白月の君といつまでも

-- Spring, about 15 years old
008:兄貴分だから


「……なあ、花梨」

「ん?」

「オメー……さっきなんで泣いたんだ?」

「あ……えへへ。感極まっちゃって」

「……親父さんが亡くなったって聞いた。親戚の家に引き取られたけど、そこから追い出されたって……」


 ……花梨の家の事情を、新一は少しだけ知っている。
 急に泣き出した原因は、十中八九それが原因なのだろうとは思うが、細かなところまではわからない。
 再会して間もなく詳細を教えてくれるとは思わないが、友達として伝えておきたいことはある。


「ん……、ちょっとね。私の家、複雑で」

「……オレで何か力になれることがあったら何でも言ってくれ。オメーは弟みたいな奴……」

「新ちゃん。私、女の子だよ?」


 弟みたいな……と聞いた花梨の瞳が悲し気に揺れた。


「っ、そうだったな。じゃあ妹みたいな奴ってーことで……。こっちに越してきて、まだ友達もいないんだろ? しばらく面倒見てやっから」

「ありがとう新ちゃん、うれしい。大好きだよ」


 十五歳の少女がたった一人で東都に越してきて、一人暮らしを始めるのはかなり大変だ。
 米花町ならまだしも、花梨が住む他の町じゃ土地勘もないだろうし。昔のよしみでしばらく気遣ってやろうじゃないか。

 ……そんな新一の気遣いに、花梨は目元を緩めてふわりと微笑んだ。


「っ、だっ、だからオメーはすぐ大好きとか言うんじゃねーよ! 勘違いすんだろ……って、寝ちまうのかよ……」


 ――まあ今日は色々あったしな……。


 眠気が限界だったのだろう。新一が慌てる姿を見ることなく、花梨は書籍を大事そうに抱えたまま、目を閉じユラユラと舟を漕いでいた。


「新一、花梨ちゃんを知らないか?」

「あ……、ここに」

「あら、疲れちゃったのね。ベッドに寝かせてあげないとね。優作」


 花梨が眠って少しして、優作と有希子が図書室にやって来る。
 時刻は二十二時半を過ぎ、そろそろ寝なさいと言いに来たらしい。


「オレが運ぶ」

「あらそう? じゃあお願いするわ」


 優作が花梨に近付こうとすると、新一は眠る花梨の背中と膝裏に腕を差し入れ抱き上げた。


「うわ、かる……(すげー軽いなこいつ……ちゃんと飯食ってんのかよ……)」


 この間蘭を抱き上げたときは、もうちょっと重かったような……。
 蘭に比べて花梨は背も低いし、軽いだろうとは思ったが、思っていた以上に軽くて驚いた。
 彼女を見下ろせば腕も脚も細く、手の爪がずいぶん荒れている。栄養失調寸前ではなかろうか。
 話途中で眠ってしまったのは、体力がもたなかったということか。


(こいつ……太らせないと駄目だな。せっかく美人なのに……。)


 客間に花梨を運びながら新一は、しばらくは毎週差し入れに行ってやろうと考える。
 何を食べたらこんなガリガリになるのか。いや、食べてないからガリガリになったのでは。
 保育園時代に慕ってきた健康体の花梨を思い出すと、つい、お節介を焼きたくなってしまった。


「……父さん」

「ああ、花梨ちゃんのことかな? お前のことだ、訊きにくると思っていた」


 花梨を寝かせ図書室に戻って来た新一は、椅子に腰掛け書籍に目を通している優作に声をかけた。
 優作も新一が何を言わんとしているのか察し、書籍から視線を新一へと移す。


「ああ、あいつ……親戚の家でなんかあったんだろ? もしかして虐待、とか……」

「……半分正解だな。花梨ちゃんには話さないで欲しいと言われたが……、兄貴分のお前には、話しておいてもいいかもしれないな」


 兄貴分だから……。

 そう、新一は花梨が弟――否、妹のように思えて仕方ない。
 いつも笑顔だった彼――否、彼女があんなに泣くなんて、余程のことがあったとみえる。
 あの頃は健康体で幼児らしい幼児だったのに、今はやせ細った中学生。

 朔太郎が生きている間は大丈夫だったとは思うが、親戚の家では酷い目にあっていたと思われる。
 親戚に引き取られた子どもが冷遇されるなんて、世間じゃよくある話じゃないか。

 新一はある程度の心構えをしながら、優作から語られる花梨の話を静かに聞く。

 優作は、花梨の事情を時系列を追って教えてくれた。
 話を聞いていくうち、新一の顔はどんどん暗くなり、険しくなり、憤怒の表情へと変わっていく。

 ……優作から聞いた話は想像していたよりも酷くて、新一はその晩、なかなか寝付けなかった。










「おはよう、新ちゃん」

「ん……? ぁ……はよ」


 次の日の朝、新一が目を擦り擦りダイニングにやって来ると、パタパタとスリッパの近付く音がして顔を上げる。
 そこには有希子の服を借りたエプロン姿の花梨がいた。

 有希子に髪型もアレンジしてもらったらしく、耳より上でまとめたツインテールに、野暮ったい前髪はピンで留め、眼鏡も外していて――女子力が上がっている。


「なんか眠そうだね。寝るの遅かったの? 夜更かしはよくないよ。もうすぐごはん、できるから顔洗って来てね」

「お、おう……」


 ――可愛いじゃねーか……!


 “はい顔拭きタオル”とフェイスタオルを手渡され、新一は目を瞬かせつつ頬を赤くした。


「花梨ちゃーん。お魚焼けたみたいよ~」

「はーい! 今いきまーす!」


 有希子と朝食を作っていたらしい花梨は、すぐに踵を返してキッチンへ。


「……花梨……」


 新一はそんな花梨を見送ってから顔を洗いに行った。


「ごちそうさまでした。うまかった」

「お粗末さまでした!」


 作ってもらったからには片付けくらいはしないとな……と、新一は片付けを申し出たが、花梨が「いいよいいよ! 泊めてもらったお礼なんだから!」と言うので、二人で片付けることにした。


「あらま、新ちゃん。珍しいこともあるもんねー」

「フッフッフッ」

「うるせー」


 有希子と優作に笑われ、新一は気まずさに唇を尖らせる。


「ふふっ、新ちゃん泡飛んだよー?」

「わーってるって!」


 ――笑うと可愛いんだよな……。


 鼻先に洗剤の泡が飛び、笑われたが、花梨の笑顔に新一も釣られて笑った。

 ……片付けを終えると支度をして家を出る。
 新一は、花梨が住むマンションへと送ってやるつもりだ。


「花梨ちゃーん、これも持ってってー」

「わっ!? これ昨日の……! うれしいっ♡ ありがとうございます!」


 門に差し掛かったところで、家から出てきた有希子に花梨は紙袋を手渡された。覗き込むと、昨日の晩餐の残りが詰まった折詰が入っていた。
 どの料理も絶品だったが、たくさんは食べられず、残してしまっていたのだ。家に帰っても食べられるなんて最高じゃないか。

 花梨は破顔して有希子に頭を下げた。


「花梨ちゃんは、いっぱい食べてもう少し太らないとね! 昨日の残りと二、三日分のおかずも作っておいたわ。イイ女は良い栄養からできるんだからっ」

「あはは……はい。がんばって食べます……!」

「うん、いいお返事ね! 新ちゃん。ちょっと重いから荷物持ってあげてね」


 一人暮らしをする花梨への配慮なのだろう。折詰は何段かの保存容器に分かれており、それぞれにおかずがたくさん詰まっている。
 花梨も料理はできるが、温めるだけで食べられるなら楽ができる。有希子の気遣いはありがたかった。


「おー……ほら、貸せよ」

「あ、ありがと……。あっ、私の鞄まで……!? 重いよ!?」

「余裕余裕」


 新一は、花梨の手荷物を全て奪って自宅の門を開ける。
 門から出て行くと、後ろで「ふふふっ、新ちゃんたら優しいんだからぁ~♪」なんて、有希子の嬉しそうな声が聞こえた。



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