白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
070:快斗の応援







 長かった連休も明け、今日からまた日常が始まる。
 花梨は時間通りに起床し、セーラー服に着替え朝食を摂る。
 先日降谷が置いていった作り置きの絶品、タコのマリネとトースト、インスタントスープも飲んで、しっかり栄養補給をしたら、登校準備だ。


「かつらかつら……って、あ……」


 “この髪のまま学校行ってみない?”
 “大丈夫! 花梨は綺麗だよ”


 いつもの癖でかつらを被ろうとしたが、ふと、快斗が言っていたことを思い出して手を止めた。


「……どうせだもん、勇気出してもいいよね」


 花梨は鬘をウィッグスタンドに戻し、胸の前で拳をぎゅっと握る。
 眼鏡も伊達眼鏡だから、する必要もない。

 必要なのは人前に出る勇気だけ――。
 近所ではそのまま出歩いているのだから、それの延長だと思えばいいんだ。

 自分にそう言い聞かせて、姿見の前に立つ。


「白い、なぁ……」


 鏡に映った自分はあまりに白くて、クラスメイトたちの前にどう映るのか不安になる。


 ――けれど暑くなってきたのは本当だし、潮時だったと思うしか……。


「……これも経験だよ、花梨」


 “おーい白髪婆!”
 “真っ白妖怪キモーイ!”
 “山姥みてえ!”
 “脱色は校則違反だぞ!”
 “みすぼらしいったらないわね!”

 中学時代に言われた、見た目の蔑称や心無い言葉の数々。
 白い髪を染めようと思ったけれど、許してもらえなかった。
 親戚の、“汚れを隠すことは許さない”と言わんばかりの冷たい視線が脳裏をよぎる。

 毎日、悪意の言葉を浴びせられ続けた花梨の心は少しずつ病んでいき、俯いて過ごすことが当たり前になった。
 わずかにできた友達も去っていき、最終的に孤立。
 目立たないように学校では保健室で過ごすことも多かった。

 挙句、殺されそうにもなって。
 ……そうしてやっと親戚の家から解放された。


「……怖い」


 セーラー服の襟に触れると、自分を嗤っていた人たちの顔がフラッシュバックして、身体が勝手に震えてしまう。
 帝丹高校ならブレザーだったから、あっちに行けばよかったかもしれない……なんて、今さら言ったところでどうにもならない。

 自分の身を守るように両腕を掴んでいると、ピピピピピ……。
 スマホの呼び出し音が鳴った。


「……ぁ、か、快斗……? っ……」


 スマホの画面には“黒羽快斗”と表示されている。
 花梨は縋る思いで通話ボタンをタップした。


『おはよー花梨! 今日、オレ朝からちゃんと行くから学校で会おうな! 教室で待ってるから』


 電話に出ると快斗の明るい声がする。
 彼の声を聞いた途端、花梨の瞳から涙が零れ落ちた。


「う、うん……」

『……花梨? ひょっとして泣いてる……?』

「え? ぁ、ううん……」


 ――快斗の声聞いたら、安心して涙が……。


 快斗に問われ、花梨はすんっと鼻を啜って涙を拭う。


『っ、怖い……?』

「……っ、ちょっと……だけ……ひっく……。でも平気」

『っ……怖いよな。けど、オレは花梨の味方だから。青子もだぜ? それに、他の奴らも絶対大丈夫だから。自信を持って……!』

「ん……。がんばる……」


 察しよく優しい声で励ましてくれる快斗は、エスパーなんじゃなかろうか。
 彼の声を聞いていると、勇気が湧いてくるから不思議だ。
 ……気付けばさっきまでの震えが止まっている。


『……迎えに行けなくてごめんな』

「ううん、大丈夫。権堂さん、下で待っててくれてるみたいだし」

『ああ、知ってる』

「へ……?」


 ――なんで知ってるの……?


 警護人の権堂が訪ねて来たのは三十分程前。伊達は別件で今日は不在。
 インターフォンが鳴ったため、部屋に上がるか尋ねたが、外で待つとのことで、いつもの登校時間になったら下りて来てくださいと言われた。
 快斗がそれを知っているはずはないのだが……。

 不思議に思ったが、今は気にしないことにした。


『がんばれ花梨、大丈夫だよ』


 再び快斗の励ましの声。
 ……声を掛けられて、背中を押してもらった気がする。


「ぁ、うん。じゃ、あとでね」

『うん、待ってる。今日も愛してるよ♡』

「っ、なっ!? も、もう快斗っ、朝からなに言って……」

『へへっ♡ じゃ!』


 プッ。
 ツーツー、ツーツー……。


 通話が切れて、自らの頬が熱いことに気付いた花梨は。


「……んもぅ……私だってだいすきだよ……って、うわっ! 顔真っ赤っか! いや~んっ……!」


 顔が熱くなる。鏡を見ると、真っ赤な頬の自分が映っていた。
先ほどまで、怖くて震えていた青白い顔をした自分は、もうどこにもいない。


「……よしっ、がんばる!」


 そうして花梨は鞄を手に部屋を出た。



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