白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
070:快斗の応援
◇
長かった連休も明け、今日からまた日常が始まる。
花梨は時間通りに起床し、セーラー服に着替え朝食を摂る。
先日降谷が置いていった作り置きの絶品、タコのマリネとトースト、インスタントスープも飲んで、しっかり栄養補給をしたら、登校準備だ。
「かつらかつら……って、あ……」
“この髪のまま学校行ってみない?”
“大丈夫! 花梨は綺麗だよ”
いつもの癖で
「……どうせだもん、勇気出してもいいよね」
花梨は鬘をウィッグスタンドに戻し、胸の前で拳をぎゅっと握る。
眼鏡も伊達眼鏡だから、する必要もない。
必要なのは人前に出る勇気だけ――。
近所ではそのまま出歩いているのだから、それの延長だと思えばいいんだ。
自分にそう言い聞かせて、姿見の前に立つ。
「白い、なぁ……」
鏡に映った自分はあまりに白くて、クラスメイトたちの前にどう映るのか不安になる。
――けれど暑くなってきたのは本当だし、潮時だったと思うしか……。
「……これも経験だよ、花梨」
“おーい白髪婆!”
“真っ白妖怪キモーイ!”
“山姥みてえ!”
“脱色は校則違反だぞ!”
“みすぼらしいったらないわね!”
中学時代に言われた、見た目の蔑称や心無い言葉の数々。
白い髪を染めようと思ったけれど、許してもらえなかった。
親戚の、“汚れを隠すことは許さない”と言わんばかりの冷たい視線が脳裏をよぎる。
毎日、悪意の言葉を浴びせられ続けた花梨の心は少しずつ病んでいき、俯いて過ごすことが当たり前になった。
わずかにできた友達も去っていき、最終的に孤立。
目立たないように学校では保健室で過ごすことも多かった。
挙句、殺されそうにもなって。
……そうしてやっと親戚の家から解放された。
「……怖い」
セーラー服の襟に触れると、自分を嗤っていた人たちの顔がフラッシュバックして、身体が勝手に震えてしまう。
帝丹高校ならブレザーだったから、あっちに行けばよかったかもしれない……なんて、今さら言ったところでどうにもならない。
自分の身を守るように両腕を掴んでいると、ピピピピピ……。
スマホの呼び出し音が鳴った。
「……ぁ、か、快斗……? っ……」
スマホの画面には“黒羽快斗”と表示されている。
花梨は縋る思いで通話ボタンをタップした。
『おはよー花梨! 今日、オレ朝からちゃんと行くから学校で会おうな! 教室で待ってるから』
電話に出ると快斗の明るい声がする。
彼の声を聞いた途端、花梨の瞳から涙が零れ落ちた。
「う、うん……」
『……花梨? ひょっとして泣いてる……?』
「え? ぁ、ううん……」
――快斗の声聞いたら、安心して涙が……。
快斗に問われ、花梨はすんっと鼻を啜って涙を拭う。
『っ、怖い……?』
「……っ、ちょっと……だけ……ひっく……。でも平気」
『っ……怖いよな。けど、オレは花梨の味方だから。青子もだぜ? それに、他の奴らも絶対大丈夫だから。自信を持って……!』
「ん……。がんばる……」
察しよく優しい声で励ましてくれる快斗は、エスパーなんじゃなかろうか。
彼の声を聞いていると、勇気が湧いてくるから不思議だ。
……気付けばさっきまでの震えが止まっている。
『……迎えに行けなくてごめんな』
「ううん、大丈夫。権堂さん、下で待っててくれてるみたいだし」
『ああ、知ってる』
「へ……?」
――なんで知ってるの……?
警護人の権堂が訪ねて来たのは三十分程前。伊達は別件で今日は不在。
インターフォンが鳴ったため、部屋に上がるか尋ねたが、外で待つとのことで、いつもの登校時間になったら下りて来てくださいと言われた。
快斗がそれを知っているはずはないのだが……。
不思議に思ったが、今は気にしないことにした。
『がんばれ花梨、大丈夫だよ』
再び快斗の励ましの声。
……声を掛けられて、背中を押してもらった気がする。
「ぁ、うん。じゃ、あとでね」
『うん、待ってる。今日も愛してるよ♡』
「っ、なっ!? も、もう快斗っ、朝からなに言って……」
『へへっ♡ じゃ!』
プッ。
ツーツー、ツーツー……。
通話が切れて、自らの頬が熱いことに気付いた花梨は。
「……んもぅ……私だってだいすきだよ……って、うわっ! 顔真っ赤っか! いや~んっ……!」
顔が熱くなる。鏡を見ると、真っ赤な頬の自分が映っていた。
先ほどまで、怖くて震えていた青白い顔をした自分は、もうどこにもいない。
「……よしっ、がんばる!」
そうして花梨は鞄を手に部屋を出た。