白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
004:追憶①







 ……今朝のことである。

 米花町にある工藤邸に住む少年【工藤新一】は現在中学三年生。
 シャーロック・ホームズを尊敬し、探偵を志す少年だ。
 部活はサッカー部だが、今日はグラウンド整備が入るようで部活は休み。

 だがサッカーボールを学校に持って行くのは、部活があってもなくても変わらない。
 新一が座る椅子のそばに置いた通学鞄には、サッカーボールの入ったボールバッグが括りつけられていた。


「え? 迎えに行って欲しい? オレが?」

「そうなの! ええと、葵……くん? 憶えてるでしょ! 新ちゃんと仲良かったじゃない」

「葵って……、あ……! あいつかー……!」


 朝食を食べながら、母有希子に一昨日、十年前に引っ越した同い年の幼なじみが戻って来たことを告げられ、今日遊びに来るから迎えに行くようにと言われた。
 葵……と聞いて新一は記憶をたどる。


「……戻って来たのか……」


 ――蘭好みのイケメンになってるんだろうな……。


 葵を思い出し、新一は目を細めて唇を歪めた。
 嬉しい気もするが、少しばかり不安が募る。

 なぜなら葵は蘭のお気に入りだったから。
 あの頃、蘭はいつも葵の側にいて。

 【蘭】も新一の幼なじみで同い年の女の子だ。
 腐れ縁というか、なんというか、なんとなくいつも一緒にいて気心が知れた仲である。
 葵に纏わりつく蘭を見てイラついたことは何度もあった。
 そこにはもう一人の幼なじみである【鈴木園子】もいたのだが、葵はほぼ毎日その二人と一緒に遊んでいた気がする。

 ……新一はそれが面白くなかった。


「新ちゃん。あの子苦労してるから優しくしてあげてね」

「……わかってる。五時半だよな?」

「そ、あの子気遣い屋さんよね~。きっと手土産を買って来ようとしてるのよ。そんなのいいのにねぇー」

「ふーん。学校が終わったらそのまま行って来る」

「スマートなエスコートをお願いね」


 有希子に“エスコートを”と言われて男を迎えに行くのに何のこっちゃと思ったが、その理由が十時間後に判明するとはこの時の新一にはわからなかった。










「……いねえ……」


 杯戸ショッピングモール前で待ち合わせていたはずの幼なじみ。十年も会っていないからどんな姿になっているかわからない。
 自分も背が伸びたし、葵も伸びているはず。

 朧げな記憶だが確か葵はアイドル顔負けの可愛い顔をした少年だった。
 当時も女子にモテまくっていたし、成長しても女子ウケが良いに決まっている。
 そんな容姿なら人目を惹くからすぐに見つかるだろう。

 あたりをつけてきょろきょろと道行く人々を見回すが、それらしき人物はいなかった。
 そんな時、ショッピングモールの奥から午後六時を知らせるメロディーが流れた。

 痴漢被害に遭っていた少女を助けていたから時間に遅れたのは仕方ない。
 連絡をしなかったのは悪かったが、母親から葵の連絡先を聞くのを忘れたのは別にわざとじゃない。


「あー……くそっ、母さん話し中じゃねーか!」


 母に電話をするが、通話中らしく繋がらなかった。

 葵の家は少々複雑で、母親は十年前に事故で亡くなり、四年前に父親も亡くなったらしい。
 父親が亡くなってからは、母方の親戚の家で世話になっていたようだが、追い出されて東都に帰ってきた……とか。


「あいつ、苦労してんだよなー……」


 新一の両親は現在海外で生活をしているが、一時帰国中。
 自分には両親が揃っていて、何不自由のない暮らしをしている。

 葵をなんとなく蘭に会わせたくないものの、その境遇には同情してしまう。
 蘭さえ絡まなければ、それなりに仲良くできていた葵。


(あれは……いつだったっけな……。)


 新一は僅かに残る夕焼けを眺め遠き日を思い起こす。









 夕焼けが眩しい時刻だった。


「ねえ、新ちゃん」

「あ? なんだよ葵」

「一緒に探してくれてありがとう!」


 ……年齢は五歳。
 ジェットキャップを目深に被った【葵】と呼ばれた黒髪の美少年は、同じ黒髪の【新ちゃん】こと、工藤新一少年に満面の笑みを向ける。

 葵少年の手には汚れたウサギのぬいぐるみ。
 少年らしからぬ趣味に新一が頬を掻き掻き、「ふんっ、オレの手に掛かればこんなもんよ」ドヤ顔で笑った。
 自信満々の笑顔が夕日に映えて愛らしい。

 葵がお礼を伝えたのは、新一がウサギのぬいぐるみを見つけてくれたからだ。
 そのぬいぐるみは大好きな母がくれたもの。
 不運が重なり葵の手元から離れ、焼却される寸でのところで、救い出すことができた。
 ちょっとした冒険になったごみ処理場を後にして、二人は手を繋ぎ近所の公園まで戻って来た。


「新ちゃんてすごいね。……ボク、大きくなったら新ちゃんをお婿さんにしたいな~」

「はあ? なに言ってんだよ葵、おまえ男じゃねーか。男同士は結婚できねーよ」

「あ……そう、だったね」


 新一の言葉に葵は俯き、キャップのつばを左右に動かす。


「それに……、おまえには蘭がいるだろ?」

「蘭ちゃん……、女の子らしくて可愛いよね」

「……、おまえ……蘭と毎日手ぇ繋いでんじゃねーか……」


 オレだって繋ぎたいのにお前ばっか……、新一は口ごもる。

 【蘭ちゃん】とは保育園の女友達だ。
 明るく可愛い女の子で葵と新一の幼なじみ。

 葵の容姿が気に入っているらしく、園では毎日一緒に遊んだり手を繋いだりと傍にいることが多い。
 もちろん新一もそこにいるのだが、葵と蘭の親密さに新一はいつもなんとなくもやもやとした不快感を感じていた。


「新ちゃんとだって繋いでるじゃん、ほらっ」

「そうじゃねえよ……」


 ごみ処理場で処分寸前のぬいぐるみを取り返した二人は、職員から親を呼ぶからと引き留められたにもかかわらず、その場を逃げ出しここまでやってきた。
 親を呼ばれたら勝手に遠くまで行ったことを怒られることくらい、五歳児にもわかる。
 いち早く気付いた新一が、葵の手を取り逃げ出したのだ。
 夢中で駆けた往路では気付かなかったが、帰る道のりは幼児の足では遠く、二人は逸れないよう手を繋いでいたというわけで……、そういえばまだ繋いだままだった。


「ふふっ、ボクは新ちゃんと手を繋いでいると安心できるから好きだよー」

「っ! ……男に好かれてもうれしくねーよ」


 ぎゅっ、ぎゅっと握る手に力を込めて、葵が満面の笑みを浮かべると、新一は一瞬ハッと息を呑んだ。
 サラサラした短髪、肌は真っ白、大きなくりくりとした丸い瞳は色素が薄いからか、夕日も相俟って金色の宝石のように見える。

 ……葵は男のくせに女みたいな顔をした奴だ。

 言動もオレみたいに荒っぽくないから女子に“王子様”なんて言われてモテモテで、纏わりつく蘭にも嫌な顔一つせずに優しく接する。
 いつもにこにこしやがって……からの、今ちょっと可愛いと思ってしまった。


 ――気のせいだよな?


 蘭は可愛いと思う。
 けど、葵も……男のくせに可愛いじゃねーか。

 夕焼けを背に朗らかに笑う葵が新一からは眩しく見えた。
 その日の晩、それぞれが家へ帰ると子どもたちだけでごみ処理場に行ったことがばれていて、結局二人共お目玉をくらった。




 ……次の日、葵の母親が死んだ。

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