白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
064:マッチョが好き?
「……えっと……(零お兄ちゃんに、親戚のことは快斗に秘密にして欲しいと送って……)」
トイレに入った花梨はメッセージアプリを立ち上げ、降谷に快斗には自身の事情を伏せてほしいとお願いしておく。
きっと今日降谷たちは、この間拉致してきた犯人たちの黒幕が誰なのか判明したので、教えに来てくれたのだろう。
もしも黒幕が親戚なら、敵はあまりに狡猾だ。快斗を巻き込むわけにはいかない。
「……ふぅ」
無事メッセージは送信され、降谷からも既読が付いた。返信はないが、降谷のことだから了承してくれているはず。
ついでに小用も済ませ、手を洗ってからトイレから出る。
「……花梨」
「わっ!? び、びっくりした……快斗どうしたの?」
花梨がトイレから出ると、向かいの壁に背を預けた快斗が腕組みしながら立っていて驚いた。
なにか察知してついて来た……? なんて一瞬思ってしまったが、そうではないらしい。
「オニーサンたち、ずいぶん若いんだな」
快斗はぷぅっと頬を膨らませ、リビングの方角に視線を向けて口を尖らせている。
詮索好きの新一じゃあるまいし、疑り深いというよりこれはただの嫉妬では……?
花梨は、自身の行動が読まれたわけじゃなくて良かったと、ほっと胸を撫で下ろした。
「お兄ちゃんたち、アラサーだよ?」
「っ、そうなんか?」
「うん、一回り違うの」
「……。……ごめん。嫉妬した」
やきもち焼きの彼氏が、気まずそうに素直に謝ってくる。
なにを不安に思っているのか花梨にはさっぱりわからない。
少々やきもちを焼き過ぎな気もするが、彼女として気分は悪くなかった。
「妬いてくれてありがと……♡」
「花梨ちゃん……」
花梨は弱り目をする快斗の頭をそっと撫でてハグとキスをする。
……今日、快斗は降谷たちの話に加わり、花梨の敵が誰なのか教えてもらうつもりでいるのだろう。
だが花梨は快斗に知らせるつもりはない。
(ごめんね、快斗……。)
今一番大好きな相手だからこそ、危険な目に合わせたくないのだ。
◇
「じゃーそろそろ、本題に入りますか!」
「いいっすね、オレも聞かせてください!」
フルーツたっぷりのショートケーキと紅茶を楽しみながら、各々軽く自己紹介し、他愛のない話で談笑したのち。
ふと松田が立ち上がる。
本題……これはきっと花梨を狙った黒幕についてだろう。
そう思った快斗だったが、松田の次の言葉に耳を疑った。
「俺、ジムってくるわ」
「へ?(ジムって?)」
「黒羽、お前も付き合えよ」
「え?」
「花梨ちゃんはマッチョが好きなんだよ」
松田はシャツの袖を捲って腕に力を込め、盛り上がった上腕二頭筋を快斗に見せつけ、「ほれ触ってみろ」と触らせる。
さすがは警察官。鍛えているのだろう、鍛えた筋肉はこんもり硬かった。
「え……ちょ、それ初耳。花梨マッチョが好きなのか?」
「……あ、えと……ふふっ♪」
「マジ?」
「えへへ……(別にそんな好みないんですけど……陣平さんてば……!)」
松田の筋肉を撫でつつ、快斗は花梨に尋ねる。
……そういえば花梨の好みの体格など訊いたことがない。
快斗に問われた花梨はにこにことはにかみ、肯定と取って良さそうに思えた。
実際はそんな好みなど花梨にはないのだが。
「マジか……てか、オレ、オニーサンたちに訊きたいことがあるんですって……!」
「いーからいーから、行こうぜ! 班長も行こーぜ」
花梨の話題を出したい快斗の肩に、松田の腕が回ってがっちりホールドされる。
松田は伊達まで誘い、トレーニングルームの方向を親指で示した。
「……しょうがないな。花梨、マシンを借りるな?」
「どうぞどうぞ!」
頭を掻きながら渋々立ち上がる伊達に花梨は快諾する。
「ちょ、花梨っ!?」
「私、食いしん坊で……最後の一切れ食べたいの。食べ終わったら私も行くね~!」
快斗が目を丸くする中、花梨はケーキをおかわりするつもりだ。
六等分したケーキの最後の一つに、穏やかに目を細めた降谷がケーキサーバーを差し込んでいる。
「なんっ……!? ちょっ、オニーサンたちっ!? 話をしよーぜ、話をさあっ!」
両脇を松田と伊達に掴まれ、快斗は強制的にトレーニングルームへ連れて行かれた。
「花梨ーーっ!!」
……コンコン。
快斗の声も空しく、十五分程してトレーニングルームのドアがノックされる。
「はっ、はあ……どーぞー!」
ランニングマシンで走る松田がドアに向かって返事をした。
その返事を聞いてドアが開く。
「お待たせ~。特製ドリンク持って来ましたよ~!」
花梨の手にはレモンの輪切りが入ったウォーターボトルが、両手に一本ずつ握られていた。
後ろには同じく、両手にウォーターボトルを手にした降谷の姿がある。
「はあ……花梨……(と怪しい金髪の兄ちゃん……)」
「あっ、快斗はエアロバイクなのね。どう? 高さ調節した? 私の高さに合わせてあったと思うから使いにくくなかった?」
エアロバイクを漕ぐ快斗の元へ花梨が近づき、“はい、どうぞ”とお手製スポーツドリンクを差し出した。
「……」
快斗は花梨を見て何か言いたげな眼をしていたが、スッと視線を逸らし、ウォーターボトルは受け取らなかった。
「……ここに置いておくね。汗掻いたと思うから飲んでね」
――快斗ごめんね……怒ってるよね……。
快斗の態度に花梨は平静を装って、エアロバイクに設置されたドリンクホルダーに持って来たウォーターボトルを置く。
「花梨ちゃーん、陣平おにーさんにもちょーだい!」
「あっ、はーい!」
すぐに松田から声が掛かった花梨……。
同時「あっ、かり……」と快斗も声を発したが、聞こえなかった様子で彼女は快斗から離れ、ランニングマシンへと移動した。
「……花梨……」
――話、もう終わったんだな……。
ランニングマシンで走っていた松田に、“ほれっ!”と手で拭った汗を飛ばされ「やめてください陣平さん! 汚い!」「まあっ! 汚くないわよ小娘! 失礼ね!」「汚いです!」「ひっで! こうなったらもっとぶっかけてやる、ほれっ!」「いやああああっ!!」本気で嫌がりつつも、憂いなく楽しそうに対話している花梨を見ていると、話は終わったのだと感じる。
……快斗は、花梨が自分に打ち明けるつもりはないのだと理解した。