白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
094:宙に浮いたコナン


『グゥォオオオオオオオッ!!』


 少し離れた場所から男の叫び声が聞こえてくる。


「っ……!? な、なんだ……!?」

「あっ、コナンくんっ!」


 不意に花梨の手を掴み、逃がすまいとしていたコナンはそれを放し、叫び声のしたほうへと走り出した。
 ……コナンが走って行った方向から、入れ違いに若い警官が駆けてくる。


「今のはなんだね!?」

「警部っ! 被疑者が急に苦しみ出して……!」

「なにぃっ!? すぐに救急車を!」


 ……鑑識の元へ向かっていた目暮警部は足の向きを変え、若い警官とともに犯人の元へと走って行った。


「っ! くそっ……! ちょっと見せてっ!」


 異様な叫び声に駆けつけたコナンは、警官たちの間をすり抜け、泡を吹いて倒れる犯人に近づく。


 ――死んでる……!


 ピクリとも動かない身体の心臓に耳を当てるも、鼓動は聞こえず、犯人は白目をむいて既に絶命していた。
 首に爪でむしった痕がある……。


「くそっ! くっそぉおおおっ!! 死ぬなよっ! テメーには訊きたいことが山ほどあんだよっ!! っ、うわあっ!?」


 コナンが心臓マッサージをしようと試みるも、すぐに背後から警官に抱き上げられてしまった。


「こら! 子どもが見るもんじゃない!」

「放せっ! そいつに訊きたいことがあるんだああああっ!!」

「ボウヤ、探偵ごっこじゃないんだぞ! 邪魔しちゃ駄目だ。向こうに行ってなさいっ!!」

「っ、助けて! その男っ、絶対生き返らせて!!」


 下ろせと暴れるコナンを警官がその場から連れ出す。
 犯人を取り囲む警官の輪から外れたコナンに、遅れて駆けつけた目暮警部が眉を寄せた。


「ほらほらコナン君、向こうで花梨くんたちと待ってなさい。今、毛利君を迎えに呼ぶから」

「っ~~!!」


 目暮警部にあしらわれたコナンは歯噛みし、警官の人だかりを恨めしそうに見つめる。
 警官たちの輪の中から心臓マッサージのカウントを取る声が聞こえたものの、何度やっても息を吹き返す様子はないようだ。
 警官たちの輪の外側には見張りの警官が立ち、犯人のいる場所にはもう行けそうにない。

 ……仕方なくコナンは、花梨たちの元へと戻って来た。


「……くそっ……(あいつから何か情報が得られると思ったのに……!)」


 一瞬しか犯人の遺体を見ることができず、コナンは死因を特定することができなかった。
 恐らく毒殺だと思われるが、青酸カリ特有のアーモンド臭もなく、泡を吹いて倒れ、白目をむき首を掻き毟って死んだ。
 なんの毒かまでは、現時点でコナンには特定できない。


「コナンくん……、なにがあったの……?」

「犯人が死んだ」

「え、死っ……!?」


 コナンから犯人の死を聞いた花梨は、頭を抱えふらついてしまう。“あっ、やっべ!”コナンがそう思った時にはもう遅かった。


「花梨っ!?」

「……っ、ご、ごめん快斗……。私、ちょっとびっくりして……」


 倒れそうになった花梨を快斗が咄嗟に支える。
 支えられた花梨の顔は真っ青で、立つのも辛く、その場にゆっくりとへたり込んだ。


「花梨わりぃ、つい……」


 ――花梨が他人の死に敏感なのを忘れてたぜ……。


 コナンは青い顔の花梨に気まずそうに謝罪する。

 花梨は人の死についてかなり敏感で、昔、目の前で母親が死んだことと、父親の遺体を発見したことからそうなってしまった(実際には母親の死についての記憶は曖昧なのだが)。
 昔から自分以外の誰かが傷ついたり、死んだりするのが悲しくて仕方ないのである。
 ……たとえそれが、自分の命を狙った者だとしても。


「……っ、私のせい……」

「花梨のせいじゃねーよ……」

「……ぁぁ……、ごめんなさい……っ、私……」


 ぽろぽろと涙を零す花梨を快斗は抱きしめる。
 快斗の胸で花梨は小さく「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟き、身体を震わせた。


「……花梨……」


 ――ごめんなさいって……オメー……、やっぱ何か知ってんだな……?


 花梨の様子にコナンは訊ねていいか一瞬躊躇ったが、今訊かないといけない気がして、ごくりと唾を一飲みし口を開く。


「花梨! オメーに訊きたいことがぁああああっ……!?」


 意を決して問い質そうとしたコナンの身体は突然宙に浮いた。


「くぉーらっ! このガキッ!!」

「なっ!? おじさんっ!」

「はあっ、はあっ! まったくオメーは、まーた事件に首を突っ込んで……!」


 何事かと思ったら小五郎が公園に走ってやって来ていたのだ。
 コナンの首根っこを掴んで摘まみ上げ、睨みつける。


「おじさんっ! ボク、花梨姉ちゃんに訊きたいことがあって……!」

「バーロ! 今それどこじゃねーだろ! 花梨をよく見てみろっ!」

「え……、あ……っ」


 小五郎に言われて花梨を見下ろすと、そこでは快斗が焦った様子で花梨に呼び掛けていた。


「花梨っ!? 花梨っ!! おいっ! 大丈夫かっ!?」


 快斗が何度も呼び掛けるが、花梨は虚ろな目で短く“はっ、はっ”と呼吸を繰り返している。


「過呼吸を起こしかけてるな……。おい、そこの。花梨にゆっくり呼吸するように落ち着けてやれ。今ならまだ間に合う」

「っ、はいっ……! 花梨、ゆっくり、ゆっくり息吸って……、吐いて……」


 小五郎の指示で、快斗は花梨を落ち着けるように背を撫で、深呼吸を促す。


「花梨……」


(過呼吸……、そういやあん時も起こして……)


 以前エレベーター内で起きた花梨の過呼吸。
 あの時治してやったのは新一、自分だというのに、今彼女に寄り添っているのは違う男で。


(今回、追い詰めたのはオレ……)


 苦しそうな花梨を見下ろしギリッと歯を噛みしめ、コナンは判断を誤ったと反省する。
 花梨が死を受け入れるには時間が必要なのだと知っていた癖に、追い詰めてしまった。

 彼女はある程度日が経っていれば苦々しい顔をするが、ここまで心を乱したりはしない。
 つい気が急いて直球で訊ねたのはよくなかった。


「はあー……ふぅ……、……ん、もう、平気……、ありがとう快斗……」

「よかった……、けど顔色が悪いな」

「そうかな……?」

「うん、めちゃくちゃ悪い。今にも倒れそう。オレ心配だよ……」

「え~……? 大丈夫だよー? 快斗こそ居心地悪くない……?」

「オレは平気だよ?」

「でも……たった今亡くなった人が近くにいるなんて……、っ」

「思い出さない思い出さない。花梨とは無関係な人だよ」

「……うん……ありがと……」


 ……数分後、呼吸が安定した花梨を快斗が心配そうに窺い、青白い顔をした花梨に僅かばかり笑顔が戻る。


「……いい彼氏じゃねーか。花梨おめえ、いい男掴まえたな」

「え……あ、ははっ、はいっ♡」

「……っ、ども、っス……」


 気を使ってか、二人から少し距離を取っていた小五郎にニヤニヤと笑みを向けられ、花梨と快斗は互いに顔を見合わせ照れ合った。


「花梨……、っ」


 コナンだけが宙に浮いたまま顔を俯かせる。

 自分の身体がこんなことになりさえしなければ、花梨を苦しめることはなかったのに。
 花梨の彼氏を品定めしてやろうと思ったコナンだったが、そんな資格、本当はないのかもしれない。色恋はどうであれ、大切に想う相手に対して配慮がなさ過ぎた。

 ……コナンは、顔を上げることができなかった。



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