白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
063:牽制と険悪と







 “ピンポーン!”


 再びインターフォンが鳴り、花梨は快斗がいない間に応対する。


「いらっしゃい、お兄ちゃんたち!」


 花梨が扉を開けると松田、降谷、伊達が玄関へと入って来た。
 玄関は広く作られており、三人同時に並んで靴の着脱も可能なほど、広めの設計である。


「やっほー花梨、来たぜー。元気だったか?」

「やあ、体調はどうかな?」

「花梨、逃げろ」


 松田はいつも通り軽薄な感じで、降谷は爽やかな笑顔。
 伊達は真面目な顔して“逃げろ”……?


「え? に、逃げろ?」

「いや、なんでもないんだ」


 逃げるのは得意だけれども今……? と考える花梨の頭を、伊達の手がぽんぽんと撫でた。


「あ、はあ……。とりあえず上がってください。あ、今、彼氏が来てるんですけど……」

「知ってる♪」


(さあて、どんな若造が出てくんのかなー?)


 花梨に言われるまでもなく、既に靴を脱いでいた松田は、予め用意されていたスリッパを履き、さっと部屋に上がった。
 ……話し合いが終わったら、今日も少し汗を流して帰ろうと思って、着替えとタオルを持参している。


「……零お兄ちゃん、ちょっと……」

「ん……?」


 降谷も靴を脱ぎ、部屋に上がろうとするタイミングで、花梨はこっそり頼みごとをしようと近づいたのだが――。


「あっ」

「かーりん! お客さん来たみたいだな、紹介してよ。あ、警察のオニーサン方どーも。オレ、花梨の“彼氏”の黒羽快斗って言います。以後お見知りおきをー!」


 背後からやって来た快斗が花梨の手首を引いて、自身の後ろに追いやり前に立ちふさがった。
 快斗は満面の笑みで額に片手を添え、敬礼よろしく明るい声で挨拶をする。


「おっ! お前が花梨のコレか! へー、ふーん」


 元気よく挨拶をしてくる快斗に松田は愉快そうに小指を立て、花梨の好みはこういう顔なのかーと、まじまじ見下ろした。
 愛想のいい快斗に、降谷と全然タイプが違うじゃねーかと松田の口角が上がる。


「……どうも、仲の良い友達なんだってね」


 松田の隣、降谷は一瞬黙り込むもすぐに笑顔で返した。


「カ・レ・シですっ!! なっ、花梨?」

「ちょ、快斗……」


 ――そんなことわざわざ強調しなくてもわかってるんじゃ……。


 降谷の目の前で快斗はゆっくりと自分が彼氏であると主張をする。手首を掴んでいた手はいつの間にか繋がれ、指が絡まっていた。
 そんな彼の様子に花梨は戸惑いをみせる。


「とにかく上がってよ、オニーサン方に訊きたいことがあるんだ。な? 花梨」

「あっ、ちょ……」


 快斗は踵を返し花梨の手を引いて先導するように廊下を行く。
 出遅れた伊達は、真面目な顔をして――いや、どこか祈るような痛切さを込めて「花梨、逃げろ」と繰り返し、靴を脱ぐとそれを揃え、花梨たちのあとに続いた。


「うわー、あいつ独占欲やばくね? ってかゼロ気付いた?」

「なにに……?」

「あの二人、同じシャンプー使ってる」

「……」

「……こっわ。睨むなって」


 玄関に残った松田と降谷。
 松田の言葉に降谷が鋭い視線を向ける。

 快斗と花梨から同じ匂いが立ち上っていることに、降谷が気づかないはずもなかった。
 時間もまだ朝十時半だ。
 服装も花梨は少し薄めの生地の半袖白Tシャツに黒のスキニーパンツ。快斗も似たような格好で靴下を履いていない。かなりラフな恰好で朝から遊びに来た……というよりは昨日からいた、という方が自然だろう。

 朝の陽光に透ける花梨の白い肌、一瞬だけ見えたTシャツの下、鎖骨に刻まれた小さな鬱血痕。
 それらは、彼らが守ろうとしてきた聖域が、目の前の若造によって暴かれたことを物語っていた。

 つまり二人は既にそういう仲であり、恋人同士というのは間違いなさそうだ。

 ……降谷は部下に調べさせており、既に黒羽快斗の報告を受けている。
 二人が付き合い出したことも、この数日間ずっと一緒にいることも。

 一昨日諸伏も言っていた。
 けれども認めたくないのは、花梨を可愛い妹だと思っているからかもしれない。


「行こうか」

「だから顔がこえーって……」


 降谷は松田に爽やかに微笑んでみせ、リビングに向かった。









「花梨ちゃん、これお土産。ヒロと作ったんだ」

「え? わぁ~! ケーキ!? すごく綺麗……しかもフルーツいっぱいだぁ♪ 皆さんで食べましょうよ。今、紅茶淹れますね!」


 リビングに降谷と松田がやって来ると、降谷が花梨に手土産であるケーキを手渡す。
 箱を覗き込んだ花梨はその見事な出来栄えに瞳をキラキラさせ、紅茶を淹れるからとケーキを手にキッチンに入っていく。

 ……松田は先にソファに座っていた伊達の隣に腰掛け「ゲームする?」と伊達を誘って、勝手に花梨のゲーム機を操作し始めた。
 その慣れた手付きにカウンター席に座って様子を窺っていた快斗の眉がぴくりと動く。


(こいつ、どんだけ遊びに来てんだよ……。)


 迷いもせずゲームソフトが入ったケースをテレビ台の収納から取り出す松田にイラついてしまう。
 松田はただ遠慮がないだけなのだが、そんなこと快斗が知るわけもなく……。


「おい、よその家の収納を勝手に開けるんじゃない。お前は手癖の悪い小学生か!」

「えー、別にいいじゃん。花梨いつも怒んねえし? ゲーム機に俺のIDもあるんだぜー!」


 伊達が松田をたしなめているのを見て“あの人だけはまともそうだ”と快斗は伊達だけには僅かに警戒を解く。
 チラッと松田が快斗に笑顔を向けるので、“いかなる時もポーカーフェイスを忘れるな”でにやりと不敵にはにかみ返しておいた。


(なんだよ、今の笑みはよ……!)


 ……花梨は確かに怒らない。
 元々の器が大きいのか鈍感なだけか。許容する範囲が広いのだ。
 押しに弱く、こちらが押し切れば、大抵そんなものかと何でも受け入れてしまう。


(確かこの人ら、オレと付き合う前からの付き合いなんだよな……。)


 もっと早く告白しておけばよかった。
 快斗は彼女に対する好意に気付くのが遅くなったことを悔やむも、悔やみきれなかった。


「手伝うよ」

「すみません、私、切り分けるの苦手だから零お兄ちゃんに頼んでもいいですか?」

「もちろん」


 ふとキッチンでは、降谷が花梨の隣でケーキの箱を開けている。
 慌てた快斗は、カウンター席から下りてキッチンに回った。


「オレも手伝うよ?」

「ありがとう! じゃあケーキをのせるお皿とか、カップを人数分出してもらってもいい? 私、お湯沸かすから」

「おっけー」


 花梨はケーキの写真を撮ってから、湯を沸かすためにケトルへ水を入れ、コンロ前まで移動する。
 その場に残った快斗と降谷の視線が交わった。


「「……」」


 二人は互いに目を細め、にこりとしたまま無言。
 時間にしたら十秒も経っていないが、見つめ合ってから快斗はカップとソーサー、ケーキ用の皿とフォークを用意し、降谷はケーキの切り分けを始めた。

 ……やっぱり二人は無言だ。


「……なあ、班長」

「なんだ?」

「あっち、すげー険悪なんだけど……」

「……二人とも貼り付いた笑顔がすごいな……(降谷を前に、あのボウズも大したもんだ)」

「俺、食う専門でよかった……」


 松田と伊達はゲームをプレイしながらも、チラチラとカウンター越しに見える快斗と降谷の様子に戦々恐々。
 知らぬ存ぜぬでゲームに興じる。


「……私、ちょっとお手洗いに行ってきます。零お兄ちゃん、あと頼んでもいいですか?」


 ――零お兄ちゃんに伝えなくちゃ……。


 降谷に伝えたいことがある花梨は、自身のすぐ隣で行われている快斗と降谷の無言のバトルなど知らない。
 火にかけ始めたばかりのケトルをそのままにして、すぐ隣でケーキを切り分ける降谷にあとは任せ、トイレへ行くことにした。


「ああ、いいよ。行っておいで」

「すみません」


 花梨がチラッと上目遣いでそっと視線を送ると、降谷は察したように目を窄める。
 快斗は食器を並べていたからか、気がつかなかった様子……。

 ……花梨はそっとトイレに向かった。



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