白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
077:スケートリンクデート②


「コホンッ! ところで快斗君。キミ、ずっと壁際にいるけど滑らないのかい?」

「……チッ。今日はリンクの状態が悪いんだよっ!」


 名探偵の真似はまだ続いているのか、青子の口調がおかしい。
 不意にニヤニヤしながら快斗に近づき、耳打ちしてくる。
 快斗は即座に舌打ちして悪態をついた。

 ……花梨に格好悪いところなんて見せたくないのだ。


「ふ~ん?」

「な、なんだよ?」

「青子わかっちゃった♪」

「ん?」

「快斗は花梨ちゃんに“いいとこ”だけ見せたいのよねー?」


 青子はまだニヤニヤしたままで、快斗の脇腹を突く。
 「どうだ図星でしょ」という顔だ。


「るせっ」

「花梨ちゃん、スケート上手よ。教えてもらったら?」

「っ、そんなかっこわりぃことできっかよ!」


 幼なじみだからわかってしまったのだろう。
 腐れ縁というものはこういう時、面倒臭い。


 ――花梨がスケート上手だからって教えてもらうなんて、そんな格好悪いことできるか……!


 ただでさえ花梨にはいつも醜態を晒している気がするのに、これ以上情けない姿ばかり見せたくない。愛する彼女の目に映る自分は、少しでも格好良くありたいじゃないか。

 快斗はそう思っているのだが……。


「んふふ。ほれっ!」


 “ぐるんっ!!”

 青子の掛け声とともに、快斗の手は手すりから剥がれ、身体が強制的に反転。トンッと背を押されて、足が勝手に滑り出した。


「はっ!? ちょ、青子っ! なにすんだオメー!! わ、わ、わっ……花梨、危ない、そこ退いて!!」

「えっ? あっ、ちょ……きゃあっ!!」


 制御不能になった快斗の視線の先には、花梨。
 花梨はどこか別の方向を向いていて、自分に向かってくる快斗に気づくのが遅れ、避けきれなかった。

 “ドシンッ”

 受け身が取れなかった花梨だったが、快斗は咄嗟に頭だけでも打たないようにと、自らの手を彼女の後頭部に伸ばして倒れ込む。
 押し倒す形にはなったものの、抱きつく形で倒れ込み、花梨は尻もちをついた。

 ……快斗の顔が、花梨の柔らかい「搗きたてのお餅」の間に埋まっている。


「……っ、やわっけー♡ ……ってわりぃ……」


 ――ああ、花梨のおっぱいに受け止めてもらっちゃった……♡♡


 これはラッキースケベというやつだなと、快斗はすかさずお餅をひと揉みしておく。
 可愛い彼女の柔餅は彼氏のものだ。
 いつでも触っていいわけじゃないが、隙あらば触りたい。
 ……たまたま触っちゃっただけだよー、という体で。


「ンッ、大丈夫? 怪我してないかな?」

「っ……してない……♡ 花梨は?」


 花梨の眉が一瞬歪むも、頬を赤くして優しく尋ねる。
 快斗は“オレの彼女優しすぎ……”と嬉しそうに目を細めて聞き返した。


「ん、ちょっとお尻打っちゃったけど、大丈夫だよ」

「ごめん」


 花梨はそっと身体を離し、倒れた快斗の手をさり気なく引いて立たせてやる。

 ……おそらく快斗はスケートが苦手なのだろう。
 身体能力に優れたあの怪盗キッドがスケートは苦手だなんて不思議だけれど、誰だって苦手なことの一つや二つはあるものだ。それを笑うつもりもないし、格好悪いだなんて思わない。


(むしろちょっと可愛い……なんてね♡)


 男たちに追われて逃げたあの夜、颯爽と現れ助けてくれた彼は格好良かった。 でも今、苦手なスケートに腰が引けている彼は、格好良くはないけれど、とても可愛くて愛おしいと思う。

 そんな快斗を立たせてやるために身体を支えている間、彼が必要以上に密着してきたり、腰を撫でてきたりとセクハラしてきたのだが、花梨は違和感を覚えはしたものの、それが作為的だとは気づかなかった。


「ううん、快斗のご用が済んだなら一緒に滑ろ? 私、滑るコツ掴んだから教えてあげる。快斗ならきっと上手に滑れるようになると思うの」

「ぁ……うんっ♡」


 ……私でよかったら教えてあげたい。一緒に滑りたいし。
 そんな思いで花梨が双眼鏡を返し、快斗の両手を引くと、快斗はとろけるような笑みで頷いた。

 花梨はゆっくりと滑りだし、快斗も腰は引けたままながら恐る恐る滑る。
 情けない格好でも花梨に蔑むような表情は見られず、その視線はどこまでも優しく温かい。


(快斗は、私が知らない“怪盗”の時、ずっと一人で背負って頑張ってるんだもんね……。たまにはこうやって、私を頼ってくれていいんだよ)


 母性にも似た愛情を込めて、花梨はしっかりと快斗の手を握りしめた。

 この子には敵わない……。
 格好いい、悪いの体裁などもうどうでもよくなった快斗は、何も取り繕う必要なんてなく、まるっと全て受け止めてくれる花梨に目が釘付けになった。


「……っ、ひゃ~♡ 熱っ! 氷溶けそう……。青子急にお腹冷えちゃった! ごめんっ、先に帰るね! じゃ!」


 同行者の存在を忘れた様子で見つめ合い、二人の世界を醸し出す二人に、むず痒くて居たたまれなくなった青子は顔を赤くして去っていく。


「えっ、青子ちゃん!?」

「おい青子!」


 二人は青子に声をかけたが、すでに彼女は人混みの中……。
 青子が滑っていった方向をしばらく見ていると、スケートリンクから出ていくのが見えた。


「青子の奴、帰っちまったみてーだな……自分から一緒に行きたいって言ってたくせに……」

「えぇ~? どうして青子ちゃん……まだちょっとしか滑ってないのに。お腹痛いって大丈夫かな……」


 快斗は内心「やっと二人きりになれた」と喜ぶも、花梨は眉を下げて心底残念そうだ。


「腹は痛くねーと思うぜ? って、え、なに、花梨。オレと二人きりになれたのになんでそんなに残念そうなわけ?」

「え? そうじゃないけど、青子ちゃんと一緒に滑るの楽しかったから……」


 もっと一緒に滑りたかったな……。

 二人で一緒に滑るのが楽しかったのに……と、花梨は青子と手を繋いで滑ったり競争したりするのがかなり面白かったらしい。
 まだまだ滑り足りないから、スケートリンク三周くらいはしたかったな――と、しょぼくれてしまう。


「……あ、本当に青子と滑りたくて今日来たんだ?」

「うん……快斗はお仕事だっていうから、私は私で楽しもうと思って……」

「っ、お仕事って……まあ、結果的にそうなっちまったかもしんねーけど、それだけじゃねーっつーか……つれねーなぁ……とほほ……」


 ――花梨ちゃーん! 本当はオレと二人きり嬉しいでしょー? ねえ、嬉しいって言ってくれよ~!!


 花梨の落ち込む姿に快斗が尋ねれば、「下見ついでのデートだから、どうせならしっかり楽しもうと思っていたのに、青子が帰ってしまって楽しさが半減した」とのこと。

 確かに下見ついでに誘う形になってしまったデートだが、快斗が花梨と一緒にいたかったのは本当で、むしろ一緒にいたいからこそ誘ったのだ。
 けれど彼女に真意は伝わっておらず、快斗はちょっぴり悲しくなった。

 もう何度も肌を重ねて、花梨は自分に夢中になっているはずなのに、自分ばかりが夢中でいるように思えてならない。


「ふふっ♡ 私まだ滑り足りないみたい。もう少し快斗と一緒に滑りたいな~♡ ……ダメ?」

「ぁう……♡ お供しますぅ~……!」


 ――くそー、花梨の笑顔が可愛すぎて断れねえ……! はい、喜んで~♡♡


 こんな時ばかり花梨はあざとく上目遣いで窺ってくる。
 もっと滑りたいと笑顔で言われたとあっちゃ、苦手でもなんでも彼女至上主義な彼氏はそれに応えるのみだ。

 まだ全然滑れないし、屁っ放り腰なんですけど。
 そう思いながらも花梨に逆らえない快斗は、屁っ放り腰のまま手を引かれて滑ることになった。




 ……そんな二人の一方で、一人急いで逃亡した青子は――。


「やっぱお邪魔虫だったかなぁ~……。けど花梨ちゃんとスケート楽しかったな♪」


(今度は恵子と三人で行こって誘おっと)


 それなりに楽しんだ様子で、機嫌よく帰ったとさ。



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