白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
086:なんだよコレ
“オショウガツノミッカ、シンイチトイッショニイナカッタ?”
蘭は笑顔だが、声のトーンは少し低く……。
“はい、いましたー!”
花梨は素直に言おうかと思ったのだが。
「……」
なんとなく花梨がコナンを見下ろすと、彼は首を左右に何度も振る。
……「言うな」と言っているような気がした。
――言うなといわれても、じゃあどうすればいいのよ……。
花梨とコナンは目を合せたまま固まり、互いに瞬きを繰り返す。
……目でなんて会話、できるわけがない。
けれど互いに正解の言葉を探すしかなかった。
「……新一と、神社にいたよね? それに放課後とか……休日もたまに一緒にいたよね……?」
「えと……、ぁ……あー、……うん。新ちゃんには色々とお世話になってたよ?」
――そりゃもう、買い物に付き合ってもらったり、荷物持ちしてもらったり、家具の組み立てとか、配置とか手伝ってもらったり色々と……。
再び問われ、蘭に嘘を吐きたくない花梨は、正解ではないかもしれないがコナンより先に答えを出す。
「っ……」
……花梨の答えに蘭の眉が歪みを見せた。
「あっ、私ね、一人暮らししてて。前はこっちに友達いなくってね。大きな買い物とかするのに、荷物持ちとか手伝ってもらったりしてただけで、ね?」
――いっぱいお世話になったね、新ちゃん。ありがとう!
花梨がコナンに視線を移すと、コナンは首を何度も激しく縦に振った。
「へえ、一人暮らし……。そぉ、なんだ……買い物ね……、花梨ちゃんめちゃくちゃ可愛いから新一もさぞ楽しかったでしょぉねえ……」
……蘭の様子がおかしい。
顔を俯かせ凄みを感じさせる震えた声で、テーブルに置いた拳もぶるぶると震わせている。
スプーンも持ったままだからスプーンまでぶるぶる。
さらに、スプーンの振動がテーブルをガタガタと揺らした。
「ら、蘭ちゃん……?」
「ら、蘭姉ちゃん……?」
花梨とコナンは蘭の後ろに怒りの
「花梨。蘭はね、新一君のことになると見境なくなるから気を付けなさいよ」
「えぇ……?」
対面に座る園子が口元に手を添えこそっと教えてくれるが、見境がなくなるとは……?
……確かに蘭の様子はおかしい。
「……最近、あいつから連絡がないのよ。花梨ちゃんなら何か知ってるよね?」
「あ、あのっ、気のせいかな? 私が何か知ってる前提で話が進んでるんだけど……?」
蘭から急に満面の笑みを向けられて(目は笑ってない)、花梨は微苦笑しながら首を傾げる。
「花梨姉ちゃんはなんにも知らないよ?」
……コナンがフォローに入ったものの。
「コナン君は黙ってて!」
「っ、はいっ!!」
――やべー、目が
まさか目の前で殺人など起こらないよな?
コナンは、蘭の殺気に満ちた眼で睨まれピシッと背筋を伸ばした。
「ね、蘭ちゃん。私も最近、新ちゃんと連絡取れてないの。蘭ちゃんの方が詳しいんじゃないの?」
「ホントに? 私、最近学校帰りに新一と花梨ちゃんが一緒に歩いてるとこ、見た気がするのよ……。後ろ姿だったし、新一の持ってない帽子被ってたし、一瞬だったから、他人の空似だと思ってたけどまさか……」
……ジロリ。
蘭の殺気がこもった鋭い眼光が花梨に向けられる。
その視線だけでもう死んじゃう……コワイ。
これは自分でどうにかしなければ。
隣のコナンは気をつけの姿勢で固まっていて役に立ちそうにない。
花梨はどうにか自身で突破口を探すことにした。
……蘭が花梨と新一を見たのは最近。
(最近学校帰り……? そもそも最近新ちゃんと出歩いてないけど……? あ)
花梨は蘭の“最近”という言葉に光明を見出す。
「あ……それっ!」
「ん?」
……蘭の視線は鋭いままである。
恐怖で震えそうになる声を振り絞り、花梨は続ける。
「そ、それ、私の
「へ? 彼氏?」
花梨の彼氏発言に、蘭の鋭い目つきが少しだけ和らいだ。
よし、もう一押しかな、と花梨は続ける。
「うん、私の彼、新ちゃんと背格好が似てて」
――本当は顔もそっくりなんだけどね……。
新一とはここ数か月間たまに会ったりはしたが、どちらかの家にいて一緒に出掛けてはいない。
近所くらいは出たような気もするが、蘭と生活圏が違うから目撃されたとは考えにくい。
新一と出歩いたと呼べるのは、キッドと初めて会った日に迎えに来てもらったあの夜だけ。
だから最近見たというなら、恐らく相手は快斗だ。
「彼?」
「か、彼……?」
蘭が首を傾げるのと同時、コナンの目が大きく見開かれた。
「ん、今お付き合いしてる彼氏。同じ学校の人で、実は今日もここまで送ってくれて……。帰りも迎えに来てくれるの」
「……えっ! っ、やだも~! 花梨ちゃん、彼氏がいたの!? 言ってよ、も~! 心配して損したー!」
同じ学校の人だという単語に、瞬時に相手が新一でないことを理解してくれたのだろう。蘭から殺気が完全に消えた。
「……ぁ、ははっ……蘭ちゃんってば……、スプーンが曲がっちゃってるよー……?」
蘭が握っていたスプーンがあらぬ方向に曲がっている……。
指摘された蘭は、園子に「バカヂカラなんだから」と笑われ、「やだも~!」なんて曲がったスプーンを元に戻そうと必死だ。
「……か、彼氏って……花梨、お前……」
「ん? あ、うん。まだお付き合いを始めて日は浅いんだけどね。とっても優しい人なの♡」
蘭と園子がスプーンに集中している間に、コナンにこっそり話し掛けられ、花梨は正直に答えた。
「っ……」
……花梨の答えを聞いたコナンの瞳が揺れる。
「コナンくん……?」
「……、っ、ボクちょっとおトイレっ!」
「あっ、コナンくん!?」
花梨が首を傾げるとコナンは俯き、ソファから下りてトイレに駆けて行ってしまった。
「……フフン。眼鏡のガキンチョめ、いっちょ前に失恋したみたいな顔しちゃって……マセてんだから」
「失恋?」
「あれは花梨に恋してたって顔よ! 花梨、小学生に手なんて出しちゃダメでしょ、悪い女ねえ~」
「えぇっ!? そんなことしてないよ!? っていうか、ないない! だってコナンくんは……!」
走り去るコナンを見ていたのか、園子が妙なことを言う。
失恋なんてあるわけがない。
だって、新一が好きなのは……と、花梨はスプーンと格闘する蘭に目を向ける。
「ん? ふふっ、花梨ちゃん、コナン君とずいぶん仲良くなったんだね」
花梨の視線に気づいた蘭が、修復を諦めたスプーンをテーブルに置いて笑った。
「……あ、うん。蘭ちゃんが留守の間、話し相手になってくれて」
「そうなんだ、すごく利発な子でしょ?」
「うん、頭のいい子でびっくりしちゃった。可愛いし」
「わかるっ! 可愛いよね、コナン君! 小学校でもモテるみたいよ」
「へえ~」
――新ちゃん、小学校に行ってるんだ……。
コナンくんは可愛い。
そう、子どもの頃の新一は可愛い。
そこだけは花梨も激しく同意である。
花梨と蘭はコナンを大絶賛したが……。
「えー、そぉ? ガキンチョはガキンチョでしょー?」
フフンと鼻で笑う園子は別にそう思わなかったようだ。
一方でトイレに駆けこんだコナン……新一は。
「……なんだよコレ……」
ぼたぼた。
新一の瞳からは勝手に透明な雫が零れ落ちて。
「なんなんだよっ……!」
わけのわからない現象に驚き、新一は涙を乱暴に拭う。
「……っ、花梨に春がきてよかったじゃねーか……っ……」
なぜこんなに涙が出るのか、さっぱりわからない。
妹に彼氏ができたことによる嬉し涙なのか、それとも……。
……小さな新一はしばらくトイレから出ることができなかった。