白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
093:捜査開始







 あれから少しして花梨の願ったパトカーが二台、三台と次から次へやって来る。
 ……事件現場は公園の南側。
 パトカーから降りた警官たちはすぐさま規制線を張り、あれよあれよという間に現場から遠い北側を除いて、米花公園の一部が封鎖された。
 規制線の向こう側には多くの野次馬が集まり始める。

 殺人未遂事件ということで、捜査一課の刑事たちが慌ただしく動き出す。
 確保された犯人の元へ行く者、凶器が設置されている生垣に向かう者。情報収集のために走り出す者。
 皆、一度一箇所に集まり、誰かからの指示を得てから一斉に散らばった。

 ……その中心にいた人物に、花梨は既視感がある。

 散らばった刑事のうち一人が花梨たちの元にやって来て、被疑者を確保した権堂から順に事情を聞かせてほしいと言うので、花梨たちはベンチに座ったまま順番を待つことにした。


「ねえ、コナンくん、あれ目暮警部よね……。それに、ずいぶん人数が多いみたいだけど……?」

「うん! 新一兄ちゃんが呼んでくれたんだ! 大きな事件だから大勢で来た方がいいってね!」

「えっ、新ちゃんが?」


 ――新ちゃんはあなたでしょ……!?


 新一が捜査一課を呼んだというが、隣にいるコナンが新一だったはず……。
 花梨は目を瞬かせ、どういうことかと首をかしげる。

 その隣で快斗がチッという舌打ちとともに「新一っつーのか……」と小さく呟いた。


「……オレのことは、今度ちゃんと教えてやっから」

「へ? あ、うん……」


 こそっとコナンが耳打ちしてくる。耳に吐息が掛かり、少しばかりくすぐったい。
 そうか、何か裏があるんだなと思った花梨が肩を竦めつつ、首を縦に振るとコナンはにっこり嬉しそうに破顔した。


「……おいボウズ、距離がけーぞ。離れろ」

「チッ」

「……聞こえてんぞ。舌打ちしてんじゃねー!」

「やぁあああだぁああああっ!!」


 快斗の手が、花梨の背に回り、コナンの頭を鷲掴みにして遠ざける。
 コナンは大声で拒否し、花梨の腕にしがみ付いた。


「コ、コナンくん……」


 ――もう……新ちゃん、本当に今日はどうしちゃったのよ……、まさか精神まで幼児化しちゃったとか……?


 花梨は、自らの腕にしがみついて離れないコナンを、当惑した様子で見下ろす。


「……つまりあの自動球出し機が凶器だと」

「はい、速度の限界値が200キロまで改造されており、機械も耐えられなかったのでしょう、二十球が精々だったのではないでしょうか。球の使用数がカウントされる仕組みになっていました」

「ふむ……、公園に落ちている球の数は十五球。残り五球は事前に性能をテストしたというところか」


 後ろ姿ではあるが、近くで権堂と話す目暮警部の声が聞こえて、コナンがうんうんと首を縦に振った。
 目暮警部の近くには押収された、テニスなんかで使われる自動球出し機が置かれている。ベンチがある対面側の生垣奥にあったものを持って来たようだ。

 犯行に使用したのはコナンが推理した通り、自動球出し機をゴルフボール用に改造したもので、花梨の上半身を狙うよう高さ調整がされていた。


「200キロもあったのね……ぶつかってたら怪我してたかな……」

「花梨、なに暢気なこと言って……怪我だけじゃ済まねーだろ……」

「頭に当たってたら、死んでたかもしれねーんだぞ?」


 花梨の呟きに快斗、コナンからそれぞれツッコミが入る。


「死ぬことはないと思うけど……?」


 ――だって、今月は何があっても死なないもの。


 今月に死ぬことはない。それだけは確信できる花梨は二人を安心させたくてはにかんでみせたのだが……。


「「は?」」


 快斗とコナンは眉を寄せた。
 二人とも何を言っているんだという目で花梨を見る。


「……安心して! 私、今月は死なないから大丈夫だよ!」

「「は?」」


 続けて花梨が、左右二人に頷きながら両手をサムズアップしてみても、快斗とコナンの眉は寄せられたままで。


「……。……ハッ! あっ、えへへっ♡ ほらっ、私って運がいいから大丈夫って言いたかったの!」


 ――そっか、これじゃ伝わらないよね……!


 花梨が言葉足らずなのはいつものことだ。

 死を受け入れてはいるが、口に出すのは憚られて実際口に出したことはない。
 “来月には死ぬんだ~”なんて二人を心配させるようなこと、花梨は言いたくなかった。

 “運がいいから”

 咄嗟に口にした言葉だが、恐らく本当に運は悪くない。
 今まで数々の試練はあったが、どれも無事乗り越えられた。
 もうダメだと思った時、いつも助けが入り不思議と生かされているのだから。

 ……今度は手を合わせながらにこにこと微笑む花梨に、快斗とコナンは。


「「花梨……?」」


 “運……いいか?”という顔で二人は首をかしげた。

 快斗は花梨が命を狙われていることを知っているし、コナンは痴漢に遭ったり変な奴に絡まれたりすることを知っている。
 そんなトラブル体質のどこに“運がいい”と呼べる要素があるというのか……。


「ちょ、二人ともさっきからハモってるよ? もぉっ、仲良しさんなんだからっ♪」


 花梨は努めて明るく振舞ってみせた。


「「別に仲良くねーよ」」

「えぇー……ずっとハモってるじゃーん……」


 快斗、コナンの二人から同時にジト目を向けられ、花梨は二人の視線から逃れるように微苦笑する。
 相性は悪くないと思うんだけど……、と思った花梨に向けられた二人の視線は不満げだった。

 そのうち権堂の事情聴取が終わったのだろうか、目暮警部が目を見開き、花梨に顔を向ける。


「なになに? 被害者は葵……っ!? 花梨くんか……!」


 権堂から花梨の話を聞いた目暮警部が駆け寄って来た。


「あ。目暮警部……、ご無沙汰しております……」

「……本当だ、さく……、いやあ、見違えたなあー! あの花梨くんがこんなに大きくなって……」


 座ったままだと失礼なので花梨は立ち上がり、頭を丁寧に下げる。
 快斗とコナンの板挟みで居た堪れなかったので助かった。

 フサフサの黒い口髭と茶色の帽子に茶色のコートを着た目暮警部は昔、花梨の父・朔太郎の上司だった人だ。
 捜査中は怖い顔をしているが、花梨にとってはいいおじさんで、いつもにこにこと優しく接してくれる。
 今も――。


「すみません、ご足労をお掛けして」

「何を言っているんだ。キミこそ怪我がなくてなによりだ。それで権堂くんに聞いたが、被疑者に心当たりはないんだね?」

「はい……」


 花梨が眉を下げると、目暮警部は穏やかな顔で彼女の肩をポンポンと優しく叩いた。
 ところが、その表情はすぐに一変する。


「被疑者はどうも違法な薬物をやってるらしい。支離滅裂でね。詳しくは署でじっくり調べていくが……はっきりした動機を探るには時間が掛かりそうだ」

「そうですか……」


 目暮警部の話によれば現行犯逮捕した被疑者は今、目が血走りギョロッとしており、口からは涎を垂らして呂律が回らない状態で、意味のない言葉をずっと呟いているらしい。
 ……少し離れた場所で、警官たちに囲まれている。

 権堂の攻撃によるものなのかと訊いたが、そういうことではないようで、違法な薬物のせいなのではないか……とのこと。
 捕まえたばかりの時は、まだ意味のある言葉を発していたはずなのだが……。


「刑事さん! 犯人は白い髪のお姉ちゃんを狙ってたよ! はっきり“殺す”って言ってたもん! それに、終わればお金やお酒とお薬が貰えるって言ってた!」

「なにっ!? コナン君、それは本当かね!?」


 ベンチから下りたコナンが花梨の手を引き一歩前に出た。
 ……コナンの証言に目暮警部の目の色が変わる。


「うん! ボクとあのお姉さんが捕まえた時、犯人はまだはっきりと喋ってたんだ。……黒ずくめの男に依頼された……って」


 ――花梨……オメーがどうして黒ずくめの奴らに狙われてんだよ……。


 眉を寄せながらコナンが花梨を見上げると、彼女の目は見開かれた。


「ふむ、黒ずくめの男か……」


 ……目暮警部は腕組みをし、難しい顔をしている。
 そして“凶器に被疑者以外の指紋が出たか聞いてこよう”と凶器を調べている鑑識たちのいる方へと向かった。


「……花梨姉ちゃん、本当に心当たりないの?」

「え……、ないよ……? 黒ずくめの男って言ったら……」


 ――一度、拉致はされてるけど……、新ちゃんを襲った人たちじゃないし……。


 コナンの質問に花梨は首を傾ける。
 花梨にはコナンがどういう経緯で身体が小さくなったのか、本人から話を聞いてはいたが、すべてわかっている・・・・・・のだ。
 だから“黒ずくめの男”という特徴が同じでも、新一を襲った犯人とは違うということは判別できる。
 同じ“黒ずくめの男”でも、新一が巻き込まれた組織とは違うはず……。

 けれどそんなことをコナンは知らないわけで。
 もちろん、それは快斗も同じで。


「……、花梨」

「……え?」


 快斗がやってきて、頭を撫でられ、目を合わせると眉を下げられた。
 それはどういう表情なのだろう……。

 花梨はわからなくて目を瞬かせる。

 ……そんな時だった。



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