白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
078:スマートな逃走?







 その日の夜……。
 快斗は昼間、花梨とアイススケートとボウリングを存分に楽しみ(ボウリング場へは途中で移動)、夕方前には解散した。
 念のため「過保護だよ」と言われたが、寺井に迎えに来てもらい、花梨を家まで送り届けてから再び屋内スケートリンク場……否、隣の美術館へ。

 二十二時きっかりに“アダムの微笑ほほえみ”を貰い受けに行くと、あらかじめ、予告状に記してある。
 怪盗キッドに扮して戻って来た快斗は警官になりすまし、目的のターゲットに近づいた。

 時計の針が二十二時を差したタイミングで展示されたターゲットに煙幕を撒き、無地の布を被せ絵画が盗まれたように見せかけるトリック……。
 “絵はもらったぜ、怪盗キッド”と布にでかでかと書いてやった。

 展示室に集まっていた大勢の警官たちはすっかり騙され、外に居もしない怪盗キッドを捜しに皆部屋から出て行く。


「いってらっしゃ~~い♡」


 ――ちょろいぜ。


 キッドは警官たちに手を振り振り見送って、ターゲットに手を掛けた。
 そう、盗まれたように見せかけただけなのだから、まだ絵画はここにあるのだ。


「んじゃ、“アダムの微笑”をもらうとすっか♡」


 壁に掛けられた絵画を外し、床にそっと下すと被せた布をピリピリと剥がす。


「これが時価四億円の絵画ねー……、芸術はわからん……」


 見下ろした“アダムの微笑”は奇抜な構図と謎の生き物で埋め尽くされていて、なるほどこれが芸術……やっぱりわからん。
 ……キッドに絵画の良さはわからなかった。


「しかしよー、よくこんな簡単な手に引っかかるよな~」


 絵画を木枠から外しながら一人ニヤニヤするキッド。
 今夜も楽勝だな、終わったら明日も休みだし花梨に会いに行こう……なんて思っていたその時だった。


「そう……極めて初歩的なトリックだ……。人間はあるはずのところにそれがないと、消滅したかのごとく錯覚する、視覚的トリック……。いまどき、どこのマジックショーでもやってませんよ……。そんな化石のような手は……」

「!?」


 背後から靴音をカッカッと鳴り響かせながら、聞いたことの無い男の冷静な声が聞こえ、キッドは身をすくめる。


「1分13.02秒遅れですよ……怪盗キッドさん」

「……いやあ、ちょっと道路が混んでてね」


 キッドが近づいてきた男を見上げると、男は探偵のような格好をしていた。
 それだけ確認し、正体を見破られたとあっちゃ警官の服はもう不要。

 キッドは素早く警官の服を脱ぎ捨て、吹き抜けになっている二階の手すりへと飛び移る。
 二階部分に窓があるのは確認済みだ。
 脱出用の仕込みもしてある。


「ハッハッハッ、ちょっと気付くのが遅かったようだな……」

「あ、そうそうロープは切っておきました……。マジックショーのあとはサーカスでもやる気だったんですか?」

「なにっ!?」


 窓の外の支柱に脱出用ロープを仕込んでおいたのだが、今見るとロープが切られている……。
 だが問題ない。脱出用の仕掛けはもう一つあるし……と、今度は窓から屋上を見上げてみれば。


「それと屋上のアドバルーンも空に放してあげました……」

「あっそ……」


 勝ち誇ったような男の声がして。
 ……闇夜に紛れるようにわざわざ作った大きなアドバルーンは消えていた。


「これであなたの逃げ道は完全に消滅しました……」

「……」

「ひとつだけ聞きたい……。なぜあなたは盗むのですか? なんのために……」

「ふっ……」


 男は追い詰めたとでも思っていたのだろう。
 ……とんでもない。


 ――脱出方法が二つだなんて誰が言った?


 キッドはニヤリとほくそ笑むと、背中のマントをハンググライダーへと変形させ、男に向かって言い放った。


「それを捜すのが君の仕事じゃないのかな?」

「ハンググライダー……フン……まるでバットマンですね……」


 声の抑揚は変わらないが、先ほどまで冷静で余裕のあった男の表情に初めて焦りが見えた。


「バットマンはコミックヒーローだ……実在しない……、失礼」


 男を美術館に残し、キッドは窓から飛び降りる。
 このまま風に乗って安全圏へ……と思ったのだが。

 今夜は強い風が吹いており、ハンググライダーは煽られ、運悪くキッドを捜索中の警官たちの目前へと落下させた。


「うわああああぁぁっ!! いでっ!」

「キ、キッド!? かっ……、確保だ~~!!」

「やべ~!!」


 落下地点がまずかった。中森警部の声が聞こえ、こうなったら走って逃げるしかない。
 キッドはすぐさま立ち上がり駆け出す。

 なんてことだ、辺りがやけに暗い。
 街灯という街灯がこの近辺だけ点いていない。

 昨日までは確かに道の街灯やら建物の灯りやらでそれなりに視界が鮮明だったというのに、わざと照明を落としたというのか。
 幸い今夜は満月ではあるが、月明かりしかなく、目が慣れるまではほぼゼロ視界だ。これじゃ方向感覚が狂ってしまうじゃないか。

 ……警官たちの手には、懐中電灯。
 それらが一斉にキッドに向けられて、四方八方から追いかけてくるから、全速力で方向もわからずなんとか駆ける。


「オレの顔をライトアップすんじゃね~! 眩しいわっ!!」


 懐中電灯の灯りを避けるように、キッドは顔の前に手を添え、素早く走って走って。
 常に顔にライトが向けられているから眩しくて、目がまだ慣れてこない。
 こうなったらどこか屋内に入って隙を見て逃げた方がいいかもしれない。

 そう考えた時、視線の先に少々高い位置にある全開の窓が見えた。
 月明かりに照らされた銀の窓枠が「ここに逃げ込めばOKだ」と告げているようで、罠のような気もしたが後ろには大勢の警官たち。

 もう他に選択肢はない――。

 キッドは窓によじ登って屋内へと入り込む。
 暗闇に慣れれば動くのも楽になる。

 ……これが吉と出るか、凶と出るか。


「でぇええええっ!? ここスケートリンクじゃん!!」


 ――うっそだろっ!?


 キッドの逃げ込んだ建物は、まさかの屋内スケートリンク場……。
 なんで窓が開いているんだと思ったが、他の窓も全開なのを見ると換気中らしかった。


『待てーキッドー!!』

『キッドがリンク内に入り込んだ模様!』

『突入~~!!』

『誰だ、窓を開けっぱなしにしておいたのは!』

『換気中だそうです!』


 ……窓の外から警官たちの声が聞こえる。
 罠だったかと思ったがそうではなく、やはりただの換気中だったらしい。


「くっそ~~……!」


 ――昼間あれだけ練習したんだ、ちょっとくらいオレだって滑れんだぜ!?


 警官の声が近づき、もう前に進むしかない。
 反対側の窓から脱出しようと、滑る足元に戸惑いながら、キッドは何度も転びつつ、どうにか逃げおおせることができたのだった……。



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