白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
052:スマホの呼び出し音
「……(新ちゃん……、コナンくんに改名しちゃった……)」
明日から“コナンくん”と呼んだ方がいいのだろうか……。
真剣にそんなことを考え始める。
階下では、蘭が「変な名前ねー」なんて眉を寄せている。新一は苦し紛れに父親がコナン・ドイルのファンだからこんな名前を……とかなんとか。
阿笠が慌てた様子で名前をツッコんでいたが、花梨は悪くないと思った。新一が付けそうな名前だと思ったからだ。
『それより新一は!?』
『さ、さっきまでいたんじゃが、なんか用があるって外に……』
……阿笠と蘭の会話はまだ続いており、蘭は新一を探すようにキョロキョロ。
頭上を見上げそうになったが――。
『おお、そうじゃ、蘭君!! すまんが少しの間、この子を君の家で預かってくれんか?』
『え?』
咄嗟に阿笠が蘭の注意を逸らしてくれた。
「……(コナンくんか……可愛い名前よね!)」
――小さな新ちゃん……いや、コナンくん? 本当可愛い!
未だ花梨は、小さな彼の呼び方を真剣に考え中……。
『ボク、ねーちゃん家がいーー♡』
『まあ、かわいー♡』
花梨が思案している間に階下では、阿笠の発案で新一を蘭の家で預かってもらう話が成立しつつあった。
新一はあざとく蘭の脚にくっつき、蘭も新一の可愛さに笑顔を見せる。
チラッと新一が頭上の花梨に目配せしたのは、恥ずかしかったからだろう……。
目が合ったので、無言でサムズアップしておいたが、一瞬ジト目を送られた。
そんな時――。
ピピピピピ。
静かな部屋にスマホの呼び出し音が響く。
……花梨のスマホが鳴った。
「っ!?」
――快斗だ……!
花梨が自分のポシェットに視線を送る。
「えっ、なに? スマホ? 新一いるの!?」
「っ!?(花梨!!)」
蘭と新一、阿笠までもが全員、頭上に視線を注いだ。
頭上を見上げたところで、身体の殆どはうず高く積まれた本の裏側に位置している。
すぐに見つかることはない……はず。
「っ、新一のやつ、スマホを置いて行ったようじゃな。さっきまで上にいたからのう。ワシが後で回収して渡しておこう」
「もー、新一ってば、たまに抜けてんのよねー! じゃあコナン君行こっか!」
「う、うん……」
ピピピピピ。ピピピピピ。ピピピピピ……。
着信は続いているが、阿笠に背を押され、蘭と新一は図書室を出て行った。
図書室を出る際、新一は頭上を見上げたが、花梨と目が合うことは無かった。
「……ごめん。連絡遅くなっちゃったね」
一人図書室に残った花梨はポシェットからスマホを取り出し、呼び出し相手の名を確認してから出る。
……相手は予想通り快斗だった。
『……無事か!? 用事終わった!? オレは家に着いて、今風呂から上がったとこ』
「そっか、おかえりなさい。無事でよかった。えっと……私も無事だよ。もうちょっとで終わりそう。終わったらまた電話するね」
『……何時でも待ってるから。必ず連絡して』
「ん、もうそんなに掛からないと思うから……」
通話が繋がった途端、快斗の声がいつになく必死で――。
幼なじみのピンチとはいえ、今一番大切な人を置き去りにしてしまった申し訳なさが、花梨の胸をちくりと刺した。
――帰ったら、自分からたくさんくっついてみようかな……。
通話を終え、そんなことを考えていると阿笠が戻って来た。
「花梨くん、もう出てきていいぞ」
「阿笠博士。新ちゃ……あ、コナンくんは、蘭ちゃんの家に行くことになったのね」
「ああ、彼女の家は探偵事務所じゃからな」
「なるほど! そこなら新ちゃんに薬を盛った人たちの情報が入ってくるかもしれないからね!?」
「そうじゃよ! さすが花梨くん、察しがいいのお!」
階段を一段一段下りながら話していると、途中から阿笠が手を貸してくれた。
「ってことは、今後新ちゃん……あ、コナンくんに会うには、毛利探偵事務所に行かなきゃいけないのね……」
「大丈夫かの?」
「……う、ん……、たぶん……」
……花梨の事情は阿笠も知っている。
蘭と対面するのに、もう少しだけ勇気が欲しい。
最後の一押しを誰かがくれたらいけそうなのだが……。
昔慕ってくれた可愛い蘭に、花梨はどうしてもがっかりされたくなかった。
「まあ、無理せんでもええ。花梨くんは偶然新一のことを知ってしまったが、この件にあまり関わらない方がいいじゃろう」
「私も狙われるって?」
「……その可能性はあるじゃろうな。この家に出入りするのも控えた方がいいかもしれんのう」
「……そうですね。新ちゃんには悪いけど、そうさせてもらおうかな……」
――あと一月の命だもの、新ちゃんと関わらないのは淋しいけど、平穏無事で過ごしていたいから……。
阿笠に新一の件に関わるなと言われ、花梨は素直に頷く。
ただでさえ、一人で居るとトラブルに巻き込まれる体質なのだ。
新一の事件引き寄せパワーにまで巻き込まれたくはない。
……対面は最後の挨拶くらいでいいよね……、あとはメッセージでも送っておこう。
花梨は幼なじみの身を案じつつ、君子危うきに近寄らずで新一と会うのは控えることにした。
「ワシから伝えておこう」
「すみません、よろしくお願いします」
「あ、それで明日なんじゃが……」
「どうしましょう? コナンくんが来れないなら遠慮しとこうかな……」
「え」
「……未婚の男性と二人きりはちょっとマズイ気がして……」
――快斗、怒りそうだもんね……。
明日、本当なら新一と阿笠と三人でランチをする予定だった。
けれどこんな状態では無理だろう。
阿笠博士の家に一人で訪問したなんてことがバレたら、快斗が暴走しそうだ。
……新ちゃんのことも、零お兄ちゃんたちのことも口に出したら不愉快そうだったし、彼女が彼氏が嫌がることをするのはダメな気がする。
今まで特定の誰かと付き合ったことがなかったから気付けなかったが、快斗と付き合う中で、花梨は少しずつ人付き合いというものが理解できるようになってきた。
子どもの頃のまま、誰彼構わず無邪気に振舞うのはきっとよくない。
「か、花梨くん!」
「実は私、彼氏ができたんです。彼、ちょっと焼きもち焼きさんなので、軽率な行動は控えようと思って。あっ、もちろん博士とは年が離れ過ぎてるからそんなことはないと思ってますけど……。次の機会にしませんか?」
「あ、ああ、そうじゃな。もう遅いから家まで送ろう(楽しみにしてたんじゃが、カップラーメンでも食べるかの……)」
花梨の手料理を楽しみにしていた阿笠はしょぼくれる。
だが世間の目がある。いまさら変人呼ばわりされるのは痛くも痒くもないが、女子高生を家に連れ込んだとなると話は変わってくる。
花梨が言うことももっともだと思い渋々同意した。
「あ、だったら駅までお願いしてもいいですか?」
「構わんよ」
「ありがとうございます」
……こうして花梨は、阿笠に車で米花駅まで送ってもらった。