白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
049:小さくなった幼なじみ
◇
「ふぅ……男子トイレも混んでるみたいだな~」
――リスのトロッピー可愛かったな♡
夜のパレードが終わり、トイレを済ませた花梨は、少し離れた場所で男子トイレの待ち行列を眺め快斗を待つ。
……そろそろ閉園時間だ。
快斗とバイクに乗って来たから人が多くいる間に帰りたい。
なぜなら、快斗はまだ十六歳。
十六歳になってすぐ免許を取ったとして、彼の誕生日は来月六月二十一日。今日はまだ五月。
バイクの二人乗りは免許取得後一年以上経過しないと違反になる。
運転が上手いから危険運転なんかで声を掛けられることはないと思うが、検問があったりすればアウト。後ろめたさもあるからしれっと涼しい顔で帰りたいのだ。
「はあっ、はあっ、はあっ……!」
快斗を待つ花梨の視界にふと、頭に包帯を巻いた小さな男の子が必死で走ってくるのが見えた。
その男の子の服装、サイズが全く合っていない。
ダボダボのジャケットにパーカー。巻きに巻いた裾のズボン。
(……あれ? あの服、どこかで……?)
男の子の服装が、今日新一が着ていたものと似ている。
花梨がそう思っていると、男の子の遥か後ろから警察官らしき人たちが走ってくるのが見えた。
警官に扮した誘拐犯にでも追われているのだろうか。
いや、警察犬もいるようだ。
……ということは、男の子は警察に追われている……?
推理下手な花梨がわかるはずもないが、必死の形相で逃げる男の子が不憫に思える。
なんだか放っておけなくて、花梨は男の子を追いかけることにした。
「……はあっ、はあっ、はあっ! くそっ! くそぉ!!」
目の前で走る男の子は推定五歳~七歳といったところか。
勢いよく走ってはいたものの、体力がないのか次第に失速していった。
……なにかに憤るように叫んでいる。
自宅ジム効果か、逃げ慣れか。花梨は男の子を追いかけて来たが、息も上がることなく余裕で追い付いた。
「……可哀想に。そんなにボロボロになって、どうしたの?」
「っ、誰だっ!? ……って花梨っ!!」
「え?」
花梨の声で男の子は立ち止まって振り向き、名を呼んだ。
突然名を呼ばれた花梨は目を瞬かせる。
「花梨っ! オレだよオレ!」
……さっきまで逃げていた男の子が近付いて来た。
「お、オレオレ詐欺……? 新しい経験ね……!」
「バーロ!! なに言ってんだオメー! オレだよ、新一!! 花梨、オメー……丁度いいところに! 助けてくれ!」
「新一? キミ、新一くんていうの? 確かにお姉さんの知り合いにも新一くんていう子はいるけど……キミ、迷子だよね? 親御さんはどこにいるのかな?」
「花梨っ! オレがわかんねえのかよぉっ!?」
ツッコミを入れつつ、男の子は花梨に近付き、ワンピースの裾を掴んで必死に訴えかけてくる。
その瞳には、悔しそうに微かな涙が滲んでいた。
なぜこの子は私の名前を知っているのだろう……。
不思議に思いながら花梨は彼と目線を合せるためにしゃがんだ。
暗くて始めはよくわからなかったが、同じ目線になるとわかる。
この男の子……花梨には既視感がある。
「……、……ちょっと向こう行こう」
「え」
「誰か来た。抱っこするね」
「へ? あっ!」
花梨は男の子を抱き上げ脇道に逸れた。
彼を抱き上げた瞬間、心臓を鷲掴みにされるような冷たい悪意が流れ込み、花梨は思わず息を呑む。
(……っ、何、これ……。暗くて、冷たくて、死の匂いがする……!)
視界がチカチカと点滅し、目の奥が焼けるように痛んだ。
「ここなら大丈夫かな」
「花梨……」
人通りの少ない通路に出て、花梨は男の子を抱き上げたまま近くにあったベンチに腰掛ける。
膝上に彼を乗せ、胴をしっかりと支えながら顔を真正面から見合わせた。
「……、新ちゃん。なにがあったの」
「っ、さすが花梨! わかってくれたか! オメー推理はダメダメだけど直感だけは鋭いよな!」
花梨が真剣な顔で問うと男の子――新一の顔が明るくなる。
だが次の瞬間、花梨の目が細くなった。
「可愛くなっちゃって、も~!」
「わっ!? なに言って、ちょっ、やめっ……!」
――ああっ……♡
不意にぎゅうっと抱きしめられ、小さくなった新一の顔が柔らかな胸元に埋まる。
密着した体温と、花梨特有の甘い香りに包まれ、新一は顔を耳まで真っ赤に染めた。
……次第に花梨は新一の背をトントンと叩き出す。
「か、花梨……?」
「無事でよかったねえ……」
「っ、これを無事と言えるのかどうか……」
子どもをあやすような花梨の行動は、本来なら馬鹿にされているようで腹が立つ。
だが新一は、花梨の心配そうな顔に俯いてしまった。
「身体が縮んだなんて非現実的過ぎる……、顔見たら昔の新ちゃんだったからびっくりしちゃった。とりあえず家まで送るよ。途中で何があったか詳しく訊かせてくれる?」
「あ、ああ……」
――あれ? オレ、花梨にまだ事情話してねえよな……?
察してくれたのだろうか。
花梨は物分かりがいい奴だから、勘づいてくれたのかもしれない。
(……花梨の直感、恐るべしだな……)
何か腑に落ちないものの、新一は自らの身に起きたことばかりが気に掛かり、花梨を詮索する余裕はなかった。
そんな時、ピピピピピピ。
突然花梨のスマホが鳴る。
「あ、ごめん新ちゃん。一緒に来た人に連絡入れてくるからちょっと待ってて」
「あ、ああ、悪いな」
スマホの着信を見下ろし、花梨は新一から距離を取って通話ボタンをタップした。
「もしもし」
『花梨!? 今どこ!? 無事か!? さっき警察の人が昼間殺人事件があったって言ってるの聞いて! 花梨は一人だとまたトラブルに巻き――』
「快斗、大丈夫だよ。それ、もう解決されてる。犯人も捕まってるから」
『そ、そっか。なら良かった。なーそろそろ帰ろうぜ。さっきのとこで待ってっから』
電話に出た途端、心配そうな快斗の声が聞こえる。
無事を知らせると安堵した声に変わった。
「快斗、ごめん」
『ん?』
「実は急に用事を思い出しちゃって、今帰ってる途中なの。申し訳ないんだけど、一人で帰ってもらってもいい?」
――新ちゃんをお家に送っていかなきゃだから……快斗には一人で帰ってもらおう……。
高校生だもの一人でも大丈夫よね。
……自分も高校生であるが、他人のことが心配になってしまう花梨は心配性なのかもしれない。
『ええっ!? マジか。べ、別に構わねーけど……っ、花梨、今日つまらなかったか?』
彼女が途中で彼氏を置いて帰る――。
それはデートがつまらなかったせいだろうか。
……快斗の声は焦ったような声で。
「え?」
『オレ、お化け屋敷で意地悪とかしちゃったし……嫌になったんじゃねーかって……』
「えー、やだそんなんじゃないよっ? 本当に用事ができただけ! とっても楽しかったよ! また行こ?」
『そ、そっか。よかったぁ……。けど、大丈夫なのか? 一人でいたらまた……』
「ん……。今日は大丈夫だと思う。家に帰ったら連絡入れるね?」
――私が先に帰っちゃったから気にしてるの? 快斗って可愛い……。
焦っていたかと思えば、安心したような声に変わる。同じ声なのになんだかおもしろい。
花梨は心配してくれる彼氏を安心させるために後で連絡すると伝えておく。
ところが快斗は。
『……用事先は?』
「ん?」
『迎えに行く』
「そんな、悪いよ」
『いーから。終わったら連絡入れて』
「……わかった。ごめんね、じゃあまた後で」
『ああ、後でな』
通話を終えた花梨は、快斗の真っ直ぐな好意が嬉しくて、胸の前でスマホをぎゅっと握りしめた。