白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
079:怪盗キッドの訪問
「あ~……、ちかれたー……。イテテ。何なんだよもう……アイツ探偵か?」
どうにか追っ手を撒いて、夜道を歩くキッド。
もう、着替える余裕もないほどに疲れ果てていた。
だが美術館からかなり距離も離れ、街灯も人通りも少ない道を選んで歩いているため、ばれることはないだろう。
……さっき会った男は、恐らく探偵なのだと思う。
なぜそう思ったのかは、花梨から聞いていたからなのだが――。
『これがシャーロックホームズの衣装。チェック柄のディアストーカーっていう帽子と、インバネスコートを着てるの』
『であ? いんば?』
以前花梨の部屋で、彼女の好きなものを聞いている時に見せてもらった探偵の衣装。
……今夜会った男が、似たような格好をしていた。
シャーロックホームズと言えば、有名な推理小説のキャラクターで、快斗も詳しくはないが知っている。
さすがに服の名前までは知らなかったが。
『ふふっ♡ 服の名前なんていちいち憶えないよね。シャーロキアンの人たちの中にはコスプレする人もいるみたい。新ちゃんも着たいって言ってたな~』
……花梨は推理小説を読むのが好きらしい。
推理はからきしだが勘はいいようで、犯人を勘で当てることが多いのだそうだ。
ただ論理的思考は苦手で感覚派らしい。「どうして犯人がその人なのか」は筋立てできないため、毎回「犯人はわからない」と幼なじみには言っているそうな。
『新ちゃんって……幼なじみの探偵って言ってたっけ?』
『うん、そう。新ちゃんてね、すっごく頭がキレるの。気になることがあったら追及してきて、白状するまで絶対諦めなくてしつこくて困るんだよね。誰だって訊かれたくないことが一つや二つあるじゃない? まあ私も負けじと誤魔化すんだけど……』
『……な、花梨。新ちゃんの名前出すのやめない?』
『え? も~、快斗ってばヤキモチ焼きさんね♡』
『知ってるくせに~♡』
『きゃ~♡』
彼女の口から自分以外の男の名前を聞きたくなくて、話はそこまでにして快斗が花梨に襲い掛かり強制終了。
……ということがあった。
「……コスプレ探偵ってか……?」
それにしても頭のキレる奴だった。
確か昼間、青子がモノマネしたロンドン帰りの名探偵のセリフと似たようなことを言っていたから、今夜会ったあいつがその名探偵なのだろう。
時期的にロンドンから帰ってきたのは最近らしいし、花梨の幼なじみが奴だとは思えないが、もしそうだったら……?
そんな考えが浮かんだキッドの口からぽろっと。
「むかつく」
無意識に苛立ちが口をついて出ていた。
長身のイケメンで名探偵、しかも花梨が好きな紳士的な話し方。
花梨に好きな男のタイプをまだ聞いたことはないが、推理小説好きならもしかしたらあの探偵は花梨の好みのタイプかもしれない。
そう思うと焦燥感に駆られる。
こういう時は――。
――花梨に会いたいな……。
ちょっとボロボロだけど、会いに行こうかな。
……なんて、キッドはスマホを取り出しメッセージアプリを立ち上げ、花梨にメッセージを送る。
“権堂さん帰った?”
“帰ったよ”
すぐに既読になり、返信がきた。
「ふむふむ。権堂さんは帰ったんだな。なら……」
キッドの足は花梨のマンションへと向いた。
◇
「帰ったよ……、と」
――快斗、無事みたいでよかった……。
快斗から権堂が帰ったかどうかのメッセージがきて、マンションの自室で花梨は何事もなかったような内容に安堵した。
既読後すぐに“帰ったよ”と入力してメッセージを送る。
快斗の既読はすぐについたが、特に返信はなかった。
帰宅途中かと思われる。
権堂は快斗と同じくアイススケートが苦手のようで、脚と腰を痛めたと今日は早めに帰っていった。
今夜、さっきまで傍にいてくれたのは権堂でもなく、伊達でもなく。
……プルルルル。
メッセージアプリを閉じた花梨はある人物に電話をかける。
ワンコールでそれはすぐに繋がった。
「……あ、ヒロお兄ちゃん、今日はありがとうございましたっ」
『いいよ、何もなくて良かった。スケート、初めてだって言ってたけど上手に滑れてたね。明日も見守ってるから、安心して過ごしていいからね』
「ありがとう、ヒロお兄ちゃん」
『どういたしまして。おやすみ、花梨ちゃん』
「おやすみなさい」
ピッ、と通話終了ボタンをタップし、花梨は“ありがとうございます”とスマホに向かって頭を下げる。
通話相手は諸伏景光……。
降谷から聞いた話だが、先日快斗とともに花梨の命を救ってくれた男である。
非常に目が良く、銃の腕も一流。
その凄腕で、花梨目掛けて飛んできたボウガンの矢を撃ち落としたというのだから驚きだ。
……訳あって諸伏は現在、表に出ることができない。
降谷の用意したセーフハウスで世間一般から密匿された生活を送っている。
そんな身の上のため、本来なら警護などとんでもないのだが、本人の希望もあり秘密裏に花梨の警護に当たっている。
いつもは目立ちにくい夜間に花梨を見守ってくれているのだそうだが、今日は権堂があのざまだったため、変装してスケート客に紛れて花梨の側を滑っていた。
事前に権堂の情報は伊達から降谷経由で聞いていたらしい。
スケートに行く話も権堂から降谷に報告がいったのだろうと思われる。
降谷が「今日はこちらから一人送る」と、伊達へは事前に根回し済みで。
……花梨も目は非常に良い。
スケート中にふと諸伏と目が合ってしまい、気づいた花梨は諸伏の事情を鑑み、話しかけることはしなかったが、軽く会釈だけはしておいた。
その後、快斗と寺井にマンションに送ってもらい花梨は帰宅。
権堂が普段使わない筋肉を使い辛そうだったため、今日はもう出掛けないからと彼女にも早めに帰ってもらった。
すると権堂が帰ってから入れ替わりで諸伏がやってきて、ついさっきまで部屋にいたのだ。
花梨が「お腹が空いたからご飯を作ります」と言えば、「作ってあげる」と絶品料理をいただき――諸伏は降谷と同じように作り置きを作って、もう遅いからと帰っていった。
引き続き、今晩はマンションの近くで見張りをしてくれる……とのこと。
……もう感謝しかない。
「……これだけ守ってもらってるのに悲しいなあ……」
来月にはきっと――。
……来月のことを考えるのはそこでやめにした。
「お風呂入って寝ようかな」
快斗も無事のようだし、今晩はもう来ないだろう。
帰ったら電話をくれるだろうし……と、花梨は入浴を済ませる。
「……わぁ、今日は満月なんだ……! キレ~♡」
少々長湯をした花梨は風呂から出ると、部屋の灯りが漏れないようカーテンも窓も閉めてバスタオル一枚でベランダに出る。
夜風が少々冷たいが、のぼせ気味だった熱い身体には丁度いい。
空を見上げれば、丸い月が白く輝いていた。
しばしのお月見……と思っていたその時。
「……、……コホンッ。花梨嬢、そんな恰好でベランダに出られては風邪をひきますよ?」
聞き慣れた声とともに花梨の頭上を黒い影が過り、気づけばベランダの手すりに白い衣装を纏った彼が立っていた。
「え……? あっ!」
――快斗っ……!?
まさか今夜マンションに来るなんて。
しかも、キッドの格好で来るとは思わず、驚き過ぎた花梨はそれ以上言葉にならない。
「私の愛しい
「キッドさん……今夜来るなんて……って――早く入って!」
――ヒロお兄ちゃんがどこかで見てるかもしれないのに……!
軽やかに手すりからトンッとベランダに降り立ち、愛おしい者を見るような瞳でこちらを見つめてくるキッドの腕を、花梨は急いで抱きしめ、引っ張る。
「えっ?(やわらけー♡♡)」
「いいからっ」
――快斗が見つかっちゃう……!
突然の行動に顔を赤くして驚くキッドに対し、花梨は必死だった。
カーテンは引いてあり部屋の灯りは殆ど漏れていないため、暗くて見えにくいからわからないかもしれないが、諸伏は目がいい。
それに、もし暗視スコープなんかで見られていたら、キッドが快斗だとバレてしまうかもしれない。
そもそも有名人のキッドがここに訪れること自体、おかしいというのに。
キッドの腕をグイグイと引っ張るが、驚き中の彼はゆっくりしか動いてくれなかった。