白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
005:追憶②



「新ちゃん、蘭ちゃん元気でね」

「……おまえもな」

「葵くん行かないでよぉおおっ!」


 元々家族ぐるみで付き合いがあったこともあり、葵の母が亡くなった後、葵はしばらく工藤家で世話になっていた。

 ところがある日別れは突然訪れる。
 葵が父親とともに、米花町から引っ越すことになったのだ。


「ごめんね、蘭ちゃん。ボク、お父さんについて行くことになって……」

「うわああああんっ!! やだよぉおおおおっ!」

「蘭ちゃん……。ボクもイヤだよ……ぅぅ……」


 工藤邸まで見送りに来た蘭は、葵に縋りつき、葵はそんな蘭を抱き留める。
 保育園でたくさん遊んだ大事な友達が居なくなるという事実に、蘭の瞳から大粒の涙が溢れていた(園子は家の事情で来られず後日「私の葵くんがぁああああ!」と泣きながら怒った)。

 涙を流し抱き合う二人の後ろでは、新一も涙を堪えている。
 蘭と仲がいいという嫉妬もあって、なかなか仲良くなれていなかった新一と葵の二人だったが、同居中にすっかり仲良くなり、食事だけじゃなく風呂にも一緒に入り、一緒に寝たりもした仲だ。
 ……別れが悲しくないわけがない。

 そんな別れを惜しみ合う子どもたちの側で、大人たちも別れの挨拶をしていた。


「……で、――だったのか?」

「はい……、優作さんが言うように概ねその通りだと……」

「そうか……。しかしあの子もいるんだ、無茶はしないように」

「……はい」


 新一の父である【優作】と、葵の父親である【朔太郎】が何やら話をしている。
 葵の母、雪音が亡くなった原因は交通事故だったのだが、不審な点がいくつかあり、優作がその不審点に気付いて事故ではなく、事件なのだと推理した……ということらしいのだが。

 工藤優作は世界に名を響かせる推理小説家で、類稀なる推理力で数多くの事件を解決している。
 警察からも協力を要請されることがあり、今回の事故はあまりにも不可解な点が多かったと指摘していたのだが、最終的に事故のまま処理された。

 朔太郎は刑事である。
 童顔で可愛く幼い顔をしているアイドル顔で、新一の母有希子の一つ年下、今でもたまに高校生に間違われるほど。

 近所に住んでいたことから葵の母雪音と仲良くなり、所謂ママ友の関係で、母親の名前に“ゆき”が互いに入っているのと、父親の名前にも“さく”が入っていることもあり、妙な親近感を覚えて互いの家を行ったり来たり。
 息子を持つ母親同士、有希子は亡くなった雪音と姉妹のように仲良くしていた。


「朔ちゃん、元気出してね。きっと犯人見つかるわよ」


 有希子が、元気のない朔太郎の肩をぽんぽんと優しく叩く。


「有希子さん……。お世話になりました。あの子に色々教えて下さって……感謝してもしたりません」

「あらいいのよっ、教えがいがあったわ~。……」


 朔太郎が深々と頭を下げると有希子は朗らかに笑った。
 新一の母工藤有希子、彼女は十九歳という若さで賞という賞を総なめにした世界的に有名な元美人女優。
 夫である小説家の工藤優作と恋におち二十歳という若さで結婚。あっさり引退して現在に至る。

 葵を預かる間、有希子は葵を実の息子以上に猫可愛がりしていた。
 いざお別れとなると悲しいのだろう、有希子は葵の横顔を悲し気に見つめる。


「お~い! 朔っ!」

「あっ、小五郎先輩!」


 ふいに遠くから呼ぶ声が聞こえた。朔太郎はぱっと顔を上げて声のする方へと手を振る。
 視線の先にはオールバックの髪型をした毛利小五郎。捜査一課の刑事で、朔太郎の先輩、そして蘭の父親でもある。


「はあっ、はあっ、間に合ったか。ほれ、これ英理からだ。あの子が好きなハムサンド。移動中に食わせてやれ。あとこれは少ないが俺から餞別だ」

「あ、ありがとうございます……。先輩すみません、何から何まで……」


 小五郎がやって来た途端、朔太郎はぽろぽろと涙を零し始めた。


「なっ、泣くな朔っ! お前は何でそうっ、っ、ああっよくそんな性格で刑事やってられんなあっ!」

「うっ、うっ……!」


 朔太郎の手に、差し入れの入った紙袋と餞別の入った封筒が手渡され、彼はまた泣いた。
 一課で世話になっていた小五郎。いつもぶっきらぼうな割りにドジな朔太郎の面倒を何かと看ていたからか、朔太郎は頼りになる先輩として小五郎を慕っている。

 “バンバンバン!”

 小五郎から激励という名の平手が背を叩く。気合を入れろとでもいうような強い力に朔太郎は「はいっ、はいっ」と叩かれた回数分だけ、メソメソしつつも頷いて頭を下げた。


「あらぁ、朔ちゃん泣いてる姿もカッワイイ~☆」

「有希子?」

「あら、ごめんなさい。あの子も朔ちゃん似で可愛くって、同居してて毎日楽しかったわ~」


 未だ少年のような面影を残す朔太郎の涙は、有希子の母性を刺激するらしい。朔太郎の泣く姿に有希子がなぜか笑う。
 隣にいた優作が涼やかに微笑むと、今度は葵に視線を移して目を細めた。


 ……葵は蘭と新一と別れを惜しんで話し込んでいる。
 そこへ蘭の父親である小五郎がやって来て、「元気でやるんだぞ」と励ます声が聞こえた。


「……雪ちゃんにも似てるところがあるから、将来美人になるわね」


 雪音を思い出しているのだろうか。
 葵を見る有希子の視線は悲し気だ。


「……」


 有希子の言葉に朔太郎も葵に視線を移し、困ったような顔をする。


「いつまでも隠し通せないだろう。ほどほどにな」

「……はい」


 優作から指摘された朔太郎は、眉を寄せ小さく返事をした。


 その時ブロロロロ……と車のエンジン音が工藤邸に近付いて来る。
 呼んでいたタクシーがやって来たのだ。
 工藤邸の前に停まったタクシーに朔太郎は荷物を運び込み、葵を引き連れて乗り込む。


「……新ちゃん、蘭ちゃん。お手紙書くね」

「きっとよ!」

「うん、きっと書くから」


 葵が窓越しに手を伸ばし、涙で頬を濡らす蘭と指切りをしている。
 新一はそのそばで黙ったまま涙を堪えた。

 ……タッタッタッタ。
 ふと、工藤邸の隣家から、見知った人物が小走りで葵の乗るタクシーに近付いてきた。


「はあはあ……葵くん!」

「……あっ! “あがしゃはかしぇ”!」

「! ふぁっふぁっふぁっ。……わしからも餞別じゃよ」


 やって来たのは工藤家の隣に住む阿笠博士だ。
 博士というのには理由がある。
 彼は発明家で、葵や新一にはよくわからない発明品を、日夜研究開発しているのだ。

 黒髪でまだアラフォーだというのに、すでに老人のような落ち着いた話し方をする。
 葵の舌足らずな物言いに、阿笠博士は目元を緩ませ、手にしていた小さな箱を差し出した。


「え……これ……」

「葵くんにはきっと必要な物じゃと思う」

「……ありがとう……」

「元気でやるんじゃよ」


 阿笠から受け取った箱を開いた葵がふわりと微笑むと、阿笠博士は葵の頭を優しく撫でる。


 ……そうして葵は父朔太郎と共に引っ越していった。










 十年前の別れが昨日のことのように思い出され、新一は少しばかり感傷に浸る。

 あの時、葵との別れに集中していたせいか、親たちの話は話半分で聞いていたためよく憶えていないが、葵の母親が、ただの事故死じゃないということくらいは気付いていた。
 後日優作に聞いたら、犯人を追うために朔太郎は異動を願い出て、地方へ移って行ったとのこと。

 同居しているとき、葵は最初は暗かったが、一緒に過ごしている内に少しずつ笑顔を見せるようになった。
 元はよく笑うやつで、爽やかスマイルが女子に人気で気に障っていたけど、このときばかりは笑顔を引き出してやるために、あれこれ気を揉んだものだ。

 笑顔が似合う奴だったな――なんて思い出していると、駅方面から見知った少女がきょろきょろと辺りを見回しながら走ってきた。


(さっきの……?)


 黒髪おさげ頭の少女が駆けて来る。
 ショッピングモールに買い物に来たのだろうか。
 新一は少女をなんとなく眺めた。


(あの子、顔がよく見えなかったんだよな……。恥ずかしがり屋みたいだったし……。)


 駅で妙な動きをする中年男性を見かけて後を付けたら、そいつは大人しそうな少女の後ろに付いて、臀部を触り出した。

 蘭なら自分で腕を捻り上げるだろうし、最近の中高生は強い子が多いから自分でどうにかするかもしれないと思い――距離もあったことから、証拠だけでも押さえつつ、少し様子を見ていたのだが、少女は怯えて縮こまり震えていた。
 周りは気付いているのかいないのか、見て見ぬ振りで居たたまれず、新一はすぐに助け船を出した。

 助けた少女は、東都では見ないセーラー服を着ていたことから、地方から来た中学生、もしくは高校生。
 背が小さく、かなりの細身……というより骨と皮だけと言っても差し支えない身体で。
 受け答えも恐々ふこわごわだったから、あまり刺激しないように努めて接した。


「……けど、目が可愛かった気がする」


 一瞬だけだが、上目遣いの目が合って、大きな瞳と長い睫毛に驚いた。
 分厚い前髪と眼鏡越しだったからはっきりしないが、目の色素が薄くて珍しいと思ったのだ。


「はあっ、はあっ、はあっ……」


 新一の近くまでやって来た少女が立ち止まって肩で息をした。
 そして、また辺りをきょろきょろと見回している。
 ここはショッピングモールの入口付近。夕食時ともあってか大勢の人がショッピングモールへと吸い込まれていく。


(誰かを捜してる……?)


 新一は少女を見つめ、彼女の様子から誰かを捜しているのだと気が付く。
 人を捜すには前を向かなければ見つけられない。さっきまで俯いていた顔がはっきり見えた。


「……あの顔……?」


 前を向いた少女の顔に既視感を覚える。


「あっ」

「え?」


 しばらくじっと見ていたからか、ふと目が合った。
 少女が「さっきの」と言うので、新一は「どうも」と返した。


「先ほどはありがとうございました」

「いえいえ」

「あの……、この辺で人と待ち合わせているんですけど、人が多くって……待ち合わせによく利用されている場所って、ここの他にありませんか?」


 さっきと打って変わり、少女は新一としっかり目を合わせて話しかけてくる。
 よく見るとやっぱり目の色素が薄く、目を惹く子だ。


(……さっきは気付かなかったけど、この子、めちゃくちゃ可愛くねーか……?)


 腕や脚は貧相だが、胸はそこそこ……。
 ……多少なりともスケベ心が出てしまうのは、思春期を迎えた男子ならでは。

 一見すると、彼女は地味な見た目であるが、よく見れば小さな顔に、抜けるように白い肌、精巧に作られた人形のように見える。
 だがやっぱりこの顔、どこかで見たことがあるような――。

 新一は“まさかな……”なんて思いながら答える。


「待ち合わせ? あー……この入口付近だけかなあ……オレも待ち合わせをしてるんだけど、まだ来てねーみてーで。それか、もう先に行っちまったのかも」

「そうですか……。私のせいで遅れてしまったんですね。申し訳ございません」


 少女はまた深々と丁寧なお辞儀をした。
 流れるような品のいいその所作から、育ちの良さを感じる。


「あっ、いやっ! そんな改まらなくても! もう少し待って連絡取ってみるから気にしないでくれ」

「すみません……。私も連絡してみようと思います」

「そう、だな」


 互いに背を向け、それぞれスマホを手に電話をかけ始めた。

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