白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
092:不穏な空気


「さっきのって……?」

「あいつ! 金で雇われたって言ってたぞ! オメーを狙ってやったって!!」

「あいつ……」


 受け答えをする花梨にコナンが自身の背後を指差すと、そこには権堂に捕まった犯人がボコボコにされた状態で連れて来られている。
 見たことのない痩せ型の男で、ボロボロの身形みなり。浮浪者か何かと思われる。アル中なのかヤク中なのか、身体をプルプルと震わせていた。
 権堂が花梨たちの前までやって来ると、捕えた男を蹴飛ばし、地面に転がす。


「ぐぇっ!」


 うつ伏せで転がされた男がうめき声を上げた。
 後ろ手で親指に結束バンドで拘束されている……。

 男が顔を上げ、花梨を見上げるものの――。


「アヒ……、シロイカミノオンナ……コロス……。サケ……、クスリ……」


 ヒャヒャヒャヒャ……!


 花梨と目が合うと男は大きく目を見開き、たどたどしく言葉を紡いで笑い出した。
 その目が常軌を逸したように血走り、狂気じみた瞳で花梨をじっと見つめている。


「っ……!」

「花梨っ! 権堂さんっ! そいつ伏せさせて!」


 男から狂気のを向けられた花梨は、ショックを受けたように顔色を青くし怯えた様子。恐怖心からなのか、見開いた瞳から涙が零れ落ちた。
 その視線を遮るように快斗が抱き寄せる。


「ぁっと! すみません。……頭を下げて」


 権堂は言葉遣いは丁寧ながら男の髪を掴み、頭を無理やり下げさせた。


「花梨……オメー……」


 花梨のひどく怯える姿を初めて見たコナンは、呆然と立ち尽くす。

 ……いつもへらへら笑っている花梨のこんな姿は初めて見た。
 電車の痴漢の時も震えてはいたが、泣いてはいなかった。
 彼氏だというコナンの知らない男に抱きしめられて、縋るように震える花梨に今は何も訊けそうにない。


「花梨帰ろう?」

「う、うん……」

「……ちょっと待てよ」


 そのうち快斗が帰ろうと言い出し、花梨も同意したが、コナンはそれを引き留める。


「……え?」

「花梨さん、その少年がさっき警察を呼んだようです。しばらくここを動かないように、と」

「あ……、はい……」


 犯人の背に座る権堂から警察が来ると知らされ、花梨はそれもそうかとコナンに視線を移した。


「……事情聴取があんだろ?」

「事情聴取と言われても……」


 目が合ったコナンに「事件があったんだから当然だろ」という視線を向けられ、花梨はどうしようかと考える。
 ゴルフボールが突然飛んできた以外に、どう説明すればいいというのか……。


「くっつき虫のオニーサン、あんたにも付き合ってもらうからな」

「くっつき虫って……。まあ、しゃーねーか……」


 ――はー……なんかコイツ、生意気なガキだな~、まさか泥棒だって気付いたんじゃねーよな……?(※)


 コナンから冷視された快斗は、未だ花梨を抱きしめたままである。
 への字口の不機嫌そうなコナンの態度に、嫉妬かと思った快斗が抱きしめる腕に力を込めた。
 花梨はそれに気付くとそっと離れる。顔が赤かった。

 ちょっと淋しいなと思いながらも、花梨の顔色がいつも通りに戻ったことに気付いて快斗は口角を上げる。

 ……警察が到着するまでその場に留まることになり……。










「……で、あんたは? あ、えとお兄さんは? 花梨の……、花梨姉ちゃんのなに?」


 落ち着きを取り戻した花梨を間に挟み、ベンチに座ってきたコナン。
 彼は花梨の片腕を抱えながら快斗に笑顔を向けた。

 ……言葉遣いに素が出てしまっていて、定まっていない。


「オレか? ボウズ。オレはこの子の彼氏の黒羽ってんだ、宜しくな。で、ボクのお名前は?」


 チュッと、快斗は花梨のこめかみにキスを落としてニヤついた。
 突然キスされた花梨の肩が驚きに揺れる。


「っ! 黒羽……オレは江戸川コナン、探偵だ」


 快斗の態度にコナンの口からギリッと歯軋はぎしりが聞こえ、唐突に始まった自己紹介に、花梨は隣にそれぞれ座る二人を交互にうかがった。
 二人とも笑顔なのに、目がちっとも笑っていない。

 しかも、コナンは……。


「ちょ、し……コナンくん」


 ――一人称がオレになってるオレに……! ボクだったでしょ……!


 設定はどうしたというのか。

 可愛い小学生なんだから可愛くいこうよ。
 ていうか新ちゃん、掴んでる腕が痛いよ……!

 片腕はコナンに掴まれ、片手は快斗と繋いでいるこの状況……複雑極まりない。
 花梨が権堂に目を移すも、彼女はどこかに電話中で助けてもらえそうになかった。

 ……遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。
 あと数分もしないうちに到着するだろう。


「探偵? へえ、ちびっ子探偵ってか? オレは探偵が嫌いでね。なあボウズ、子どもが凶漢に向かっていっちゃあぶねえんだぞ?」

「ふーん、そうなんだ。花梨姉ちゃんは探偵が好きだけど? ねー♡」


 快斗は探偵が嫌いだ。
 けれどコナンが犯人に向かって行ったことを心配したらしく、年長者として注意をするも、受け手のコナンは聞いちゃいない。
 花梨に笑顔を振りまきながら、抱きついた腕に力を込めた。


「なっ!? そんなこと言ったことないけど!?」

「シャーロックホームズは好きでしょ~?」

「それはそうだけどっ!」


 ――くっ、小さい新ちゃん可愛い……! ちょっと新ちゃん、どうしちゃったの……?


 慌てふためく花梨にコナンがあざとい笑顔をお見舞いしてくる。
 シャーロックホームズは確かに好きではあるが、花梨は別に探偵が好きというわけではない。


「えー、でも花梨はアルセーヌ・ルパンも好きだよなあ? 最近読んでるじゃん?」

「それも好きだけど!」


 ――くっ、快斗の笑顔が可愛い……! 快斗があざとい……?


 今度は快斗に繋いだ手をぎゅっ、ぎゅっと握られ、笑顔で首をちょこんとかしげるので花梨は肯定した。
 その途端、二人の目は半目になり……。


「「……浮気者」」


 ……ボソッと呟かれる。


「え、え? な、なんで……!? 本の話だよね……!?」

「「……」」


 ジロッと二人に睨まれたようが気がしたが、すぐに視線を外された。今度は男同士、互いに笑顔で見つめ合う。
 バチバチと花梨の前に火花が見えるような……。


「えぇ……なに、この空気……」


 ――だからっ、二人とも目が笑ってないんだってば……!


 無言で見つめ合う男二人の間に挟まれ、居た堪れない空気の中、パトカーのサイレンが近付いてくる。
 いつもなら何かあったのではと不安に思うパトカーのサイレンの音が、この何とも言えない不穏な空気を壊してくれる気がして、花梨は早く来てと願った。




※注釈)くっつき虫の異名として“どろぼう”と呼ばれたりします。
94/116ページ
スキ