白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
053:お迎え







「ここから一人で大丈夫かの? 家までじゃなくてよかったのか?」

「はい。彼氏が迎えに来てくれるので」

「ほ~、ずいぶん愛されておるんじゃな」

「えへへ。みたいです……」


 快斗には車に乗っている間に連絡を入れた。
 メッセージで「すぐ行く、明るいところで待ってて」と書かれていたから、二、三十分くらいで着くだろう。


「あ、博士。これ、新ちゃんに返しておいてもらえますか?」


 車を降りようとした花梨は、肩に掛けていた重みに気づき、慌ててジャケットを脱いだ。
 小さくなった新一が、ぶっきらぼうに貸してくれた高校生サイズのジャケット。


「おっと、そうじゃったな。預かっておこう」

「お願いします。……新ちゃんによろしくね」


 手渡したジャケットには、まだ新一の体温が微かに残っている気がした。
 それを博士に託し、花梨は夜の駅前に一人立つ。

 ジャケットを脱いだ途端、夜風がダイレクトに肌を撫で、思わず身を縮めた。
 けれど、心はどこか軽い。
 これを着たまま快斗に会えば、彼はきっと悲しそうな、あるいは恐ろしい顔をするだろうから。


(……早く、快斗に会いたいな……)


 快斗の姿を思い浮かべる花梨に、阿笠はにこにこと笑顔を見せる。


「フォッフォッフォ。花梨くんの幸せそうな顔が見れてよかった」

「おやすみなさい、博士」

「ああ、おやすみ花梨くん」


 花梨が別れの挨拶に手を突き出すと、阿笠がその手にタッチし、パチンと軽い音が鳴った。
 去りゆくビートルのテールランプを見送ろうとした、その時だった。


「花梨っ! こっち!」


 背後から“プップー”とバイクのホーンが鳴り、すぐに声を掛けられた花梨は目を見開く。


「へ……? あっ、快斗!? もう来たの!?」


 ……快斗がバイクに乗ってやって来ていたのだ。


「今の誰だよ……! あれが警察の兄ちゃんか? 兄ちゃんじゃなくおっさんだろ! 歳離れ過ぎだって!(なんで親しげにタッチ♡ なんてしてんだよ……!)」


 バイクを停め、降りた快斗が不機嫌そうに、もう見えなくなった博士のビートルが走り去った方角を一瞬見て、花梨の側にやって来る。


「えぇ……?(ハイタッチは、ダメだったのかな……?)」

「“えぇ”じゃねーよ! オレ、花梨が心配で近くまで来ちまってたんだぜ!」

「え……ち、近くって……」


 近くにいたとはどういうことだろう。
 車の中で連絡を入れたのは大体五分前くらい。快斗の家から五分で来れるような距離ではないはずなのに、彼は今、ここにいる。

 もしかして、さっき新一の家で通話したあとすぐに家を出たのだろうか……。


「花梨が昔、米花町に住んでたって言ってたから、もしかしたら用事ってこの地域で足すのかなって思って」

「あ……。すごい、正解……。よくわかったね……」


 花梨が目を丸くすると、「だろ?」とでも言うように快斗はニコッとはにかんだが、すぐに半目で訝しい顔をした。


「で、さっきのおっさんは?」

「……んと、彼は昔お世話になった人。警察じゃないよ。昔私が苦しい時、助けてくれたんだー」


 ――したくない男装をさせられて苦しかった時、博士は「君は女の子じゃよ」って頭を撫でてくれた。


 快斗に幼少期の話はまだしていないから彼は知らないが、引っ越す時に博士がくれたプレゼントは髪留め。
 リボンにカメオがついた女の子向けの愛らしいデザインだった。
 知らない間に失くしてしまったが、とても嬉しかったのを花梨は憶えている。


「ふーん。花梨は色んな人に助けられてるんだな」

「え」

「はあ……こんだけ可愛きゃ放っておけねーもん……しゃーねーよなあー……」


 快斗は納得いかないような顔をしながらも、花梨の冷えた頭を優しく撫で、そのまま自身の胸の中へと引き寄せた。
 花梨を抱きしめた途端、快斗の眉が一瞬だけ寄せられる。
 ……けれど、何も言わなかった。

 今は、彼女が無事でいた事実が重要で、他のことはどうでもいい。


「あ……、私、いつも助けてもらってばっかりだね……ごめん……」

「あっ、謝んなくても……」


 米花町に住んでいた頃。花梨は自分の意思とは関係なく男の子に扮するよう両親に強要されていた。
 そんな中、新一たちは知らなかったが、両親以外の大人たちは皆花梨を女の子としてきちんと扱ってくれていた(両親から気づかれない程度にだが)。

 花梨の母、雪音が亡くなって工藤家で一時期暮らしていた頃、新一の母、有希子が花梨に女児の服を着せ連れ出したことがある。
 「女の子同士デートしましょ♪」なんて優しく接してくれた。

 その出先でばったり蘭の母、【妃英理】と会い「花梨ちゃん、スカート似合うじゃない、可愛いわ」と褒めてもらった。

 蘭の父、毛利小五郎に会った時も「おめーはおめーなんだから無理すんなよ」と笑顔で頭を撫でてくれた。
 家の中でも工藤夫妻はユニセックスの服を用意してくれて、男の子でいることは強要されなかった。

 ……花梨が女の子として過ごし始めたのは小学五年生からだ。

 もちろん学校での性別は女だったが、見た目は男の子のままだった。
 小四までは栄養が足りずに身体も育たず、成長を拒むように細いままでいた身体。女の子らしい身体つきにはならなかった。

 五年生になった頃から二次性徴を迎え、花梨が男の子に変装するのは難しくなる。
 女性特有の丸みを帯びた身体に腰のくびれ、膨らみゆく乳房。どこからどう見ても女の子としか見えない容姿。

 ……父・朔太郎は花梨の男装を渋々止めさせた。
 元々朔太郎は花梨を実姉に預けたままであまり帰って来なかったのだが、その頃から更に花梨の元に帰らなくなった。
 花梨は伯母の元で暮らし、時に伯母の夫から殴る蹴るなどの酷い扱いを受けた。

 今となっては、あれがあったから今の自分があるのだと自身の底に落とし込めてはいるが、友達も殆ど出来なかった灰色時代を思い出すと少し感傷的になる。

 女の子同士で遊んだのはたった一人だけだ。
 彼女は今、どうしているだろうか。
 もう会うことはないだろうけれど、もう一度会えたら花梨はお礼を言いたい。

 ……あの頃自分が大人たちに訴えていたら、女の子として過ごせていたのだろうか。
 両親は虐待していたわけじゃない。ただ男の子でいなさいと言っていただけ。
 他人の家に口を挟むことは大人の世界では難しいこと。
 けれど、今考えれば出来る範囲で皆助けてくれていたのかもしれない。


 ……快斗の何気ない一言で、花梨はそのことに気が付いた。


「……私、本当にいろんな人に助けてもらってる。ありがとう、快斗……っ」

「え? え? 花梨ちゃん……!?(泣いてるっ!?)」


 ぐすぐすと鼻を啜る花梨にぎょっとして、快斗はポンポンと背を撫でてやる。


(……何に感謝されたのかは分かんねーけど。今、花梨の瞳を濡らしてんのがオレだってのは、悪くない気分だ……)


 なにか不味いことを言ってしまったのかと思ったが、花梨はすぐに顔を上げた。


「……」

「……だ、大丈夫?」


 ――ああ、もうっ、泣き顔可愛すぎ……!


 快斗が様子を窺うとまだポロポロと涙が零れているが、花梨の口角は上がっている。


「うん、気づきをありがとう。快斗と付き合ってから、色んなことに気づけて勉強になる」

「勉強って……真面目か!」

「えへへ……快斗、だいすきだよ……♡」

「っ、オレもっ!!」


 涙を流したまま笑う花梨が可愛くて、快斗は花梨をぎゅっと強く抱きしめた。


「そろそろ帰ろうぜ?」

「ん、どっちのお家に……?」

「……っ、……どっちにしようかな……」


 ――オレん家でもいいし、花梨ちゃん家でもいいんだよな~。


 いつでも泊めたり泊まったりは、一人暮らしの醍醐味。
 ……大型連休だから明日も休みだ。

 どちらかの家に泊まるのもいいだろう。
 というかもとより快斗はそのつもりであった。

 花梨をバイクの後ろに乗せ公道を走らせる。
 安全運転第一。
 二人だけの夜を邪魔されないことを祈りながら、二人は帰路についた。



54/116ページ
スキ