白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
069:声が特殊?


『花梨……。たまには声、聴かせてくれよ。留守電入れといてくれたらいーし』


 ……コナンの声には覇気がない。


「……あら新ちゃん。淋しいのね?」


 ――蘭ちゃんが傍にいるのに……?


 大好きな女の子と同居中なのになぜ。
 身体を小さくされてから現実を受け入れ、少し心に余裕ができてきた頃だからなのだろうか。

 ……いつも自信満々で堂々としている彼だって、中身はまだ十七歳の少年。
 両親は海外で、事情を知る人間は隣家の阿笠と花梨のみ。

 花梨とは性別を超えた友情があり、花梨が新一に無条件で甘えられるのと同じで、新一も花梨には心を許している。
 だから少し甘えたかったのかもしれない。


『なっ、べ、別にっ!?』


 電話の向こうでガタガタッと何かが落ちる音がした。
 ……動揺している?


「ふふふ、大丈夫ぢゃよ! わしはいつでも新一の味方ぢゃからの!」

『っ、急にモノマネすんなよ。似てねーっつってんだろ下手くそ』

「え~? そうかなぁ~? てか新ちゃん辛辣過ぎ、酷くない?」


 ――今度快斗に声真似のコツを教わってみようかな……。


 私の彼氏って色んな声真似、しかもそっくりにできちゃうんだから凄いよね! ……なんて、また快斗を思い出した花梨の口から「ふふっ」と笑みが零れる。


『……オメーの声って特殊なんだよ。なんつーか……説明しづれぇけど、聴いてると癒されるっつーか……』

「まっ! お坊ちゃまは癒しをお求めでしたか!? 声か……んー……そう、かもねえ……」


 声を聞いていると癒される……。
 コナンに言われて花梨は思い当たる節があり肯定した。

 花梨が話をしていると、心地良さそうにしていたり、眠そうにする人間が多い。
 声に1/fゆらぎという周波数特性を持っているかららしいのだが、自分でも、喋っていると眠くなってしまうから困る。
 昔父親が車を運転中、母親に「花梨の声は特別だから、お父さんが運転中の時は喋っちゃダメよ」と言われた。


 ――つまり、コナン君は今癒しを求めている……!


 残り一月平和に暮らしたい花梨が、事件呼び寄せ魔のコナンに会うのは極力控えたいが、大事な幼なじみに元気がないのは心苦しい。
 ならば聴かせてやろうじゃないか。


『ん? お坊ちゃまってなんだよ』

「……新ちゃん」

『おう?』

「大丈夫だよ。きっといつか元の姿に戻れるよ」

『ん……オメーがそう言うと、そうなる気がしてくるから不思議だな』


 先にいなくなるから、何も手伝ってあげられなくて申し訳ないけれど……。
 そんな想いで告げた花梨の言葉で、コナンの声に覇気が戻る。


「蘭ちゃんも傍にいるんだし、あんまり無茶しないようにね」

『わーってるよ』

「じゃあ、そろそろ。身体、大事にしてね」

『おう、オメーもな。じゃあな』

「うん、またね」


 ピッ。
 花梨は通話終了ボタンをタップし、会話を終え、少し名残惜しそうに画面を見つめてから指を離した。


「ふぅ……小さな新ちゃんがんばれ! そのうち留守電入れとくからね!」


 通話を終えたスマホに向かい、花梨は新一にエールを送る。
 コナンになった新一に入れる留守電は、アレでも読んでおこう。
 シャーロキアンの彼なら喜ぶはずだ。


「けど私、読み聞かせ苦手なんだよね~……噛んじゃう……。練習しとこ……」


 花梨は自室に戻り、アーサー・コナン・ドイルの著書『緋色の研究』を読み上げ始めた。
 ……初回は上手く読めず噛み噛み。舌まで噛んだ。


「うぅ……痛っ、また噛んじゃった……練習練習……」


 連休最終日の夜、花梨の部屋は遅くまで照明が点いていた。










 ……そんな花梨の一方で。


『うん、ま――』


 プツッ。
 ツーツー、ツーツー……。

 花梨との通話を終えたコナンは、急に切れたスマホを見下ろし、口を引き結ぶ。


「……あいつ、途中で切りやがった……!」


 ――いつもならちゃんと言い終えてから切る癖に、なんか急にオレに冷たくねーか?


 いや、自分に関わると危険だから良いことは良いのだが、ちょっぴり淋しい。


「……まあ、声聞けたからいーか……(元気そうだったしな)」


 コナンの口元に薄っすら笑みが浮かぶ。

 昨日午前中に阿笠邸に行って来たコナンは、阿笠から【蝶ネクタイ型変声機】を受け取り、“迷探偵”である毛利小五郎を“名探偵”に仕立て上げるため苦心した。

 午後、毛利探偵事務所に訪れたアイドル、【沖野ヨーコ】の依頼について行った先で殺人事件が起こったが、他殺に見せかけた自殺だと謎を解き明かし、見事小五郎に解決させたのだ。
 まあその時の小五郎は気を失っていたわけで、阿笠に貰った蝶ネクタイ型変声機を使用し、腹話術形式でコナンが解決したのではあるが……。










 ……事件を解決し事務所に戻って夜、小五郎が寝始めた頃。
 コナンは改めて蝶ネクタイ型変声機を眺め、ふと花梨の声が聞きたくなってトイレに籠りダイヤルを合わせてみた。


『あー……。ん? おかしいな……』


 カチカチカチ。
 花梨に近い声を出そうと試みるも、似たような声は出せるが、そっくりにはならない。


「……博士、失敗作なんじゃねーだろーな……」


 ――とりあえず蘭に合わせてみるか……。


 カチカチカチ「あー……。新一だーいすき♡」。
 蘭の声にダイヤルを合わせると、きちんとその声になる。


「……うん、出るな。おっちゃんの声はさっき試したし……目暮警部は……」


 カチカチカチ「あー、こちら目暮。工藤君どうかしたのかね?」。
 ……目暮警部の声がきちんと出た。


「……出るな。そっくりだ。じゃあ、もう一度……」


 カチカチカチ。
 ダイヤルを花梨に合わせる。


『あー……コホンッ。新ちゃん、今日も推理が冴え渡ってて格好良いね……って違うじゃねーか……!』


 ――駄目だ、花梨の声だけはそっくりにならねー……!!


 なぜだ?

 コナンは変声機を見下ろしながら首を傾げる。

 他の奴なら完璧にコピーできる。
 なのに、花梨に合わせると、どうしてもあの「耳の奥に溶けるような響き」が消えて、ただの平坦な音になっちまう。

 ……花梨の声だけ、どうしてもそっくりにならないのだ。
 もう一度知り合いの声にダイヤルを合せてみれば、きちんとそっくりに出るというのに、花梨に合わせるとやっぱり少し違う。


「……ちょっと声が聞きたかっただけだっつーの……!」


 “新ちゃん、大丈夫だよ! 大丈夫、大丈夫!”


 花梨の励ましの言葉をちょっと聞きたかっただけのコナンは、頭をくしゃくしゃと掻いた。


 ――……あいつの声で、大丈夫だって言ってもらいたかっただけなんだけどな。


「明日、電話してみっかー……」


 阿笠から、花梨には新一の件に関わらないようにと勧め、彼女も了承したと聞いている。
 危険だから当然だ。関わらないで安全な場所にいてくれた方がいい。
 だが事情を知っている彼女に、たまには話を聞いてもらいたいとも思うわけで。










 ……そんな事情が昨夜あり、花梨に電話したというのに、あっさり切られてしまった。


『コナンくーん! ただいまー! どこにいるのー? 買い物行くよー!』

「っ、はあ~い!」


 蘭の声が階下から聞こえる。

 出掛けていた蘭が帰って来たらしい。
 コナンは大きな声で返事をしてトイレから出たのだった。



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