白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
090:女神の使い
「……それで、諸伏さんはオレに何を望んでるんすか?」
「花梨ちゃんのことを守ってあげて欲しいんだ」
「もちろんです!」
――なるほど、花梨を守って欲しいと……。
諸伏からの望みに快斗は即快諾。
降谷からは関わらない方がいいと言われたが、親友の諸伏は違う意見のようだ。
諸伏から花梨の事情を聞き出せれば、彼女を守りやすくなる。
「……あの子はね、女神様なんだよ」
「女神さま……、あ、めちゃくちゃ可愛いっすよね」
――んん? なんだ……?
承諾したから当然花梨の事情を聞けると思いきや、諸伏からは花梨は“女神”だという発言……。
どう受け取ればいいのかわからず、快斗はとりあえず花梨は「可愛い」と褒めておいた。
「そういうことじゃなくてね。彼女、女神なんだよ、本人は気づいてないけど」
「……」
またしても諸伏が花梨を女神だと言ってくる……しかも何だか目がうっとりとして心酔している様子……。
諸伏は伊達と同じくまともだと思っていたが、どうやら見誤ったらしい。
このおっさんもやっぱり変だ。類は友を呼ぶというし、降谷の親友だからしょうがないのか。
……快斗は黙り込んだ。
「俺はさしずめ女神の使い……天使ってとこ」
「てん……あ、頭、だ、大丈夫っすか……?」
「大丈夫、天使は他にもいるから。伊達班長と、松田も天使だよ。零もたぶんそう。彼女から祝福を与えられた人間は天使になり、彼女を崇拝するようになる……」
「……」
――なんかこの人、一番ヤバくない……??
手を組み祈るようなポーズで語る諸伏が、頭のおかしくなった人間に思えてならない快斗は、怪訝な顔をして身をすくめる。
「ははは。何て顔してるんだい? 大真面目な話をしているというのに」
「花梨は確かにオレにとっちゃ女神みてーな存在で、崇拝してもいいくらいだけど、それはオレが彼女を愛しているからであって……」
――花梨はオレの天使で女神! 崇拝してるようなもんだけど、それはオレが彼女を愛してるから……!
快斗の発言に諸伏が眉を寄せて笑うが、快斗が想うそれは、ただの崇拝というよりは、愛によって思わせるもの。
「そっかそっか。まあ今はそれでいいよ」
「それでいいって……」
「キミには翼を与えていないのかもしれないし……」
「つばさ?」
諸伏は頬杖をついてにこにこ、やはりよくわからない話を続けていて、快斗は首を傾げた。
「あの子には特殊能力があるんだよ。本人は否定してるけどね」
「と、特殊能力……? え、エスパー的な……?」
「フフ、すべてを話すつもりはないよ。今はね」
「えー……そこまで言ったなら教えてくださいよ……」
花梨に特殊能力……、なんだそれは――である。
……愉快そうに話す諸伏に悪意は見られない。
だが快斗が訊ねても笑うだけで、これ以上話すつもりはないようだ。
「まあ、とにかく。女神さまはさ、その能力に嫉妬した者に毎週末命を狙われてるわけだ」
「まい、週末?」
――なんだそれ……初耳だぞ……?
諸伏の話に快斗の目が見開く。
花梨が毎週末狙われているなんて初めて聞いた。
「ああ、先月に入ってからだったかな……毎週土曜か、日曜に花梨ちゃんは命を狙われてる。主に自宅侵入を試みることが多いみたいだけど、幸いまだ部屋までは特定されてない。あのマンション、セキュリティーかなり高いし、事前に俺たちが阻止してるしね。あ、花梨ちゃん本人は知らないから内密に。あの子、他にも色々トラブルに巻き込まれやすい子だから、命まで毎週狙われてるって可哀想で教えてなくてね」
「……、あ」
未然に防いでいるから花梨は知らない……。
確かに花梨は平日でもなにかとトラブルに見舞われている。
彼女が命を狙われたのは、男たちに追われていた夜と、トロピカルランドの時……?
ふとトロピカルランドの映像館でのことを思い出し、快斗は諸伏に尋ねようとした。
「ああ、この間のトロピカルランドでのボウガンの矢は見事だったね。黒羽くんキミ、動体視力が凄くいいんだね! あの時は犯人に集中してたから怪盗キッドだとは知らなかったけど、今朝なるほどって思ったよ」
察したように諸伏が快斗を褒めてくる。
……人の考えを読むのが上手い人だ。
「っ……、じゃあ、三本とも矢を落としたのって諸伏さん……?」
「ああ、俺も目はいいんだ。花梨ちゃんも三本目には気づいてたみたいだったけど」
「か、花梨も気づいてた……!?」
三本目の矢について花梨も気づいていたと聞き、快斗は驚愕する。
失礼かもしれないが、普段ほんわかゆったりした雰囲気の花梨にあんな危機を察知できるとは思わなかった。
しかし花梨はスケートもできるし、走るのもそこそこ早い。スポーツは得意とまではいかないが、苦手でもないみたいで、自身の中の彼女の認識を改めざるを得ない。
快斗が新たな彼女の一面を知った気がして嬉しくなったのも束の間――。
「彼女も目が凄くいいんだよ。三本目が撃ち落とせなかったら、上手く避けてたんじゃないかな。まあ、一本目と二本目には気づいてなかったみたいだから、俺がいなかったらダメだったと思うけど」
“俺がいなかったらダメだった”
そう話す諸伏に、あの日は本当に危なかったのだと感じた快斗の背にひゅっと冷たいものが走った。
「……、それで、犯人はどうしたんすか……? 当然確保してるんですよね?」
――いや、花梨は生きてるんだ、大丈夫。
快斗は震えそうになった拳をぎゅっと握りしめ、気を取り直して尋ねる。
「もちろん、確保したよ。けど死んだ」
「し、死んだ……?」
「取り調べ中に自害……と見せかけて殺された。自殺で処理されてる」
「な……」
犯人は確保したが殺され、自殺で処理……。
警察内部のことなんてよく知らないが、そんなことができるのはある程度の上層部に属した人間なのではなかろうか。
そんな相手が花梨の命を狙っている……、なぜ。
確かに花梨は美人だ。だからストーカーならわかるが、ストーカーがあんな風に命を狙うものだろうか。
女神だから……という理由がきっと一番しっくりくるのだろうが、その女神という話もなんだかよくわからないし……、と。
こういう話は多分、探偵なんかが得意なんだろう。
……ふと快斗は昨日遭ったロンドン帰りの探偵と、以前時計台で遭った探偵を思い出した。
「……花梨ちゃんを狙う相手はかなりの曲者でね。国家権力なんかも行使できちゃったりして、敵に回すと非常に厄介な存在なんだ。零はキミに関わらない方がいいって言ってたんじゃないかな。知ってしまうと後戻りできなくなるんだけどどうする? 聞くかい? 聞く覚悟があるなら話すけど」
「……」
ずっと聞きたかった花梨の敵の話を、思わぬ形で知ることが出来そうだ。
……だが快斗に即答はできなかった。
「へえ、即答しないところを見ると、まだ覚悟がないって感じかな?」
「……いや、そうじゃない。彼女から……、花梨の口から直接聞きたいんです。オレにも事情があるから話したいし……その上で守ってやりたいと思ってて」
――こんな風に聞いたら、花梨はオレを遠ざけるんじゃねーかな……。
諸伏に問われ快斗は首を横に振る。
昨日、花梨はキッドのちょっとした怪我だけでもボロボロに泣いて取り乱していた。
今は互いの事情に巻き込みたくないという理由で話を避けているわけで、快斗が花梨を離すことはなくても、花梨が離れようとすることはあり得る。
……それに、いつか話してくれると彼女が言っていたから、快斗は待つと決めたのだ。今それを思い出した。
「……そっか、なるほど。純愛だね」
「だから、今はまだ教えてもらえなくて構いません。本当は知りたいけど、花梨がオレが思ってたよりも相当ヤバイ連中に狙われてるってことだけわかったので、それだけで我慢します」
「……うん、了解。賢明な判断だ」
快斗の発言に諸伏は優しい瞳で頷き、アイスコーヒーを啜った。
その後すぐに男性店員が「すみません、戻りましたー!」と元気よく店に入って来て会話はそこで終わる。
食事も済んだし、そろそろ出ようかと諸伏に促されたその時。
“ピコン!”と快斗のスマホにメッセージアプリの通知が届いた。
「あ、花梨だ。なになに……? 米花公園で待ち合わせ……? 場所は……。花梨は親切だな~♡」
スマホを見ると、花梨からだ。
アプリを開いたら“終わったから米花公園で待ち合わせしよう、今から出るね”というメッセージとともに、ご丁寧に地図のリンクまで載せてある。
地図を見てみれば米花公園がすぐ近くだとわかるが、快斗は周辺を散策済のため知っていた。
「花梨ちゃん?」
「あ、はい。話が終わったみたいです」
「そっか、丁度いいタイミングだね」
「ええ」
……話も終え、花梨の用事も終わったことだし、さあ出よう。
快斗は諸伏とともにポアロを出た。
「ごちそうさまでした」
「どういたしまして。誰かと食事をしたのは昨日振りだなー」
「……花梨と食ったんですよね?」
外に出て、財布をしまいながら諸伏がにこにこと笑うが、昼食をご馳走になったにも関わらず、快斗はジロッと彼を睨み付ける。
これはこれ、それはそれだ。
「美味しかっただろ?」
「はい……それは、まあ……」
花梨と夕飯を食べた話をすり替えられ、ビーフシチューが美味しかったかと問われた快斗。
朝食べたソレは……。
――めちゃくちゃうまかった……!
花梨、店出せるんじゃね? と思ったほどに。
頬っぺたが落ちそうになるくらい美味しかった。
ベタ褒めしたら花梨は気まずそうに笑っていたが、今思えば自分が作ったわけではないからだったのだ。
焼きもち焼きの彼氏に言い出せなかったと見える。
「はは、黒羽くんは焼きもち焼きなんだね。花梨ちゃんをあんまり困らせないようにね」
「オレは別に困らせてるつもりはっ……!」
諸伏に微苦笑され、快斗は一応反論しておく。
独占欲が強いのは自覚しているが、どうしても止められないからしょうがない。
花梨を困らせているつもりはないが、やはり負担を強いているのだろうか……。
けれどやっぱり花梨に近付く男を警戒するのは止められない。
睨むくらいいいじゃないか。
既に開き直っている快斗にこれ以上改善するつもりはなかった。
……そして諸伏からメッセージアプリのID交換をしよう、とのことで交換し、そろそろ解散……となった頃。
“ピコン!”
快斗のスマホに再びメッセージアプリの通知が届く。
「あ……また花梨だ。なになに……?」
花梨からの追加メッセージには、小学生の男の子がついて来ると書かれていた……。