白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
085:女三人寄ればかしましい


「へ? あお……い、くん? え? は? ……ハッ!?」


 “はぁあああああっ!?!?”


 探偵事務所から溢れ出す蘭の大声に、通りを行き交う人々が振り返る。
 近くの電線にとまっていたスズメやハトたちも一斉に飛び立った。


「ちょ、蘭、声がでかいわよっ!」

「……っ(ひゃ~☆)」

「……るせっ」

「ガッハッハッハッ!!」


 園子、花梨、コナンが耳を塞ぐ中、小五郎だけが腰に手を当て大笑いする。


「うそ……、だ、だってあおいくんはあおいくんで、男の子で……え? どうして? 男の子が女の子になっちゃったの?」

「ちげーよ。花梨は最初から女の子だよ」

「えっ!? でも、あんなに格好良かったのに」


 小五郎にツッコまれるが、蘭は混乱した様子で目を白黒させる。


「……ふふっ、うん、昔は男の子のフリしてたの。ごめんね、ずっと言えなくて」

「そんな……」


 花梨の謝罪を受け、真実は一つなんだと蘭に突きつけられた。

 今では朧気だが、保育園時代の花梨は、蘭にとって絵本から出てきたような理想の王子様そのものだった。
 途中で引っ越してしまい、三日三晩泣いて泣いて悲しんだというのに、まさか自分と同じ女だったなんて。

 ……あまりの衝撃に、蘭の足はがくがくと震える。


「花梨の両親がな、ずっと男の格好させてたんだよ。こいつ自体は心も身体もずっと女のままだ」

「そうだったんだ……。じゃ、じゃあ、あお……ううん、花梨ちゃん辛かったね……?」


 花梨は両親に男の子であることを強要されていた……。

 蘭の記憶の中での花梨の両親は、悪い人には見えなかったが、子どもに性別を偽らせて過ごさせるのはしてはいけないことだと思う。
 幼少期にそんなことを強要されていたなんて思うと、可哀想に思えて仕方ない。

 蘭は花梨の手を取り、ぎゅっと握った。


「蘭ちゃんごめんね……」

「……ううん、言えなかったんだよね? いいよいいよ。今は言えるようになったんだよね?」

「うん……」

「よかったね」

「うん……!」

「これからは女の子同士として仲良くしてね。……花梨ちゃん?」

「あ、うん……ありがとう……ふふっ、うれしい!」

「私もよ♡」


 花梨の目尻に涙が滲み、蘭の目にも同じく涙が。
 二人は互いに微笑み合う。


「ちょっと、私もいるわよ、花梨! 私のこと忘れないでよね!」

「えへへ……蘭ちゃんも、園子ちゃんも昔と一緒で優しいね……!」


 園子まで乱入してきて花梨の肩をポンッと叩くと、花梨は涙混じりの瞳で嬉しそうに破顔した。


「「……かっわいい~♡」」


 天使のような微笑みの花梨に、蘭と園子の胸がキュンと疼く。
 ……それを見ていた小五郎もコナンもぽっと頬を赤らめた。


「ちょっと花梨、あなたアイドルになったらどうなのよ?」

「え~?」

「アイドルになって、この園子さまにイケメンを紹介してよ」

「えぇ……?」


 いきなり何を言い出すのだろう。
 園子にアイドルになれと言われた花梨は困惑する。

 人前で歌なんて歌ったことがないし、そもそも人混みにいるのですら苦手なのに、大勢の人の前に立つなんて震えてしまって立てっこない。
 しかもイケメンを紹介しろとは……?


「ちょっと園子、何言ってるのよ!」


 花梨が戸惑っていると蘭が止めに入ってくれた。


「フフフ、冗談よ冗談。でも……ねえ、花梨?」

「ん?」

「私、どっかで花梨を見た気がするんだけど……気のせいかな?」

「へ? どこで?」


 ……はて?

 園子が花梨をどこかで見た……。
 いったいどこで見たのだろう。

 花梨は今日再会するまで園子を見た覚えがないのだが。


「う~ん、それがよく思い出せないんだけど、でもどっかで見た記憶があるのよね」

「そうなんだ? 一昨年から東都にいるから街中で見たのかな?」


 街中なら可能性はあるかもしれない。
 特に今年の年明けからは青子たちとあちこち出掛けていたし、最近は快斗ともよく一緒に出歩いている。
 知らないうちに、どこかですれ違っていても不思議じゃない。


「あ~、なるほど。そうかもね。その髪目立つもんね」

「白髪でお婆さんみたいでしょ?」


 ――やっぱり染めた方がいいかな……。


 花梨は髪を一房手に取り、自嘲する。

 実は以前、せっかく東都に越して来たのだから、髪を染めてしまえばいいかと思い美容室に行ったのだ。
 だがそこで、髪が傷むからやめた方がいいと、美容師に止められてしまいそのまま。
 他の美容室にも数軒行ってみたが、そっちは「もったいないからやめた方がいい」と言われて何も出来なかった。

 どこもかしこも“毛染めお断り”をされてしまい、これはもう、白髪のままでいろということなのだと感じた花梨は、毛染めを諦め現在に至る。


「ううん、光沢があって綺麗よ? 北欧の妖精って言っても信じるレベル。誰がお婆さんなんて言ったのよ」

「酷いこと言う人がいるのね。今度そんなこと言う人がいたら教えて。とっちめてあげるから!」


 園子と蘭が花梨の髪を撫でながら、優しい目で微笑んでくれる。
 蘭に至っては髪を撫でたあとで、自らの片手にパンッと拳を叩き込み、深く“うん”と頷くように首を縦に振った。


「蘭ちゃん……」

「フフフ、蘭に睨まれたら相手は一巻の終わりね」


 空手の都大会優勝者の蘭は、保育園時代となんだか違うが、優しいところは変わらないなと花梨は思う。

 ……頼もしい。

 園子は自分のことではないけれど、蘭の強さをわかっているのだろう。自分のことのように、自慢げに鼻の頭をポリポリと掻いた。


「……女三人寄ればかしましいってか。オレぁちょっと屋上行ってくらぁ」


 しばらく女三人の話が続いていたが、まだまだ長くなりそうな気がした小五郎はフンと嬉しそうに鼻を鳴らして、煙草と灰皿を手に事務所を出て行く。


「花梨姉ちゃん、よかったね」

「ん? うん、ありがとーしん……コホンッ、コナンくん♡」


 黙って聞いていたコナンも花梨の袖を引いて笑顔を見せ、花梨もそれに応えるようににこりと笑みを返した。

 ずっと立って喋っているのもなんだし……と、花梨たちはソファに座ることになり……。
 蘭と園子が同じソファに腰かけ、花梨はその対面側に着席。


「ボク、こっちに座るー」

「……」


 ――なに考えてるの新ちゃん……。


 花梨の隣にコナンがやってきてぴったりとくっつき座る。
 そんなコナンに花梨は苦笑いを浮かべた。


「あらコナン君、花梨ちゃんのこと気に入っちゃった? 今、出掛け先で買って来たお菓子出すねー!」

「あ、蘭、私の買ったやつも出しちゃって」


 座って早々、蘭と園子は、今日買って来た菓子の入った手提げの紙袋を手に給湯室へ消えてゆく……。


「新ちゃん、なに考えてるの?」

「……」


 二人の姿が見えなくなり花梨はこっそり話し掛けたが、コナンから返事はなく、ただじっと見上げてくる。
 僅かに口角を上げて、なんだかあざとい……。


「はぁ……もう、なんなの……」


 ――可愛い顔しちゃってさ! この頃の新ちゃんて本っ当可愛いよね……!


 コナンと目を合わせた花梨の口から“はあ”とため息が漏れた。


「わあ、可愛い練り切り! それに落雁!」


 花梨は皿にのせられた練り切りと落雁を見て目を輝かせる。


「でしょでしょ! 和菓子なんて普段あまり買わないんだけど、可愛いから買っちゃったの!」

「和菓子って低カロリーだし、いいわよね!」


 蘭と園子が給湯室から戻って来ると、テーブルにアヤメやツツジ、ショウブといった五月の花を模した練り切りと落雁が並んだ。
 米花デパートにて季節の花展が開催され、見てきたとのこと。
 催事場では有名な菓子店が数量限定の菓子を販売、花より団子な二人はそれ目当てで行って来たらしい。


「私、和菓子好きだよ」

「そうなんだ~、食べて食べて♪ コーヒーと合うかはわからないけど……」


 花梨に練りきりと落雁をのせた皿を渡し、蘭はもう冷めてしまったコーヒーに砂糖を入れかき混ぜる。


「いただきます♡ あ、コナンくんも食べる?」

「あ……うん、あー……」

「ふふっ。はい、あーん♡」


 それはなんの気もない普段通りの行動で。
 花梨は練り切りを和菓子用の楊枝で切り分け、コナンの口に入れてやった。


「っ……甘い……、んん゛っ!! コホンッ、コホンッ!!」

「ふふっ、餡子だもん甘いよね。ん、とってもおいし~♡」


 ……コナンの頬が赤い。食べた後で慌てたように咳き込んでいる。
 花梨はそんなコナンの様子に気付かず、二口目の練り切りは自分の口に入れた。


「あー……ん? う、ん? ……あ」


 ふと、蘭が花梨に視線を向けて首を傾げ、何かに気付いたように口を開く。


「ん?」

「……ねえ、私、花梨ちゃんの声聞いたことある気がする。そういえば名前も……」

「へ?」

「……ね。花梨ちゃん、お正月の三日に新一しんいちと一緒にいなかった?」

「えっ」



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