白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
055:仲間を紹介するよ
◇
結局、じゃあ花梨も一緒に……ということで、快斗は花梨を引き連れとある場所へと向かった。
「ここって……」
「いつか紹介しようと思ってたんだ。丁度いい機会だから仲間を紹介するよ」
快斗が花梨を連れて来たその場所とはとあるお店で……。まだ開店前の看板は仕舞われたまま。
だが、そこは花梨にとっては馴染みのある場所だ。
……プールバー、ブルーパロット。
「ジイちゃん! 来たぜー、例のアレ用意できてる?」
「快斗ぼっちゃま! ……と、花梨ちゃん!?」
「え? 花梨ちゃん……?」
快斗が店のカウンター奥にいた寺井に声を掛けると寺井は快斗の後ろ、花梨に気が付き声を上げた。
「コウちゃんこんにちは! 先週ぶり!」
「ふふふ、お元気そうですね。ココアでいいですか? こちらへどうぞ」
「はい! あ、私お手伝いします」
寺井が席を勧めるが花梨はもう何度も入っているのか自然にカウンター奥へと入って行き、寺井の隣でココアを入れ始めた。
「ちょ……、花梨!?(コウちゃんて……)」
快斗はしばらく何が起こっているのか把握できないまま、カウンター内で親し気に「花梨ちゃん」「コウちゃん」と語り合う二人を呆然と眺める。
話題はビリヤードやら日常会話のようだが、困惑中の快斗の頭では理解不能。
そのうちココアが入り、テーブルの上にカップが置かれた。
「……は!? えっ!? なに!? ど!? どういうこと!?」
「甘くておいし~……♡ コウちゃんのココアすき~♡」
いつの間にかカウンタ―内から出てきた花梨は快斗の隣に腰掛け、カップを傾けココアを美味しそうに飲んでいる。
寺井から「ほっほっほっ」と上機嫌な笑みが零れた。
「花梨ちゃん!!」
ようやく我に返った快斗は花梨の両肩に手を置き、詳細を訊ねるものの。
「いやはや、快斗ぼっちゃまと花梨ちゃんがお付き合いをされているとは……」
「ふふ、世間て狭いですねー」
寺井が隣同士で並ぶ二人に優しい視線を送る。
先ほどココアを入れている間に花梨とのやり取りで聞いたようだ。
……花梨は湯気の立つ温かいココアにふーふーと息を吹きかけている。
「なあ、コウちゃんって何!? なんで二人そんな親しげなの!?」
快斗はさっきから、花梨とジイさんを交互に見て声を荒らげている。
「え? あ、コウちゃんとはお友達なの。今は時々ビリヤードを教わってるんだ~」
「ええ、ええ。花梨ちゃんとは以前から仲良くして頂いて。先週もいらしてビリヤードを少々」
「「ねー♡」」
“はい、タッチ!”と花梨と寺井が互いの手を打ち合わせる。
その光景、昨夜も見た気がする……。
(またハイタッチしてやがる……!)
「がーん! 花梨ちゃん交友関係広過ぎだろ!」
昨夜のビートルのおっさんに続き、今度は自分の右腕であるジイさんまで。
世界で一番彼女のことを知っているつもりだった快斗は、知らない間に花梨が築いていた“彼女だけの世界”の広さに、めまいを覚えた。
……やっぱり花梨の周りには男が多い。
どいつもこいつも花梨狙いなんじゃないかと快斗は不安になる。
「え、そうかな?」
「……花梨て浮気者だ」
「う、浮気って……別にビリヤードを教わって、お茶して帰るだけだよ?」
「……ビリヤードくらいオレが教えてやる。教えてやっから一人でここに来んのやめてくんない?」
突然快斗の両手が花梨の手を掴み、ぎゅっと包み込む。
「快斗……」
「今日は時間がねぇから無理だけど、今度からオレと来ような! なっ!」
「……っ、それは……」
……快斗から決定事項のように告げられた花梨は俯いてしまった。
「……コホン、快斗ぼっちゃま。束縛が過ぎると嫌われますよ……?」
花梨の様子に寺井が快斗に近付き、こっそり耳打ちをする。
「そ、そくっ!? ごめっ! そんなつもりじゃねーんだ! ただ」
傍に置いておかないと、花梨はすぐふらふらと猫のようにどっかに行ってしまいそうで……。
ふらふらと辿り着いた先で、誰かに懐いたらと思うと気が触れそうだ。
男女の関係を持ってから花梨も好きだと言ってくれるようになったし、嫉妬もしてくれて、互いの心の距離が近づいたとは思っている。
けれど快斗、自分以外の人間も大事にする彼女はどこか危うさもあって、未だ不安なのだ。
「……」
「花梨、ごめん! 花梨を束縛しようとかそういうんじゃなくて」
「……ん、私、束縛は嫌いだなー……」
「っ……!」
花梨からきっぱり言われ、快斗の胸がずきりと痛む。
本当は束縛して常に彼女を独占したいが、嫌われるから口には出せない。
そんな快斗に花梨は。
「……でも、快斗のことは好きだから、できるだけあなたの気持ちに寄り添いたいと思ってる」
「花梨……」
「……ビリヤード、教えてくれるの?」
「っ、ああっ! 任せてくれ! 手取り足取り教えてやっから!」
……花梨は少しぎこちなく微笑んでいた。
受け入れてくれたのだと思った快斗は精一杯の笑顔で応える。
花梨のその笑顔が無理して作っているものだと気付いても、そう取り繕うしかなかった。
「ふふっ、楽しみだなー! じゃあ、コウちゃん。これからは快斗と一緒に来ますね」
「ええ、お待ちしておりますよ」
――花梨ちゃんは大人ですね……。
二人を見るに、快斗に再び明るい笑顔を見せてココアを啜る花梨の方が一枚上手のようだ。
快斗を責めずに自分の気持ちもきちんと伝え、場を収めた。
快斗がちらちらと気まずそうに彼女の様子を窺っていることから、恐らく彼の方が想いが強いのだろう。
捉えどころのない彼女にやきもきする気持ちは、彼氏ならばわからなくもない。
彼女は自由な女性だから。
けれどとても心の優しい娘である。
さっきカウンター内で聞いた話では、快斗の正体ももう知っていると言うし、日々怪盗キッドとして活動する彼を癒すのは彼女しかいない。
……寺井は、目の前の若いカップルが末永く続くといいなと願わずにいられなかった。
「……で、ジイちゃん、例のアレなんだが……」
「ええ、ご用意できていますよ」
「さんきゅー! じゃ貰ってくよ。花梨、ここでちょっと待っててくれるか?」
「ん、わかった~」
快斗は花梨に言い残して寺井とともに店の奥へと消えていく。
花梨ははにかみ手をひらひらさせてそれを見送った。
快斗、彼の背を見ながら花梨は思う。
(快斗はずいぶん私に執着してるみたい……)
ちょっと気障で格好良くて優しくて、明るくてマメで、けれど独占欲がかなり強い彼。
あそこまで嫉妬深いと、特に何かした覚えのない花梨は少し戸惑ってしまう。
人からの好意はどれ位が適正なのかわからないが、それが嬉しい時もあれば、窮屈に感じることもある。
今まで一方的に誰かの好意を受け取ったことのない花梨は、快斗が異常なのかそうでないのか、その辺りの感覚に疎く追いつけない。
ただ快斗と喧嘩はしたくない。
花梨には時間がない。
……私にはあと一月しかないから、どうか私が居なくなった時、快斗が傷つきませんように。
彼は私に色んな初めてを教えてくれた人だから、最期まで大事にしたい。
快斗は好きだ。
彼といると、不思議と危険なことに遭遇しないから。
(……新ちゃんといると、あんなに色んなことに巻き込まれるのに)
磁石のようにトラブルを吸い寄せてしまう自分を、快斗の持つ不思議な運力が守ってくれているような、そんな安心感がある。
けれど、もしかするとそれは、恋心とは少し違うものなのかもしれない。
ほんの少し違和感を覚えたが、花梨の快斗を大事にしたいという気持ちは本物なのだ。