白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
061:溺愛シャワー


「……ふふっ、じゃあ、お互い秘密にしておこうよ! 知らぬが仏って言うじゃない?」

「……っ、いやだっ!」


 快斗は首を大きく横に振る。


「快斗……」

「さっき、花梨を失うかと思った。そう考えたら指先が冷えて、身体も震えて、生きた心地がしなかった……」

「……あの、毎回あの人たちに襲われてるわけじゃなくて……。ほら、変なおじさんとか、お兄さんとか……?」


 ペットボトルを持つ花梨の手を握る快斗の手が、また震えていた。それに合わせてペットボトルの中の水が振動している。
 花梨は努めて明るく振る舞おうとするものの……。


「……お願い、教えて……花梨、……オレ、花梨を失いたくないんだ……」

「快斗……」

「頼むから……」


 快斗は俯き、頭を下げる。
 その肩は微かに震えており、花梨の目には彼が怯えているように映った。


「……。……っ、少し、時間をくれる……?」

「時間をあげれば話してくれるのか?」


 花梨の返答に快斗の顔が上を向く。


「……うん」


 ……花梨は静かに頷いた。

 快斗には、彼がなすべきことに集中して欲しい。
 花梨にとって、彼に事情を打ち明けるという選択肢は、最初から存在しなかった。


 ――なにごとも時間が解決してくれるから、大丈夫だよ快斗。


 なにがあっても、今月中は大丈夫なのだ。
 実際、今日も怪我一つしていないではないか。


「……わかった。じゃあ、今夜はオレを安心させて……?」

「安心?」

「……泊まってけよ……」

「ぁ……うん……」


 快斗の手が、花梨のブラウスのボタンに掛かる。
 一つ、また一つと外されていき、花梨は気恥ずかしさに頬を染めて、そっと目を閉じた。











「……この傷、四年前って言ってたっけ……?」


 ……情事後の、まったりしたひととき。
 快斗は、宝物に触れるような手つきで、花梨の素肌をなぞり、その指先を左脇腹の切創痕きずあとで止めた。
 白い肌に刻まれた三センチの痕は、彼にとって何よりも許しがたい過去の証に見える。


「くすぐった……ん? ああ……うん、ちょっとね……もう全然痛くないから大丈夫だよ」

「……綺麗な肌なのに……」

「ンッ、ふふ……ありがとう」


 ちゅぅっと、快斗が切創痕を吸い上げるように口づけると、花梨はくすぐったかったらしく身をよじった。


「……この傷を付けた奴らが花梨を狙ってる相手……?」

「……。どうかな……?」


 快斗が尋ねるも花梨はにこっと笑顔を返すだけ。
 教える気はない。


「ふーん……。花梨も結構ポーカーフェイスだよな?」

「ふふっ♪」

「……もっかいしとこっか♡」

「えっ!? ええええっ!? もう無理だよ!?」


 花梨の笑顔はいつも可愛いが、誤魔化しの笑顔は許せない。
 快斗もにっこりと微笑んでみせ、ようやく治まった熱を再び滾らせ、花梨に襲い掛かった。









 連休の三日目は快斗とブルーパロットで過ごし、残る休みはあと二日。
 さて、連休四日目。

 時刻は朝、九時半。
 今日花梨は十時半から降谷たちとの約束が入っている。
 先日遭ったことを相談しようと思っているのだ。


「帰りたくない……」

「……でも、今日は、私も用事があって……」

「やだ。一緒にいたい」

「快斗……」


 花梨の部屋で目を覚ました快斗は、彼女をベッドから逃がさないよう、その細い腰にしがみつく。
 かつての「世紀末の魔術師」の面影はどこにもない。
 ご機嫌斜めな子供のように、彼は花梨をホールドして離そうとしなかった。


「でも、警察のお兄ちゃんたちが来るんだよ……? 快斗は気まずいでしょ?」

「……。……ますます、やだ」

(……つーか、なんであんな胡散臭い連中を“お兄ちゃん”なんて呼ぶんだよ。アイツらに花梨を任せるなんて、もっと嫌に決まってんだろ……)


 喉まで出かかった不満を飲み込み、ぷうっと唇を尖らせる。快斗は絶対動かないぞと花梨の脚に自身の脚を絡ませた。

 金曜の夜から数えて四日間、ほぼ一緒にいたからだろうか。
 すっかり離れがたくなったようで、昨日なんかは、花梨が動けば後をついて回る始末だ。


「やだって……も~……困ったなあ……。とりあえずシャワー浴びておきたいから、一緒に入ろっか?」

「うー……」


 バスルームに行こうと寝癖の付いた癖っ毛の頭を撫でて、花梨が誘う。
 すると快斗も渋々上体を起こした。


「お腹空いたでしょ? 朝ごはん、なに食べたい?」

「……玉子焼き」

「ふふふっ、作ってあげるね。じゃあ、ちゃっちゃとシャワー浴びちゃお! ってわぁっ!?」


 ベッドからようやく抜け出せた花梨だったが、次の瞬間、浮遊感に襲われる。快斗がさっとお姫様抱っこで抱き上げたのだ。


「重……う、そ。羽みたいに軽い」


 笑顔で彼女の額にキスを落とす快斗は、上半身裸にボクサーパンツ一枚。
 花梨はキャミソールにショーツという下着姿である。


「ちょ、快斗っ、歩けるよっ」

「……あー……これこれ、やっぱいい」

「なにが」

「この重み。好きなんだ♡」


 足をばたつかせる花梨だったが、がっちり抱きかかえられていて動けない。
 ……このままバスルームに連れて行く気らしい。

 バスルームに向かいながら、すりすりと快斗の頬が額に擦り付けられる。
 そういえば初めて助けてもらった夜もしてたような……と、ふと思い出した花梨。


「……もっと太ろうかな。あと、十キロくらい! 頬っぺたぱんぱんになるくらい!」

「そしたらもっと好きになっちゃう♡」

「っ……。……」


 ――なに言ってもダメだなぁ……。


 日曜の出来事があって以来、快斗は花梨の側を離れず常に傍にいる。
 俗にいう溺愛というものであるが、昨日のブルーパロットでもそれは顕著だった。

 ナインボールの開始、ブレイクショットを披露した快斗は、花梨に「格好良い」と言わしめたのに、その後ビリヤードを教え、さて実践となると、ぴったり後ろにくっついて離れず。

 挙句トイレにまでついて来るから、花梨は引いた。
 そのトイレも、まずは快斗が安全かチェックし、「じゃあどうぞ」としたところで、彼はその場から去ろうとしない。
 そんな快斗に、花梨は「出てって!」と怒っていた。
 トイレを済ませ、ドアを開けたら目の前に快斗がいて、花梨はまたドン引き。

 快斗曰く、いつ何が起こるかわからないからだそうだが、寺井しかいない開店前の店のどこに危険があるというのか。

 心配しすぎだと花梨が告げても、「花梨が教えてくれるまでは好きにする」と意見を曲げず……。

 帰りにショッピングモールへと寄り、青子にばったり会ったら「花梨ちゃん、快斗の目つきやばいけど平気? 花梨ちゃんに近づく人みんなに咬みつきそうな勢いだったよ」とこっそり耳打ちされた。

 実際、ショッピングモールのフードコートで昼食を摂ったが、快斗はキョロキョロと辺りを見回し、警戒していたようだった。
 花梨が自分で注文した料理を取りに行くときも、「オレが行く。じっとしてるんだぞ、どこにも行かないで」と念押しして取りに行く。
 戻って来ると花梨に男性客が纏わりついていたため、快斗は相手を睨みつけ、喧嘩を売るように追い払っていた。

 ……そこを青子に見られたらしい。
 青子から見た快斗は、かなり危険人物に見えたそうだ。

 何度「大丈夫だから」と言っても、彼は聞く耳を持たず。
 いっそ嫌われるのもありかと冷たい態度を取ってみても、「そんなつれない花梨も好き♡」と受け入れられてしまう。

 好意を向けてくれるのは嬉しいが、これは行き過ぎなのではないだろうか……。
 これまでまともに人間関係を構築してきていない花梨には、その距離感が適切なのかどうか――まだよく掴めていない。
 ただ少し負担に感じてはいた。


「今日も洗ってあげる♡」

「……好きにして」


 もう何を言ってもダメな気がして、花梨は快斗の好きにさせることにした。
 金曜の夜からなので、少し慣れてきたかもしれない。

 髪を優しく洗ってくれたり、身体も優しく洗ってくれて、少しいたずらもされて――二人でじゃれつく時間は別に嫌いじゃない。
 これでも花梨は快斗のことが好きなので、ある程度は許容しているわけで。


「は~……さっぱりした」

「ドライヤーしてあげる!」


 シャワーを済ませ、バスルームから出た二人は服を着替える。
 快斗が洗面所からドライヤーを持ってきて、花梨にソファに座るようにと促した。


「……快斗は過保護だねー。人の世話なんか嫌じゃないの?」

「ん? そうか? 花梨の世話楽しいけど?」

「そうですか……」


 ――もう、なにを言っても……。


 ドライヤーの熱風が熱くないかと途中訊かれながら、白い髪が風に揺れる。
 ちらっと背後を窺えば、目が合った快斗は嬉しそうに目を細めていて、たまに髪にキスを落としていた。

 ……この四日間、かなり甘やかされてしまったように思う。
 今までこんな風にお世話されたことのない花梨は、居心地が悪くて仕方ない。
 とにかく、くすぐったくてしょうがなかった。

 その後、快斗リクエストの玉子焼きを作り、インスタント味噌汁とミニトマト、作り置きのひじきの煮物と冷凍ご飯をチンして食べる。


「なんかこういうのってさ、新婚夫婦みたいだよなー♡」

「っ……」


 快斗が嬉しそうにそう言うから、花梨はにこっとはにかんでおいた。
 そうして食事を済ませ片付けを始めた頃――。


「快斗、帰らなくていいの? お兄ちゃんたち警察官だよ?」

「いいの! 立ち合おうと思って。嫌だった?」

「……そういうわけじゃないけどあなたが心配で……」

「オレのことはオレが考えるから大丈夫。花梨は気にしなくていーよ」


 食洗機に食器を詰めつつ、ソファで寛ぐ快斗にそれとなく帰るように促したものの、快斗はテレビのチャンネルを次から次へと変えてにこにこ。
 声も表情も一見穏やかだが、怒ってるように見えるのはなぜなのか。


「……」


 ――それ、私のセリフだよ……。


 花梨は、自分のことは自分でどうにかしようと思っているというのに。
 ……どうやら彼は関わる気満々らしい。

 そんな時。


 “ピンポーン!”


 ……インターフォンが鳴った。
 時刻は連絡で貰っていた通り、十時三十分ぴったりだ。


「お、来たな。オレ出るよ」

「えっ!? ちょ、ちょっと待って……!」


 快斗が立ち上がりモニター親機へと向かうのを、花梨は止める。


「なに? 別に彼氏が出てもよくね?」

「……そういうものなの?」

「そういうものなの!(ぜってー違うけど……)」


 花梨が戸惑っている間に、快斗はモニターの通話ボタンを押した。


『やあ、花梨ちゃん』


 ……モニターには降谷と伊達、松田の三人が映っている。


「あ、れぃ……んむっ!?」


 降谷が親しげに手を上げた瞬間、快斗の手がひらりと伸びて、花梨の口を封じた。


「し……はい、今開けますねー……!」

『……』


 快斗の声が聞こえた途端、三人が顔を互いに見合わせた。
 オートロックを解除し、一旦インターフォンの接続を切る。

 インターフォンの接続を切るか、切らないかのタイミングで――。


「快……ンンッ!?」


 快斗は自身の唇を押し付け、花梨の言葉を奪った。


「……花梨、浮気すんなよ」

「なっ!? なに言って……! するわけないでしょ……!」


 さっきまでにこにこしていたはずの快斗の目が、今は鋭く、射抜くような光を宿している。
 攻撃的な瞳だというのに、その奥にはどこか縋るような不安が見え隠れしていた。


「ああ、信じてるさ♡ オレは花梨一筋だからな!」

「……快斗……」

「オレ、あのにーちゃんたちが来る前に、ちょっとトイレ行って来るわ」

「あ、うん……いってらっしゃい……」


 再びいつもの笑顔に戻った快斗に、花梨は違和感を抱きながらも見送った。


「……くっそ、なんだよあのイケメンズ……! 歳離れてるっていうからちったあ安心してたっつーのに……!!」


 ――ああ~~!! ダメだっ!! イライラしかしねえ……!!


 あの金髪、なにが「やあ、花梨ちゃん♡」だよやらしー声出しやがって……!
 どう考えてもあれは狙ってるだろ!
 花梨も嬉しそうな顔してたし……!

 もう一人の黒髪の奴もニヤついてたな……。
 そういや一人だけかなり年上がいた……上司か?


 ……トイレに入った快斗は花梨の言っていた“警察のお兄ちゃん”たちが思いのほか若く見えて苛立って仕方ない。
 あの三人が花梨の家に入り浸っているという事実……。
 三人ともそれぞれ顔が良く背も高そうで、花梨が面食いなのではと疑うほどだ。


「花梨の浮気者ー! 好きだぁー、こんちくしょー!!」


 ――花梨の動画観よ……。


 スマホを操作し、花梨フォルダを開く。
 こっそり撮った眠る花梨を眺め、なんとか悶々とした気持ちを落ち着かせる快斗。


 ……リビングから花梨がくしゃみする音が聞こえた。



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