


 背を優しく叩かれ、快斗は彼と別れて自宅へ向かった。



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