白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
095:事件の幕引き
「ほらボウズ帰るぞ。一課がこれだけの人数で捜査してんだ、邪魔すんな。オレみたいな探偵の出る幕じゃねー」
「……、……うん」
小五郎から諭され、コナンは大人しく頷く。
悔しいが先程警官の輪の方から「駄目か……」と目暮警部の声が聞こえた。
救急車の音も公園に近づいて来てはいるが、恐らくもう間に合わない。
花梨にも死んだ犯人について訊ねたいが、今日はもう無理そうだ。後日に改めた方がいいだろう。
今回は死体を直接見たわけではないから、一日も経てばけろっとしてるはず。明日明後日にでも訊ねれば答えてくれるかもしれない。
――一日も早く元の身体に戻るためにも、花梨には協力してもらわねーと……。
正直なところ、“新一”の事情に花梨を巻き込みたくはないが、既に巻き込まれているのなら、早期解決を図った方がいい。
でなければ、公然と花梨をあやす黒羽と対等に渡り合えない気がする。
……いや、新一に戻らなければ蘭に真っ直ぐ向き合えない。
新一に戻れば、花梨への想いは妹分に対するそれだとはっきりするはずなのだ。
今は花梨だけが自身の事情を知る友達で、単に気心が知れて安心出来ているだけ。それを勘違いしているだけ。
もっと一緒にいたい。
黒羽なんかと付き合わず自分の側にいて欲しい――なんて思うのは、きっとただの錯覚で。
「……おじさん、花梨姉ちゃんにお別れの挨拶して来ていーい?」
コナンはすぐにどこかへ行くと思われているのだろう、自身を吊るすように持ち上げたままの小五郎に尋ねる。
「ん? おう、行って来い。一人で送りに行くくらい、大好きになっちまったんだもんな? 蘭から聞いたぞ?」
「ちょっ!? べ、別にそういうわけじゃ……いや、うん、まあ……うん……今は、そぅ、かもね……。ちょっと行って来る!」
そぅ、かもね……の部分は声が小さく、小五郎には聞こえなかった。
「はあ? どっちだよ……」
コナンを見下ろしながら、小五郎は眉を寄せる。
……コナンは花梨が好きだ。
それは妹分に対する情かもしれないし、違うかもしれない。
けれど新一ではないコナンなら花梨を好きでいてもいいだろう。
どうせ花梨に伝えたところで振られるのだから、コナンでいる間だけは好きでいよう。
そう――どうせ今だけの、ただの錯覚なのだから。
……地面に下ろしてもらい、コナンは花梨の元へ駆け寄った。
「花梨姉ちゃん」
「……ん?」
コナンが駆けつけると、花梨はしゃがんで応対する。
「ボク、今日はもう帰るよ。お大事にね」
「うん……ありがとう、コナンくん。巻き込んじゃってごめんね、怖かったよね」
明るく微笑むコナンに花梨の眉は下がり、小さな頬に手を伸ばす。
生垣に突っ込んで行ったためか、細かい葉っぱや汚れが服や髪に付いて、よく見れば小さな切り傷が頬にある。
それに気付いた花梨の瞳には涙が滲んだ。
「ううん……ボクなら大丈夫! 花梨姉ちゃんを守れてよかったよ!」
――そこだけは本当によかった……。
あの状況で咄嗟に動けたのはよかった。
花梨に怪我がなかったことだけはコナン自身、自分で自分を褒めてやりたいくらいだ。
身体が小さくなってから兄らしいことをしてやれてなかったが、一つだけでもできてよかったと笑顔で告げる。
「あ……、うん、ありがとう。コナンくんがいなかったら私、大怪我してたもんね……?」
「怪我だけじゃ済まなかったと思うよ? 人のことばっかり心配してないでさ。自分のこともっと大事にしなよ」
「……、うん」
お礼を伝える花梨にコナンはぷくっと頬を膨らませ眉を寄せた。
花梨は静かに首を縦に振る。
「……なあボウズ、花梨を守ってくれてありがとな。オレからも礼を言わせてくれ。あとは安心してオレに任せてくれていいからな?」
「……、……チッ」
隣にいた快斗も目線を合せるようにしゃがみ、頭をぽんぽんと撫でたが、コナンは快斗にジト目を向けた後で舌打ちして去って行った。
「ちょっ! 舌打ちかよ……! あいつ花梨のこと好き過ぎだろ……! 花梨ちゃんは子どもまで魅了すんの?」
「えぇっ!? 魅了だなんて誤解だよ。たぶん小さい子扱いされて嫌だったんじゃないかな。ほら、あれくらいの男の子ってそういうとこあるじゃない?」
――身体が子どもになったとはいえ精神はそのままだもの、同い年の男の子から頭ぽんぽんは嫌だよね……。
快斗もそうだが、元々新一は自信家だ。頭ぽんぽんなどされて、喜ぶはずがない。快斗が困惑する中、花梨は新一の性格上頭ぽんぽんが許せなかったのだろうと察する。
「そうかぁ? オレは違うと思うけど? あの目はぜってぇ……」
「……ふふふっ、手、振ってる。可愛いよね、コナンくん♡」
公園の出入口で待つ小五郎の元へ、駆けて行くコナンが途中で振り返り、笑顔で手を振ってくれる。
……小さな新一は本当に可愛い。
そう思った花梨は柔らかい笑顔で手を振り返した。
「ちょ、なん!? なにその可愛い笑顔はっ! そういうの気軽にしちゃ駄目だって! 浮気はんたーい!!」
――警官たちが花梨を見てる……!?
花梨の笑顔を見た警官たちが頬をぽっと赤らめ、職務中だというのにちらちらとチラ見している。鑑識道具を運ぶ一人なんかは花梨に見惚れて転び、道具を地面にばら撒く始末。
アイドル顔負けの可愛い彼女の笑顔を見たら、そうなる気持ちはわからなくもない。
だが花梨は普段は快斗、自分の前以外ではあまり笑わないというのに不意打ちの笑顔は駄目だろう。
絶対今恋に堕ちた奴居たなと思いつつ、そういえば襲撃前まで花梨が被っていた帽子がいつの間にかない。
早いとこ、帽子を被せて顔を隠しておかねばと快斗はキョロキョロ辺りを探ったが、見当たらなかった。
確かに地面に落ちたはずなのだが、いつの間に……。
「も~、小学生相手になに言ってるの? すぐ浮気って言うんだから……ひどーい」
「ちがっ、いやそっちもそうだけど、う~、けどあいつ小学生っぽくねーじゃん……! あれはぜってー人生二周目だぞ……」
コナンの人生が二周目だという話に、笑顔を見せる花梨の頬を快斗の両手が包んだ。
「二周目? ふふっ、面白い発想だね……ンン?」
あまり嫉妬ばかりしているのも引かれそうだと思った快斗は、「ほっぺやわっけ♡」と付け加え、ついでに“ちゅっ♡”と軽くキスを落とす。
青白かった花梨の頬が瞬時に真っ赤に染まった。
“こんな大勢の人がいるのに……”
花梨が呟くと、快斗はいたずらっ子のように白い歯を見せる。
「……はー、にしてもいつまでここに居なきゃなんだ? 花梨の顔色まだ少し悪いし、そろそろ帰らせてくんねーかな……」
「うーん……」
快斗と花梨の前を到着した救急隊が横切る。恐らくもう助からないであろう、犯人の元へと向かった。
そうしてしばらく経つと、犯人を囲む警官たちの輪の中から目暮警部が出てきた。
「花梨くん」
「あ、目暮警部」
「さっき過呼吸を起こしかけたと聞いたよ。念のため救急隊に診てもらってから今日はもう帰りなさい。残りは権堂くんから細かく聞いておこう。後日改めて自宅に訪問させてもらうか、署に呼ぶから来てもらえるかな?」
「あ、はい。呼び出してもらえれば伺います」
「そうか、助かるよ。その頃には被疑者の死因も特定されているだろう」
「はい……」
事情聴取に関しては犯人確保をした権堂が一番詳しいとして、これから署に一緒に来てもらうとのこと。
救急隊の人がすぐに来てくれるからもう少し待つようにと言われ、花梨は頷く。
「よかったらキミも一緒に。目撃者としてなにか気づいたことがあれば教えて欲しい。気づいた点をメモっておいてもらえると助かる」
「あ、はい……」
署に来る際は快斗も是非一緒に……。
勧められた快斗は素直に首を縦に振った。
目暮警部と話している間に犯人を診ていたであろう救急隊の人がやって来て、花梨の診察をしだす。
簡単な問診と脈拍等を測ったりしただけだが、問題はないとのことでようやく二人は帰宅が許された。
▽オマケ。
コナン、花梨たちが帰った後の現場にて……。
目暮「それにしても我々を呼び出した工藤君はいったいどこに……ん?」
目暮のスマホ)ピピピピピピ……。ピッ(通話ボタンタップ)。
目暮「はい、こちら目暮……」
新一「あー、目暮警部ですか? ボクです、工藤です。米花公園の事件どうですか?」
目暮「おー、工藤君か。少々トラブルはあったが、捜査は進んでいるよ。ところでキミは一体どこにいるんだね? 見当たらないんだが……。キミが一課総動員で来いと言うから来たというのに、肝心のキミが現場にいないじゃないか」
新一「すみません……。ボクはコナンから話を聞いて現場に駆けつけただけで、事件を目撃したわけではなくて。既に犯人が確保されていましたので、勝手ながら急ぎの別案件に移らせていただきました……」
目暮「そうか……探偵だものな。キミの言う通りコナン君がしっかり教えてくれたよ。いやー聡い子だ。ちょっと好奇心が過ぎて心配だがな」
新一「はは、でしょう? では、引き続き捜査をお願いします」
目暮「ああ、もちろんだ。キミも別案件頑張ってくれたまえ」
新一「はい、ありがとうございます。宜しくお願いします」
新一スマホ)ピッ(通話終了ボタンタップ)。
新一
……探偵事務所の屋上から、花梨と快斗が寄り添いながら駅に向かって通りを歩いて行くのが見える。
コナンは口を引き結び、胸の奥で複雑な想いを抱えつつ、それを黙って見送った。