白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
087:幸せの証明、……送ってく


『コナンくーん! 花梨ちゃん帰るって~! お見送りしよー!』


 コナンがトイレに入ってからしばらくして、蘭のコナンを呼ぶ声とともに、園子の「ガキンチョ、トイレで寝てんじゃないの?」という声が聞こえてくる。


「っ、はぁ~い……!」


 やっと涙が引っ込んだコナンは、そろそろ出るかと頭上に上げていた眼鏡を掛けた。


 ――そうか、前に花梨が言ってたことはこのことだったってーわけか……。


 人妻どうたら、浮気がどうたら。
 いつからか花梨が“好き”だと言ってこなくなった。
 そう、確か二週……いや、三週間前くらいからだったような――。

 ……そう考え至ると、腑に落ちた。

 花梨の言葉は謎解きが多くて面倒臭い。
 はっきり言えばいいのに、けれどそれも心地好くてついそのままにしてしまっていた。
 いつも一方的に好意を伝えてくるから、今もそうなのだとばかり。

 コナンは蘭が好きだというのに、同時花梨にも惹かれて。


「……はあ……」


 トイレから出ると先に下りたのだろう、既に事務所には誰もおらず、コナンは俯きがちに階段をトボトボ下りる。









「花梨ちゃん、また遊びに来て! あ、そうだ。今度の水曜、部活がないから私帰りが早いの。花梨ちゃんの都合がよかったらまたうちに遊びに来ない? 園子も来るし」

「え? あ……いいの?」


 一階の喫茶店、ポアロの前で蘭が次の約束を持ち掛け、花梨は確認を取った。

 水曜日なら確か授業が五時間だった気がする。
 花梨はスマホのスケジュールを確認、その時間なら電車も混んでいないし遊びに来れる。


「もちろん! あ、それよりID交換が先よね」

「そうね、すっかり忘れてたわ。交換しましょ」

「うん……♡」


 そういえばまだアプリのID交換をしていなかった。
 蘭と園子がスマホを出し、花梨もメッセージアプリを立ち上げる。
 三人はID交換をした。

 細かな連絡はそれでということで……。


「じゃあまたね、花梨。連絡するから」

「うん、園子ちゃんも」


 ぱちんっ! と園子と手を叩き合わせ、二人でにっこり。


「花梨ちゃん。彼、迎えに来るの?」

「あ、うん、さっきメッセージ送って、お天気もいいし、米花公園で待ち合わせることにしたの。お散歩してから帰ろうと思って」


 にこにこと柔らかい雰囲気の蘭が尋ねてくる。
 新一が絡まなければ、蘭はほんわかした感じなんだな~なんて思いつつ、快斗のことを問われた花梨は素直に答えた。


「え~! ちょっと花梨! ここまで呼んでよー! イケメンなのかどうか見たかったのに~!」

「もう、園子ったら、興味津々なんだから……!」


 園子と蘭、二人はともに目をキラキラさせてキャッキャッと楽しそうだ……。


「あはは……、蘭ちゃんも……だよね?」

「え~♡」

「ふふっ、またいつか紹介できたらするね」


 人の彼氏などなぜ気になるのだろう……。
 花梨にはその辺りの感覚がよくわからない。

 だが、恋バナが好きというのは女子高生ならではなのかな? なんて、花梨はちょっと恥ずかしそうにしながらも、ワクワクしている蘭と園子に、青子と恵子を思い出した。


「きっとよ、花梨!」

「っ!? ん、うん……」


 ――びっくりした……きっと・・・か……“キッド”って言ったかと思っちゃった……。


 濁点がついているのとついていないのとじゃ全然違う。
 園子が急に“キット”なんていうから、驚いてしまった。

 ……不意に快斗が思い出されて、早く会いたいと花梨は思う。


「じゃあ、また」

「「またね~!」」


 花梨は二人に手を振り、米花公園に向かって歩き出す。
 地図などなくても米花公園は昔からあるから知っている。昔、新一とよく遊んだなじみの公園だ。


「そういえばガキンチョ、見送りに来なかったわね」

「園子の言う通り花梨ちゃんのこと好きになっちゃったのかしらねー」

「まあ、あれだけ可愛ければガキンチョが惚れてもしょうがない。彼氏持ちだってわかってショックだったんでしょ」

「ねっ」


 小さくなっていく花梨を見送りながら、園子と蘭は彼女の変わりようにそれぞれ思うところがあり、「いや、あの可愛さは反則でしょ……」と昔の花梨とのギャップにいまさらながらに萌えた。
 イケメン少年が、超絶美少女になって帰ってくるとか誰が思うのよ……と。


「花梨ちゃんが、あおいくんのままだったら、絶対格好良かったよね……?」

「……でしょうね」

「「見たかったな~……あ」」


 ……もし花梨が少年のままだったら、物凄いイケメンになっていたのだろうと思うと、少しだけ残念に思った二人は顔を見合わせ苦笑した。
 そんな会話をしていると、階段を下りて来たらしいコナンが駆け寄ってくる。


「花梨っ……!」

「あ、来た」

「呼び捨て……」


 コナンが花梨を呼び捨てし、園子と蘭は目を瞬かせた。


「蘭っ、花梨はどっち行った!?」

「えっ、私も呼び捨て!?」

「どっち!?」

「あ、あっち……ほら、あそこ」


 有無を言わせないコナンの剣幕に押され、問われた蘭が花梨が歩いて行った方角を指差す。
 花梨はのんびり辺りを見回しながら歩いていて、まだその姿を捉えることができた。


「っ、ボク、花梨姉ちゃん送ってくる!」

「あっ、コナン君!?」


 コナンは花梨の元へと駆けだす。


「ほー! いっちょ前にナイト気取りかぁ~?」


 園子は必死で駆けて行くコナンを額に手を添え見送った。










「花梨っ!!」

「……ん? あ、コナ……新ちゃん。どしたの?」


 コナンが名前を呼ぶと、花梨は立ち止まり振り返る。
 蘭たちの姿がないので“新ちゃん”と呼んだ。


「はあっ、はあっ、っ、オメー、さっき彼氏って……!」

「あ、うん。付き合い始めてまだ三週間経ってないくらいかな~?」

「っ……なんで……」

「へ? なんでって……?」


 全速力で走って来たのだろうか、コナンは息を切らして汗を拭い、花梨を見上げた。
 その表情はなんだか悲しげで、目が潤んでいるような……。


「お前、オレのこと好きって……ぃったじゃねーか……」


 そう話すコナンの声は小さく頼りない。


「あー……、ごめんね新ちゃん。私、最近まで恋を知らなかったから、バカみたいに好き好き言っちゃってさ。新ちゃん嫌がってたのに迷惑掛けたよね。ずっと謝ろうと思ってたんだ。ごめんなさい」

「っ!」


 ……花梨が謝ろうと思っていたと頭を下げると、コナンの目が大きく見開かれる。


「……新ちゃん?」

「……っ、そーかよ。恋人ができてよかったじゃん。……幸せなんだろ?」


 不意にコナンは俯いてしまう。
 花梨は手を合わせてはにかみ告げた。


「……うん! 今すっごく幸せだよ♡」


 恐らく人生で一番幸せな時期だと思う。
 人生最期にして訪れた幸福期こうふくきを、花梨は今、満喫中なのだ。


「……、そいつとどっかで待ち合わせてんのか?」

「へ? あ、うん。すぐそこの米花公園」

「……送ってく」

「えぇ? 大丈夫だよ、だって目と鼻の先すぐそこだよ?」

「いーからっ!!」


 俯いたままのコナンが大声を出して花梨の手を取り歩き出す。
 グイグイと引っ張られ、抵抗できなかった花梨は小学一年生でも男の子は案外力持ちなのだと思った。


「ちょっ、ちょっと新ちゃん……。なに? 彼を紹介して欲しいの?」

「……」


 ……コナンは何も言わない。


「……会わせたくないんだけどなぁ……」

「なんでだよ、幼なじみに会わせられない相手なのかよ」


 仕方なく歩く花梨に、コナンが振り向き、睨んでくる。


「そうじゃないけど」


 ――彼、怪盗キッドなんだもん……! 新ちゃん、前に逢ったことあるでしょ!!


 新一は以前、怪盗キッドと出逢っている。

 当時花梨は怪盗キッドについてよく知らず、学校で青子たちに教わって間もなく。新一から「時計台に現れた泥棒にまんまと逃げられた」、という話を聞いた。
 話の中で新一が目暮警部から銃を拝借して発砲したことを知り、一般人が拳銃を警察官から抜き取って発砲するなんて、一体何を考えているんだと説教をした。

 あの時ばかりは花梨の独壇場だったから憶えている。


『怪我でもしたらどうするの!? 銃なんて危ないんだからねっ! うぅっ……!』

『わ~ったよ、もうしねーよ……、……たぶん?』

『っ、たぶんじゃダメ~っ! 危ないんだから……! ふぅぅっ……! 新ちゃんのバカぁああああ~っ!! ひっく、ひっく……!』

『わ、わかったって……、オレは怪我してねーし、そんな泣かなくても……』


 ……泣き出してしまった花梨を新一は弱った声で慰めた。

 後日青子と恵子が「時計台にキッドが現れて……」という話をしていたのを聞いたから、時期的に間違いない。
 二人は一度、出逢っているのだ。

 今日は快斗のままだから、バレることはないと思うが、新一に余計な情報は与えたくない。


「……オメーに相応しい相手なのか、オレが見定めてやるよ。オレの目で見てそいつが合格できなかったら別れろよ?」

「なんで新ちゃんの許可が必要なのよ……」

「オレは、オメーのお兄さまだからな。いいから行くぞ!」

「も~、強引なんだから~! じゃあちょっと待って! 今メッセージ送るから!」


 ――快斗に伝えておかなきゃ……。


 コナンに断りを入れ、花梨は快斗に“小学生の男の子が付いてくる”とメッセージを送った。


「よし、行くぞ!」

「手、繋がなくても、よくない?」

「るせー!」

「も~、暴君なんだからぁっ!」


 メッセージを送り終えるとコナンが再び手を握って引っ張ってくる。
 逃がさないぞという強い意思が感じられた。



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