白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
076:スケートリンクデート①
◇
そして土曜。
約束の日はやって来た。
屋内スケートリンク前で待ち合わせた花梨たちは、早速入場しそれぞれスケート靴をレンタルする。
「ふむふむ、底のブレードで氷の上でもスイスイって滑れるんだね。スキーとは違うんだね」
「ふふふっ。リンクまでは歩きにくいけどね」
レンタルしたスケート靴を高く掲げ、形状を観察してから履き替える花梨に、青子がくすくす笑った。
「アイススケートか……はぁ」
――そういやオレ、アイススケートって苦手なんだよな……。
ベンチに腰掛けスケート靴をしっかり履いた快斗から、ため息が漏れる。
スポーツは全般得意だというのに、唯一アイススケートだけは苦手なのだ。
しかし今日は下見だから仕方ない。
花梨に悟られないよう壁際にでもいて、窓からしっかりターゲットの観察をするのみ。
青子が来てくれて助かったといえば助かったのかも……なんて、青子と楽しそうに話す今日も可愛い彼女に目を細めた。
「……ん! 準備できた」
「じゃあ行こっかー♡」
花梨がスケート靴を履き終え、「はいっ」と青子が手を差し出す。
二人は手を取り合って、スケートリンクへ歩きにくそうに向かった。
「おーい、お二人さん! オレもいるんだけどー? ……ったく、青子のヤツ花梨を独り占めする気だなー?」
一人置いてけぼりの快斗は二人の後ろについて行く。
花梨と青子はさっさと行ってしまい、快斗を待たずスケートリンクに下りて早々、人混みの中に紛れてしまった。
……今日は下見目的で来たからしょうがない。
不服はあるがあまり突っかからないでおこう。
快斗は青子に文句を言うのは控え、遅れてスケートリンクに下りる。
氷の上は当たり前だがツルツルと滑った。
「わ、わ、わ……! っ、やべー、こんなとこ花梨に見せらんねえ……!」
――カッコ悪すぎんだろ……!
転びそうになった快斗は慌てて壁の手摺りを掴む。
スケートリンクでは多くの人々がアイススケートを楽しんでいて、かなりの大盛況っぷり。人気スポットというだけある。
花梨と青子はどこかな……と持って来た双眼鏡で捜すと、チラッとだけ花梨が青子に両手を引いてもらって滑る練習をしているのが見えた。
よくよく考えたら、青子がいなかったら今頃、花梨にスケートも満足に滑れない情けない姿を晒していたんだな……なんて思うと、土日に彼女と一緒にいたいだけで誘った無計画さに自嘲する。
「ハハ。ま、花梨はオレが情けなくても気にしないんだろうけどなー……」
花梨はどんな自分も受け入れてくれる懐の深い女だ。
けれど彼氏としては、常に格好いいところを見せたいもの。
「よし、じゃあちゃっちゃと下見を終わらせて、デートすっかな!」
下見が終わったらスケートリンクは切り上げて、近くのボウリング場にでも移動しよう。
ボウリングなら格好良いところを存分に見せてやれる。
快斗は下りた入口から壁沿いを進み、反対側の美術館が望める窓を目指す。
このまま壁伝いに進んで確認だ。
「うひー……滑る滑る、っ! あ、すんません!」
“どんっ!”
手すりを持って移動していた快斗だが、同じく手すりに掴まる誰かにぶつかってしまった。
「っ、いえ、こちらこそ……って、黒羽さん!」
「あ、権堂さん! おつかれっす!」
快斗がぶつかった相手は花梨の警護人、権堂だった。
「こんにちは。お一人ですか?」
「はは。花梨と青子ならあっちに――って、権堂さん……」
何気ない会話中であるが、快斗も権堂も手すりにしっかり掴まり、腰が引けた状態で膝がぷるぷると震えている。
互いにアイススケートが苦手だということを瞬時に理解した。
「はい、確認済みです。あ……今日は応援が来ておりまして、警護に問題はありませんのでご安心ください」
権堂は、花梨たちのいる方角に視線を移す。
応援の警護人は伊達かと思ったが違うそうで、誰かはわからないが信用の置ける人物が花梨の傍についているらしい。
快斗もそちらに目をやると、さっきまで青子に両手を引かれていた花梨が、今は青子と片手で手を繋ぎ、二人並んでスイスイっと楽しそうに滑っていた。
「そうすか、なら安心っすね……(花梨すげえ……もう滑れてら……)」
「ええ、この状態では私は足手まといになりますから……」
花梨は運動神経がいいのかもしれない……。
彼女の新たな一面を発見し快斗が感心する中、目の前の権堂の膝は前後にカクカクと揺れている……。
そして快斗の膝もそれは同じ。
「ぷふっ。確かに」
「スキーは得意なんですがね……」
「オレもですよ」
フフッと二人して笑い合い、快斗と権堂は足をばたつかせながら互いに譲り合いすれ違った。
「ふ~……誰だって苦手なもんはあるよなー」
ようやく目的の窓がある壁際までやって来た快斗は、双眼鏡で美術館の様子を覗き見る。
「お、来た来た。あれが“アダムの
しばらくの間、美術館を観察していると、窓のない一台のバンが美術館入り口前に横付けされた。
バンの前後にはパトカー……。
あらかじめ快斗が調べておいた情報によると、今日美術館に搬入される展示物は、怪盗キッドのターゲットである絵画“アダムの
無事搬入されたようだと快斗は口角を上げる。
「それにしてもこの警備、さすが中森警部ってとこか……」
美術館前にはバンを警護してきたパトカー以外にも、警察車両が複数台。
警察官もざっと見ただけで二十人はいそうだ。
外だけでこれだけの人数ということは、美術館内部にも同程度配置されているかもしれない。なかなかの大人数とみた。
「だが怪盗キッドがこんな所で下見してるたぁ~~……お釈迦さまでも気づくめ~!!」
ケケケ……と快斗が勝利の笑みを浮かべたその時だった。
「犯人はあなたです!!」
「え゛」
突然背後から声をかけられ、驚いた快斗は振り向きざまに双眼鏡を落としてしまう。
双眼鏡は落とした角度が悪かったのか、氷上を滑っていった。
声の主は青子で、その後ろには花梨の姿もあった。彼女の足元に双眼鏡がすーっと滑っていき、スケート靴に当たって止まる。
当たった衝撃で足元の双眼鏡に気づいたかと思いきや、花梨は目を見開き、驚いた様子で口に両手を当てていた。
そんな中――。
「ひとつだけ聞く。どうしてこんなことを……」
青子は快斗の肩にポンと手を置き、神妙な面持ちで諭してくる。
「あ、青子……?」
――まさか青子、オレの正体に気づいて……!?
鈍感な青子がオレの正体に気づくはずはないと思っていたが、違うのだろうか。
快斗の額に汗がにじむ。
ちらと花梨に目配せすると、花梨も黙ったまま何度も瞼をぱちぱち。そして首を横に振り振り。
快斗には、花梨が正体を言うとは思えず「わかってるよ」と目礼で返事をしつつ、たまに鋭い青子を警戒しながら探り見る。
……ところが、青子はすぐに明るい笑顔を見せた。
「やだ~、知らないの? この名ゼリフ! 今話題のロンドン帰りの名探偵よ!!」
「はあ……」
どうも青子は快斗の正体に気づいたわけではなかったらしい。
快斗がため息をつくと、青子の身体が反転し、後ろの花梨に振り向いた。
「花梨ちゃんはもちろん知ってるよね~♡」
「……えっ? 知らないよ?」
花梨も青子の様子にほっとして足元の双眼鏡を拾っていたが、突然振られて目を丸くし首を横に振る。
――名探偵といえば新ちゃん……よね? それに、大阪の彼くらい……?
花梨が知っている名探偵といえば高校生探偵の二人。
先日雑誌で、大阪の高校生探偵が大きな事件を解決したという記事を読んだ。
昔、花梨が大阪に住んでいた時、彼には世話になった。
元気にしてるかな……なんてもう会えないと思うとちょっぴり淋しく思う。
「えええええっ!? 本当!? 花梨ちゃんてそういうの疎いよね~!」
「いや、オレも知らねーし……」
――花梨も知らないなら大したことねー奴だな……!
驚く青子に、快斗も花梨に同意した。