白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
089:ヒロとランチを
「ここって……」
悲しいかな、男と並んで歩いてやって来た店は、まさかの毛利探偵事務所のあるビルの一階。
快斗の前には“COFFEEポアロ”と書かれた喫茶店がある。
「俺、お腹空いちゃってさ、ちょっと付き合ってよ」
「……」
ポアロに入ると、レジで中年の男性店員が接客しながら「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」と声を掛けられた。
昼時を過ぎ、ちょうど最後のランチ客だったのだろう、会計を済ませて出て行くと、店内には男性店員と快斗たちしかいなくなった。
男が顎で最奥の席へと指示するので快斗は大人しく付き合う。
壁際の席に男が腰掛け、快斗は向かいの椅子に座った。
男の銃口はテーブルの下で相変わらず快斗に向けられているようで、下手に動けば何をするかわからない。
男性店員がやってくるとお冷とおしぼりを置いて行くが、男が店員に目を向けることはなかった。
「……俺はナポリタンにしようかな、キミは?」
「……あ、じゃあカルボナーラで」
突然、にこっと爽やかな笑顔とともにメニューを差し出され、快斗は咄嗟に答える。
「おっけー、すみませーん」
「はーい! ご注文をどうぞ」
快斗からオーダーを聞いた男はすぐに男性店員を呼び寄せた。
「ナポリタン大盛とカルボナーラを一つずつ。ドリンクは今日は暑いからアイスコーヒー、キミはどうする?」
「あ、オレも同じもので」
男に問われ、快斗は自分もと答える。
「じゃあ、アイスコーヒーは二つでお願いします」
「かしこまりました。ナポリタン大盛とカルボナーラ、それにアイスコーヒーをお二つですね。少々お待ちください」
男がまとめてオーダーすると、店員は去っていく。
その間、男は非常に感じが良い受け答えをしており、快斗は面食らった。
……男の手はまだテーブルの下だ。
銃はまだ向けられているようだが、殺気は感じられない。
「あの……おたくは一体……」
――この人、オレを殺すつもりはないんじゃねーかな……。
何となくだがそう感じた快斗は男をうかがう。
隣を歩いている時はあまり見られなかったが、正面だとはっきりわかる。
男は、優しそうな雰囲気の整った顔立ち。顎からフェイスラインに沿って耳まで短い髭が生えている。
またイケメンかよ……、花梨。
自分の彼女はやっぱり浮気者で、イケメン好き。
先ほど否定した浮気疑惑が再燃した。
そんな中、男は店員が調理に集中しているのを確認し、テーブルの下から手を出す。
コトッと銃をテーブルの上に置いた。
銃のグリップ部分にファンシーな四つ葉のクローバーのシールが貼ってある……。
その銃――、快斗はどこかで見たことがあった。
「ああ、自己紹介がまだだったね。俺の名前は諸伏景光。花梨ちゃんの警護を自主的にやらせてもらってる」
「かっ、花梨の警護人……!? え、それは権堂さんなんじゃ……。ってことはあんたも同じ会社の?」
――やっぱり花梨の銃か……!
男の名前は諸伏景光というそうだ。
目の前の銃は花梨が持っていたもので、殺傷力はない。
銃なのに、ぷっくりと盛り上がった四つ葉のクローバーのシールを貼るのは、花梨くらいじゃないかと一緒に笑ったのを、快斗は憶えている。
諸伏はテーブルに置いた銃のトリガーガードに指を突っ込み、くるくるっと回してから、再びグリップを掴むと自己の腰に仕舞いこんだ。
その手捌きから銃の扱いに慣れているということがうかがえる。
「いいや? だから俺は私的な警護人。昨夜キミが花梨ちゃんの部屋に入って行ったのを見ちゃったから、声をかけさせてもらったんだ」
「昨夜見たって……、あ」
――あー……見られてたんか……、てことは花梨の
花梨の裸は自分だけが見ていいものだ。
それを見られていたかもしれないと思うと、この間もオニイサン方に花梨の可愛いピンクの先っぽを見られて腹が立った、というのに、
諸伏の話に快斗は自分のことなどそっちのけで睨み付けた。
「フフ。
「……諸伏さんはオレを警察に引き渡したいんすか?」
――ああ、よかった、そっちだったか……!
諸伏にいやらしい様子は見られない。
主に自分に対して言われているのだと、ワンテンポ遅れて気づいた快斗は冷静に返す。
「うーん……、俺、実は現役警察官なんだよ」
「えっ!?」
警護人だと聞いた時点で薄々感じていたが、諸伏も警察官……しかも伊達とは違い、降谷・松田と同じ現役とは。
「けど、今はほぼ休職中の身で、たまーに書類整理をするくらいしかしてなくてね」
「そ、それってどういう……?」
……一体どういうことなのだろう。
急に身の上話を聞かされた快斗は戸惑う。
だが話したいのなら話させるか……と、そのまま続きを聞くことにした。
「俺にはここ数年間の記憶がないんだ。どうもやばいヤマに携わってたらしいんだけど、その辺りの記憶がスポッと抜けてる。なんか危険な奴らに狙われる可能性があるってんで、今は隠遁生活中ってわけ。けど、花梨ちゃんのことだけは思い出してね。ああ、この子は守らなきゃいけないって。自主的に警護させてもらってるんだ」
「記憶喪失ですか……、それでも花梨を……」
「うん、まあセーフハウスでじっとしてても暇だしね」
「ヒマって……」
諸伏の話を静かに聞いていた快斗だったが、最後に暇だからと締め括られ呆気に取られる。
……と、そんな時。
「お待たせしました。ナポリタン大盛とカルボナーラ、それにアイスコーヒーお二つです」
「どうも」
注文していた料理を男性店員が持ってきて、テーブルに並べると諸伏は会釈した。
「お、うまそう。とりあえず食べようか。いただきます」
「え? あ、はい。いただきます……」
余程腹が減っていたのだろう、諸伏がフォークを手に出来立て熱々のナポリタンを食べだす。
快斗も手を合わせフォークを手にした。
ハフハフ。パクパク、モグモグとナポリタンが諸伏の口の中へと物凄い勢いで消えていく。
本当に腹が減っていたんだなと思いながら、快斗もカルボナーラを食べる。
……カルボナーラはそこそこ美味しかった。
快斗が一緒に食べる相手が花梨だったらよかったのに……なんて考えていると、再び男性店員が近寄ってきた。
「すみませんお客さん、小銭が切れてしまったようで両替してきます。十分ほど出てきてもよろしいでしょうか」
「ええ、構いませんよ。まだ話もありますから店員さんが戻るまで俺たちここに居ますよ」
「そうですか、助かります。いや~、人手不足でね。バイト募集を掛けてるんだけど中々見つからなくて」
「へえ、そうなんですか。いい人が見つかるといいですね」
男性店員の応対は諸伏がしてくれる。
店の小銭が無くなったために両替をしてくるそうで、男性店員はクラッチバッグを手に店から出て行った。
店は人手不足でバイト募集中……。
そういえば、レジの近くにそんな貼り紙が貼ってあったなと、アイスコーヒーを飲みながら快斗は男性店員を見送る。
「……二人きりだね。ちょっとドキドキしない?」
「妙なこと言わないでくださいよ。ヤローとなんか勘弁だぜ」
「ははは。そうだね、ここに花梨ちゃんがいればなあ」
「ホントホント」
店内には諸伏と快斗のみが残され、冗談かわからないやり取りをし、笑みを交わした。
初めは気づかなかったが、この諸伏という人はかなり穏やかな人のようだ。快斗の悪態にも笑って肯定し、相手に合わせるのが上手い。
「そうだ、話が途中だったね」
「あ、はい。オレを逮捕するのかって話……」
「……うんうん、キミのことなんだけど、俺はキミを逮捕する気はないよ」
「え」
――なんで?
諸伏曰く、怪盗キッドは世間を騒がせている大怪盗であるというのに、見逃してくれるらしい。
いやまあラッキーだけども、と快斗は目を瞬かせる。
「昨夜、ベランダから身軽に飛び込む姿は、さすが月下の奇術師だと思ったよ。……けど、その後、彼女に優しく引き入れられているのを見て、銃を引くのをやめたんだ。あんなに幸せそうな花梨ちゃんの顔、初めて見たからね」
「っ! ……うわ、そこから見られてたのかよ……!」
快斗は顔がボッと赤くなるのを感じ、アイスコーヒーを一気に煽ってごまかした。自分の影に隠れるように花梨が入っていたとはいえ、あの親密な空気感まで筒抜けだったとは――。
「キミは、花梨ちゃんの大切な人だから逮捕しないよ」
「……オレが、花梨の大切な人だから……」
にっこりと満面の笑みで告げる諸伏の言葉を快斗は反芻した。
――花梨ちゃーん……! ありがとぉおおおおっ!!
他人からもそう見えるなんて、やっぱり自分と花梨は相思相愛だ。
諸伏は伊達と同じでまともそうだから、花梨に手を出したりはしないだろう。
ビーフシチュー美味かったー!! ……と、快斗は諸伏をいい人認定。
現金だが、ちょっとくらいの浮気は許してやってもいいとさえ思った。
……諸伏の話はまだ続く――。
「俺の親友が、花梨ちゃんのことをとーっても好きだから、キミのことは親友にも言わないつもりだよ。真面目なあいつに言うと、多分見過ごせないと思うしね」
「親友って……?」
「花梨ちゃんが慕ってるお兄ちゃんの一人……とだけ」
「……ああー……、あいつか」
……真面目なお兄ちゃん……といえば、降谷零。
思い当たった快斗は半目で頬を膨らませる。
降谷はあんなに見た目がチャラそうなのに、真面目な男らしい。
しかもあの三人の中で花梨から一番慕われていて、彼女の事情に一番詳しい。
その降谷の親友が目の前の男、諸伏とは……。
「はは。そうそう、たぶんその人。それと、伊達班長と松田にも秘密だ」
快斗を見て口に出さずともわかったのだろう、諸伏が朗らかに笑った。