白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
066:身辺警護契約


 “スコーンッ!!”


「いでっ!?」


 快斗の頭めがけて飛んできた何かがぶつかり、床に落ちた。
 落ちたそれに目を向けると、スリッパだった。


「ス、スリッパ……?」

「おい、高校生。それくらいでやめとけ。不健全性的行為でしょっぴくぞ」


 困惑する快斗に背後から松田の声が掛かる。


「あ、お兄ちゃんたち……」


 花梨が快斗の背後に目をやると、松田を先頭に降谷と伊達もやって来ていた。


「お前ら、警察のお兄さんたちがいるのに大胆だなー?」

「……」


 松田は快斗の腕を掴むと引っ張り、花梨から引き離す。
 後ろにいた降谷が無言で、無表情のまま快斗を凝視した。


「……花梨、大丈夫か?」

「……え? あ、はい」

「……うむっ……、コホンッ、うん……」

「……?」


 ソファに伊達がやって来て花梨を起こしてくれたが、頬が赤い。
 どうしたのだろうと思ったが、花梨の異変にいち早く気付いた快斗が松田の腕を払って戻って来る。


「っ、花梨ごめんっ、透けてるっ……!!(ブラ外したの忘れてた……!)」

「へっ!? あっ……! きゃあっ!!」


 花梨の現在の服装は白Tシャツに黒のスキニーパンツ。
 その白Tシャツは素材が薄めで透けている。
 ブラをしていればわかりにくいが、快斗のせいでブラはたくし上げられ、花梨の素肌――主に桃色の尖端が薄っすらと……。


「オニーサン方! はいっ、ちゅーもーくっ!! あっち向いてホイッ!」

「快斗もだよぉっ!!」

「あっ、はいっ!!」


 慌てて快斗が人差し指を掲げて降谷たちに号令を掛けたが、「自分も」と言われ、同じくそっぽを向いた。


 曰く、(松田:花梨の奴……でかくねーか? 成長し過ぎだろ……)
 曰く、(降谷:花梨……大きいと思ってたけど思ってたよりも大……)
 曰く、(伊達:ナタリー、浮気じゃないからな……!)
 曰く、(快斗:花梨ごめん……てか、おっさんたち鼻の下伸びてんぞ! オレのだからな!?(怒))


 ……ごそごそと花梨がブラを付け直している間、その場には何とも言えない空気が流れたのは言うまでもない。










「これだから盛りの付いたガキはよー……」

「花梨ちゃん、君は女の子なんだからもっと自分を大事にしないと」

「「はい……」」


 花梨の身支度が整うと、ソファに座り腕組みをする松田と降谷による説教が始まった。
 花梨と快斗はラグの上に並んで正座させられ、人生の先輩方によるお叱りを受ける。

 例え恋人同士であっても、まだ未成年なのだから不健全性的行為はやめておきなさい……ということらしい。
 避妊はしているのかという質問もされてしまい、花梨は恥ずかしかったが、快斗は当然きちんとしていると答えた。


「ゴムも100パーじゃねえからな? 俺らみたいな大人ならまだしも、責任取れねーガキがすることじゃねーんだぞ?」

「そうだ。望まない妊娠をする未成年が年間何人いると思っているんだ?」

「けど……(したいじゃん……)」


 松田と降谷の二人は花梨そっちのけで、快斗に鋭い目を向け責め立てる。
 少々私怨も入っているだろと思った快斗は、チラッとだけ二人にジト目を送った。


「「けどじゃない!」」

「はいっ!!」


 松田降谷コンビの怒声が重なり、快斗の背筋がピシッと伸びる。


「……まあまあ、そんくらいでいーじゃねえか。あんま未成年を虐めてやるな。恋人同士なんだからある程度はしょうがねえよ、な?」

「伊達さん……!」

「はんちょぉ……!」


 伊達は救世主なのではなかろうか。
 伊達が快斗と花梨の肩に手を置き笑顔で問い掛けると、説教でしょんぼりしていた二人の瞳に光が宿った。

 ……松田と降谷は「しょうがないわけないだろ!」と未だお怒りだ。


「避妊はしっかりな」


 互いに同意しているなら、来年成人するわけだし、多少大目に見てもいいじゃないか。
 それにしてもこいつら早えなと思いつつ、好きな女を前にしたら触れたくなる気持ちが伊達にはわかる。
 ……未成年相手に熱を上げる松田と降谷に比べたら健全だろ……ということらしい。


「はいっ! 任せて下さい! もう毎回ばっちりですから!」

「か、快斗、そういうことは言わなくていいから……!」

「え? あっ、ハハハッ……!」


 松田降谷コンビに睨まれながら、快斗は花梨が頬を赤く染めて恥ずかしがる様子に萌えた。

 ……そんな説教が終わり、脚の痺れもピークになった頃。
 降谷が突然話題を変えてくる。


「花梨ちゃん」

「はい」

「君に身辺警護を付けようと思う」

「し、身辺警護……ですか……?」

「ああ、僕たちは職務があるからたまにしか付いてあげられない。さっき松田と班長と話して決めたんだ。警護人は班長の警備会社から派遣する予定だよ。もう契約した」


 驚く花梨に降谷は胸ポケットから封筒を取り出し、一枚の紙をローテーブルに広げた。

 紙には警護業務契約書……と書かれている。
 警護業務の対象者、内容、費用、契約期間、責任分担が記載されており、警備会社と顧客の間で締結される契約書らしい。
 契約者が降谷零となっているが、警護対象者は葵花梨。
 ……期間は六月十一日まで。

 花梨にもサインして欲しいということでペンを渡された。


「俺ともう一人……女性スタッフを付ける。俺は他も受け持ってるから抜けることがあるが、女性スタッフが常に傍にいるから安心してもらっていい。ある程度の距離を保って見張るつもりだ。プライベートな時間を邪魔することもそうないだろう。早速明日にでも挨拶に寄こす」


 伊達から説明を受け、花梨は頷く。
 監視されている気もするが、距離を保ってくれるならそこまで気にしなくてもいいのかもしれない。

 ただ……。


「つまり、花梨を24時間監視するってことか……?」

「快斗……」


 ……快斗が不愉快そうに眉を寄せる。

 怪盗キッドとして彼がこの部屋に来たことはまだないが、場合によっては来ることだってあるかもしれない。
 そんなことになれば、いつ快斗の正体がバレるか、花梨は心配でならない。


「監視じゃない警護だ。我々はプライベートに口を挟まない」

「なら、オレが一緒でもいーんだな?」

「もちろん。彼氏なんだろ? いくらでも会ってくれて構わないぞ」

「じゃーいいか……」


 伊達の返答に快斗は考え込むようにして、二度三度頷いた。
 納得してもらえたならサインしてくれとのことで、花梨は指定された場所にサインをしようとする。


「ありがとうございます。では費用は私に……」

「費用に関して花梨ちゃんは気にしなくていい。僕が依頼人だからね」

「え……、でも」

「費用は僕と松田、班長と景の四人で負担するから」

「そんな……! 悪いです」

「いいんだよ、花梨ちゃんはそれを受け取る資格がある」


 自身の警護をしてもらうのだから、当然花梨が支払うものだと思っていたがどうも違うらしい。
 依頼人は降谷で、支払いはお兄ちゃんズ……。

 花梨は彼らに何かした覚えはないというのにいいのだろうか。
 ……チラッと降谷、松田、伊達を窺うと皆優しい瞳で頷く。この場にいない諸伏まで巻き込んで……。


「そんな資格なんてあったかな……」

「いーからいーから、一か月ちょっとだけだろ? 白猫、イケてるおにーさんたちに甘えとけ。ふーー……」

「に゛ゃあっ!?」


 不意に考え込む花梨の側にやって来た松田が、耳に息を吹きかけてくる。
 驚いた花梨は声を上げ、慌てて隣の快斗に抱きついた。


「ちょっ!? なにやってんすか……! 大丈夫か花梨!?」


 受け止めた快斗は松田から見えないよう、花梨を自身の背に隠す。


「っ、陣平さん、セクハラっ! 耳に息吹きかけるとかっ……!」


 ……耳がくすぐったくてしかたない。
 花梨は息を吹きかけられた耳を手のひらでゴシゴシ擦り、こそばゆさを誤魔化した。


「ははっ、花梨って耳弱いのなー?」

「なんで知ってんだよ!」

「はぁっ!? な、なに言って……! ていうか快斗も余計なこと言わないでよ~……!」


 松田が笑いながら揶揄えば、怒った快斗が険しい目で睨むが、同時に顔を真っ赤に染めた花梨は両手で顔を覆う。
 耳が弱い……どうしてそんなことまでバラされなきゃならないのだろう……。
 羞恥でしばらく顔を上げることができそうにない。


「……松田、今日手錠は持ってきていないんだ……。迷惑行為防止条例違反がいいか、それとも強制わいせつ罪か……好きな方を選べ。帰りに然るべき場所に連れて行ってやる」

「いててっ……! ちょっとした可愛いイタズラだろ!? 花梨が素直に人の厚意を受け取らないからだなぁっ!」

「悪戯か……この場合、どちらの罪が正しいのか……ふむ……」

「おいっ、マジで言ってんのかパツキン野郎!! 俺から下りろ!」


 降谷に手首を取られ背中に回されて、そのまま床に押し伏せられた松田が騒ぐ。
 松田的には、気にせずさっさとサインしちまいなってことだったらしいのだが――。

 ……真面目な顔でどちらの罪が適正なのか、降谷は松田の背に乗っかり考え込んでいた。


「お、お兄ちゃんたち……?」

「花梨、こいつらは放っておいていいぞ。……大人になったはずなんだがなあ。たまにこうなる。まあ殴り合うことはないから大丈夫だ。そのうち治まる」

「そ、そうですか……」


 ようやく羞恥心が治まった花梨が喧嘩を始めた降谷と松田に声を掛けるも、二人の言葉の応酬は止まらず続いている。
 伊達の言うように互いに言い合っているだけで殴り合いにならないだけましだが、快斗も「すげえな、大人の喧嘩……オレらと変わんねえ……」なんて呆れた。



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