白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
083:ご機嫌斜め


「あっ! しん……っと」

「かり……っと!」


 花梨とコナンは互いに目を見開き、途中まで声を発して同時に手で口を覆う。


「こいつは江戸川コナンっつって、知り合いから預かってるガキだ。ほれ、コナン、この綺麗な姉ちゃんに挨拶しろ」


 小五郎がコナンを手招きし、ソファまでやって来ると花梨に挨拶しろと頭をペシッと叩く。


「……」

「なんだぁ、ボウズ?」

「おじさんて、娘と同い年でも綺麗な女性なら誰でもいいんだね……。鼻の下伸びてるよ」

「あんだとぉ!?」


 コナンはジト目をしていて、小五郎を見ながら指摘する。
 昨日競馬で負けたくせに、いつもより機嫌がいいと思ったらしい。


「……コナンくん初めまして・・・・・、私、葵花梨っていうの。よろしくね」


 小さな新ちゃんから挨拶させるのもなんだし……と、花梨は自ら名乗り、ソファに座ったままだが、握手するべくコナンに手を差し出した。座った状態だと目線が丁度良い。


「……ボクは江戸川コナン。花梨姉ちゃんよろしくね!」


 ぎゅうぅぅぅっと、コナンが花梨の手を強く握ってくる。
 あまりの痛さに花梨は、コナンに身体を寄せそっと囁いた。


「……ちょっと、手、痛いよ?」

「るせー、急に来て驚かすんじゃねーよ」


 コナンは笑みを浮かべつつ悪態をついて手を放すと、花梨の隣に座ってくる。


「……コナンくん、今日は日曜日だけど、おでかけしないの?」

「うん! ボク今日はのんびりする予定だよっ。花梨姉ちゃんは何しに来たの?」


 ――やっと来たのかよこら、おせーぞ。


 花梨の質問にコナンは可愛らしい声で答えるのだが、表情はさっきからずっと笑顔だというのに、怒りが見えた。


「花梨は蘭の幼なじみでな。蘭に会いに来たんだよ」

「そうなんだ? 蘭姉ちゃん、いま園子姉ちゃんとでかけてるから、しばらく戻ってこないと思うよ。ねえ、よかったら三階で待つ? ボクお姉ちゃんの相手してあげてもいいよ?」


 花梨に代わり小五郎が答えるが、コナンは小五郎には目を向けず、花梨の手を掴んで見上げてくる。


「……えっと……」


 ……新一は何を考えているのだろう。
 あざとい笑顔は可愛いが、その裏が読めなさ過ぎて、花梨は戸惑ってしまった。


「そうだな、オレもこれから用事があるから上がってけ。蘭が帰って来たら呼んでやる」

「ああ、沖野ヨーコさんの番組が始まる時間だね!」

「ボウズ、余計なことは言わんでいい!」


 コナンが時計を見て告げると、小五郎は顔を赤くして、さっさと上に行けと手を払った。


「すみません、ではお邪魔させてもらいます」


 花梨は小五郎に頭を下げて事務所から出て、コナンの案内で三階へ続く階段を上っていく。
 ふと、前を歩くコナンがチラッと顔だけ後ろに向けた。


「……元気げんきにしてたか?」

しんちゃんこそ」

「オレはまあ……なんとかやってるよ」

「そっか、よかった」


 急に声が低くなり尋ねられて、花梨も、どうしていたか聞き返す。
 三階の住居部分にやって来ると、コナンはリビング兼ダイニングに花梨を通し、テーブルの椅子を引いてくれた。


「……花梨オメー、ちょっと見ねーうちになんか変わったか?」

「え? そう?」


 珍しく紳士的だなあ、なんて思いながら花梨は軽く会釈し、素直に椅子に腰かけ、隣の席に着くコナンを見る。


「おう……(綺麗になった……なんて言えるか!)」


 コナンは返事をするがプイッと顔を背けてしまった。
 うっすら、頬が赤くなったような……。


「ね、新ちゃん」

「ん?」

「新ちゃんは大丈夫だよね」


 ――新ちゃんは自分で何でも解決できちゃう人だから、私がいなくなっても大丈夫だよね?


 身体が小さくなって不安も多いだろうけれど、いつか元に戻れると信じて頑張って欲しい。


「は?」

「……信じてるから」


 ――うん、新ちゃんならきっと大丈夫!


 花梨はテーブルに置かれた小さな手を握り、真っ直ぐにコナンを見つめた。


「っ、またオメーはわけのわからんことを……」

「ふふっ、あんまり相手してあげられなくてごめんね」


 手を握られたのが嫌だったのだろう、コナンが顔を赤くして花梨の手を振り払う。
 ……今日のコナンは会った時からご機嫌斜めだ。
 新一の件には関わらないとはっきり言ってしまったから、拗ねてるのかもしれない。
 そこは申し訳ないと思っているよと頭を下げておく。


「オレは子どもかっ! お前、オレを何だと思ってんだよ」


 花梨が謝罪するも、コナンには睨まれてしまった。


「大事な幼なじみだけど?」


 ――あなたは誰よりも大事な幼なじみだよ。


 いつも自信満々で理路整然としていて、正義の塊みたいに真っ直ぐ。
 ……あなたは尊敬できる人だよ、新ちゃん。

 恋愛感情ではなかったけれど、この間までお婿さんにしようと思ってたくらい大好きだった……と、花梨はにっこり微笑む。


「……だな、オレもお前のこと、大事な幼なじみだと思ってるよ」


 花梨の言葉に満足してくれたのか、コナンの表情も綻びを見せた。


「うん、私たちずっと友達だよね……!」

「ああ、ずっと……っ、とも、だち……?」

「ん? うん、お友達っ♪」


 ――私とはお友達だけど、蘭ちゃんとは違うよね~! 保育園時代、新ちゃんが蘭ちゃんのこと見てたの知ってるんだからねっ♪


 “今もそうなんでしょ?”……なんて、花梨は両手で頬杖をつき、笑顔で告げるも、コナンは首を傾げて固まっている。
 いったいどうしたというのか……。


「……っ、……おう……、そう、だな……」


 しばらく固まっていたコナンだったが、何かに気付いたように目を見開くと花梨から目を逸らした。
 ……やはり、今日のコナンは様子が変だ。

 彼が考え込むのはよくあること。こういう時はそっとしておくに限る。
 けれどせっかく久しぶりに会ったのだ、色々話をしたい。

 花梨は話題を変えることにした。


「蘭ちゃんは元気?」

「ん? お、おー……」

「そっかぁ、よかった。こないだ見たきりだから会うの、ちょっとドキドキしちゃうな」


 ――新ちゃん家で見た蘭ちゃん、可愛かったな~♪


 新一の家の図書室で見た蘭を思い出し、花梨の胸がドキドキと高鳴った。

 やはり蘭は昔花梨が憧れた女の子だけある。
 久しぶりに見た彼女は背も高くてスタイルもよくて、優しくて思いやりがあって。

 ……あんな女の子になりたいと花梨も思ったが、無理だった。

 なぜなら花梨には圧倒的に背が足りなかったのだ。
 性格も蘭のように女の子らしくはなれていない気がする。
 流されやすい性格は変わっていないし、中学時代に弓道はやっていたが、空手の都大会で優勝する蘭のように強くはなれなかった。

 ……蘭は蘭で、花梨は花梨でしかなく。

 あまりにも蘭とは違うため、返って自分というものがどういう人間なのか気付けたように思う。
 他人と比べたところであれもこれも足らないと卑屈になるだけ。自分を殺して他人を目指したとしても、本人になれるわけでもなし、そこに意味はない。
 比べる必要なんてなく、ありのままでいいのだと吹っ切ることができた。


「……、なんか食うか」

「え? 私別にお腹減っては……」


 せっかく変えた話題だというのに、コナンが新たに話題を変えてくる。
 ……なぜ、今のタイミングで?

 花梨は訳が分からず首を傾げた。


「オレ、さっき起きたばっかで腹減った。そろそろ昼だし花梨、なんか作ってくれよ」

「えぇっ!? 勝手に人の家の台所を使うわけには……」


 コナンの突然の要求に花梨は驚く。


 ――でたっ、新一のわがまま……!!


 新一の家に遊びに行った時は食事を作ったりしていたが、始めは遠慮していたくせに、数回繰り返していたら当たり前のように要求するようになった。
 普段花梨も世話になっていたから逆らえず……(まあ食事作りは嫌いではないので苦はなかったのだが)。

 新ちゃんって、たまに暴君なんだよね……なんて思いながら、ここは蘭の家だからとやんわり断ろうとした――ものの。


「おっちゃんに聞いてくればいいんだろ? たぶんおっちゃんも腹減ってる」

「えぇ……?」


 コナンは椅子から飛び降り二階へと下りて行き、すぐに戻って来た。


「勝手にしていいってさ。冷蔵庫にあるもん使ってオレにもーって言ってた」

「えぇー……」


 この家の男たちは自分たちで食事の用意をしないのか。
 蘭がいないと飢え死ぬんじゃなかろうか……。

 小五郎が別居中というのは新一から以前聞いた。
 だから蘭が小五郎の食事や家事の一切を請け負っているということも知っているわけで。
 一人暮らしの花梨には、家事の大変さがよくわかる。
 一人分なら手抜きし放題で楽だが、家族分となると話は別だ。

 蘭に会ったらお疲れ様と労ってやりたい。

 いや、それ以前に私お客さまだよね?

 ……なんて花梨は思ったけれど。



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