白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
051:ボクの名前は、江戸川コナンだ!


「ダッセー、ガキの頃の服がピッタリだぜ……」


 花梨が阿笠を連れて来てくれる間に、新一は自室で古い衣装ケースから引っ張り出した服に袖を通す。
 姿見に映る新一はどう見ても小学生。もう高校生とは呼べない。


「くそっ……なんでこんなことに……!」

「新ちゃん……? あ、ここにいた。阿笠博士は図書室に通しておいたよ?」


 ダンッ! と新一が姿見に拳を打ち付けたところを、部屋にやって来た花梨は見てしまった。


「花梨……」

「……、行こ?」

「……ああ」


 花梨は何も言わずに手を差し出し、行こうと誘う。
 何も言わない花梨に新一も余計なことは言わず素直に手を取った。

 ……昔、こうしてよく手を繋いだっけ。
 ……あの時は新ちゃんが先導してくれたけれど。

 身長差はついてしまったが、懐かしい記憶が二人の脳裏に浮かぶ。


「なー、花梨。博士信じてくれっかな」

「新一、大丈夫ぢゃよ! わしに任せるんぢゃ!」

「……、それ博士の真似か? 似てねー……」


 ――声がな、オメー可愛すぎんだよ……。


 図書室に向かう間、花梨は阿笠博士のものまねをしてみたが、新一からはジト目をいただいた。
 不評のようだ。


「そかー、んー……まだまだぢゃのう……。結構似てると思ったんぢゃがなあ……」

「ぷっ! まだやるか。……ったく」


 わざと道化を演じて明るく振る舞う花梨に、新一は思わず吹き出した。
 彼女の纏う柔らかな空気が、氷のように冷え切っていた新一の心を、少しずつ、けれど確実に溶かしていく。


「ふふっ、まあとりあえず相談してみよ! 私もいるからきっとわかってくれるよ」


 新一から笑顔が見えて、少しは元気になってくれたかなと、花梨は微笑んだ。










「花梨くん? も、もう一度尋ねるんじゃが……」

「はい」

「こ、この子が新一じゃと……?(確かに新一の幼い頃に似てはいるが……)」


 図書室で待っていた阿笠に目の前の小さな少年が新一だと説明すると、彼は信じられないといった顔で目を丸くした。


「……はい、たぶん?」


 問われた花梨はにこっと微笑み首を傾げる。


「おい、花梨。オメーは信じてくれてたんじゃないのかよ」

「……えへへ。そうです!」


 すかさず新一に睨まれた花梨は言い直す。


「この子が新一じゃとぉ~っ!?」

「あーもうっ! じゃあ、証明すりゃいいんだろ!? 明日博士は花梨の手料理が食べられるからって、今晩は食事抜くって言ってたから今腹ペコなはずだ。けど、断食なんてできない博士は花梨用に買った人形焼きをつまみ食いしてただろ!」

「ちょ、なぜそれを……! 人形焼きを買いに行くことは新一しか知らないというのに……!?」


 にわかには信じられない阿笠に新一は自身で証明しようと試みる。
 今日、阿笠は明日のために人形焼きを土産に買って来るつもりでいると朝会った新一に話した。その時にプチ断食についても話したが、新一しか知らない。

 ……それに腹が減ってつまみ食いはしたことまでなぜわかるのか。


「あ、そういえばインターフォンに出たとき、もぐもぐしてたような……?」


 花梨がインターフォン越しに阿笠の話し方が口に物を入れた状態であったことを告げる。


「髭に食べかすが付いているんですよ! 阿笠博士! それに博士はおしりのホクロから毛が一本出てる!!」

「新一! そんなところまで花梨くんにバラすんじゃない! 恥ずかしいじゃろが!」


 新一の畳み掛けにより、阿笠は少年が新一だと納得してくれたらしい。
 花梨は「まっ」と口元に両手を当て驚いた顔ををした。


「まったく……多感な女子高生におじさんの恥部を晒すとは……」

「あ、ふふっ。おしりのホクロから毛も出ることだってありますよね!」

「花梨くん……」


 ちらっと阿笠が花梨に目配せすると、花梨は明るく微笑む。
 ……阿笠は泣きそうな顔で笑った。


「で……、未完成だったその薬の不思議な作用で身体が小さくなってしまったんじゃな?」

「薬の成分がわかれば博士なら解毒薬を作れるんじゃないかと思ってお呼びしたんです。阿笠博士は天才だもの!」

「ホホッ。……そうじゃな……成分がわかればあるいは……」


 新一の身体が小さくなった経緯を話し、花梨が天才だと褒めると阿笠の顔が一度緩んだ後にキリッとした顔に切り変わる。


「ホントか!?」

「それにはまず現物がないとなんともじゃが……」

「じゃあ、奴らの居場所をつきとめて、あの薬を手に入れればいいんだな!!」


 黒ずくめの男たちがいる場所さえわかれば、薬が手に入る。
 薬が手に入れば分析して解毒薬を作れる。
 安易な考えだがそれが一番手っ取り早い解決方法だ。


「新ちゃん、居場所をつきとめるなんて危険だよ……」


 花梨が眉をハの字にして新一を見下ろした。


「こうなったら、まずは蘭に事情を話して、親父さん経由で目暮警部に繋いでもらって……」


 新一は腕を組みぶつぶつと今後の計画を立てていくが、その様子を見ていた阿笠は突然新一の肩を掴んで大きな声を上げる。


「新一君!! 小さくなった事はワシら以外に言ってはならんぞ!!」

「え? なんで……」

「君が工藤新一だとわかったら、また奴らに命を狙われるじゃろう!! それに君の周りの人間にも危険が及ぶ!!」

「……」


 ――周りの人間に危険が……?


 確かにそうかもしれない。
 人を殺すのに一切の躊躇がない連中だ。
 自分が生きていると知られたら、命を狙われることくらい簡単に気付けそうなものなのに――。

 ……阿笠の言葉に新一は黙り込んだ。


「いいか!! 君の正体が工藤新一である事はワシと花梨くんと君、三人の秘密じゃ!! 決して誰にも言ってはならん!! もちろんあの蘭君にもじゃぞ!!」


 阿笠がそこまで言い切った時だった。


『新一ー、いるのー?』


 “もー、帰ってるんなら電話ぐらい出なさいよー!! カギ開けっ放しよー!!”


 ……蘭の声が玄関の方で聞こえた。


「ら、ら……蘭だ!!」

「いかん、早く隠れろ!!」


 蘭の声が聞こえた途端、新一と阿笠が慌てだす。


「か、隠れろったって、どこに!? あっ、花梨っ!! オメーも早く隠れろ!!」

「えぇっ!? 私もっ!? ってそーか! じゃ、今日はここで! また明日ね!」

「あっ、おい……!(早え……!)」


 急に振られた花梨は軽く手を上げたと思ったら、素早く移動式の書架階段を駆け上がり、本棚の上の階に身を伏せた。
 図書室は吹き抜け構造であるため注意深く見れば見つかる可能性もあるが、手摺の奥に身を伏せておけばよくよく探さないと気付かれないだろう。

 その間に新一は優作の机の裏側へ……。

 ……花梨と新一がそれぞれ身を隠したタイミングで蘭がやって来た。

 蘭の応対は阿笠に任せたものの、小さくなった新一はあっさり見つかってしまい。
 焦った新一は机の引き出しから父優作の眼鏡を拝借。
 レンズを抜いてサッと掛けた。




『ボ、ボクの名前は、江戸川コナンだ!!』




 ……蘭に詰め寄られ、優作の眼鏡を掛けた新一がそう告げた瞬間。
 偽りの名が図書室に響くのを、花梨は吹き抜けの二階から、祈るような心地で見届けていた。



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