白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
047:遊園地デート







 ……チュン、チュン。
 窓の外からスズメの鳴き声が聞こえ、カーテンの隙間からベッドに朝陽が差し込み、眠る花梨を照らす。


「綺麗だなあ……」


 隣に横になっていた快斗は目を細め、眠り姫のように眠り続けるどこもかしこも真っ白な彼女の頬を指の背でそっと撫でた。
 勝手に口角が上がっているのは昨夜、彼女という最高の宝物を心ゆくまで堪能した余韻が、まだ指先に残っているからだ。


「……ん、あ。快斗……? 早いね、もう時間?」


 不意に隠されていた秘宝シトリンが姿を現し、快斗の瞳が魅せられたように見開かれる。
 彼女の瞳を間近で見ると、虹彩の中に星のような輝きが見えることがある。まるで宝石のようだと快斗は気に入っていた。


「花梨……ごめん、起こしたか? もうちょっと寝てていいよ。まだ早い」

「そう……?」

「……身体、きつくねーか?」


 花梨は一応目を覚ましたものの、まだ眠そうに瞼を震わせている。少しだけ崩れた寝顔もたまらなく愛おしくて、快斗は朝陽を吸い込んで輝く彼女の白い髪を、宝物に触れるように撫でた。
 花梨の髪。色は白くなっているが、サラサラとした髪は細く艶やかでコシもある。
 ずっと撫でていたいと思うが、今日はこれからトロピカルランドでデートだ。

 現在時刻は八時。
 当初の予定では十時に現地で待ち合わせだった。


「ん……腰が少し重いかな(おまたも痛いけど)」

「ごめん……、我慢できなかった……」

「大丈夫。全部気持ち良かったから」

「っ、そっか、よかった。もう少し寝てて。風呂沸かすから一緒に入ろう?」

「一緒に……?」

「ああ、たぶん身体辛いと思うから洗ってやるよ」


 快斗は上体を起こし一人ベッドから抜け出そうとするが、花梨の手が引き留める。


「ね、快斗寒い……もうちょっとダメ……? 一緒にいたいな……快斗がいると温かいからすきなの……」

「っ、そんなこと言っていいのか?」


 猫のように快斗の腕に頬擦りをし、寝ぼけたままの花梨は甘えるように声を漏らした。

 そんなことをされてはせっかく凪いだ欲が湧き上がるではないか。
 快斗はベッドに戻り花梨の身体を組み敷き覆い被さる。


(昨夜あんなに抱いたのに、朝陽を浴びる彼女を見たら、また初めて会った時みたいに心臓が跳ねてやがる……)


「んー……? 重……?」


 花梨はまだ寝ぼけているらしい。
 昨夜眠りに就いたのは夜中三時過ぎ。現在八時ということは五時間の睡眠である。
 もう少し寝ていたいというのは当たり前かもしれない。急に覆い被さった快斗を見上げて眠たそうに瞬きを繰り返している。


「……アトラクション、ちょっとしか乗れなくなっても文句言うなよ?」

「へ……アト……? あっ! ……あぁ、んっ……!」


 快斗の唇が花梨の首筋に当てられ、ちゅぅっと吸い付かれる。
 ぞくりとした感覚が昨夜のそれと重なり、花梨から甘い声が漏れ始めると、何度も重ねた身体を思い出した快斗は熱くなった自身の熱を分け与えた。









 ……結局花梨と快斗がトロピカルランドに着いたのは午後一時。
 元々の予定から三時間遅れでようやく辿り着いた。
 二人して朝からいちゃいちゃしていたらこんな時間である。


「お昼過ぎちゃったね~」

「まーいいじゃん♪ 先に何か食べよーぜ」


 予定は大幅に遅れてしまったが、快斗の機嫌はすこぶる良好。
 怪盗キッドとして初めて出逢った時に着ていた白のワンピース(とカーディガン)を着た花梨と手を繋ぎ、園内レストランへと足を向ける。
 花梨の見た目は人目を惹くため、今日は白のキャペリンハットを被っているが、黒髪の鬘と眼鏡はなく白い髪のまま。
 快斗もキャップを被り、青いTシャツに白シャツ、黒のスキニーパンツにサコッシュといった装い。


「うんっ! 私、遊園地初めてなんだ~。遊園地のごはんもおいしいといいなぁ」


 ――キッチンワゴンもあるって書いてあったから、食べながら歩くのもいいね!


 花梨は快斗から手を放し、肩に掛けたポシェットに入れた園内マップを取り出すと、キッチンワゴンの位置を探す。

 トロピカルランドは【夢とおとぎの島】、【怪奇と幻想の島】、【野生と太古の島】、【冒険と開拓の島】、【科学と宇宙の島】という五つの島に分かれた巨大テーマパークで、まだ開園間もないが、連日大勢の客で賑わう人気スポット。
 広い敷地ゆえに園内マップを確認しながら行かないと迷子になりそうだ。

 キッチンワゴンの位置を確認し、“なになに、ホットドッグとポップコーンが人気なのか”……なんてわくわくしてきた。


「なあ、花梨?」

「ん?」

「入場チケット、オレが払おうと思ってたんだけど、自腹でよかったのか?」


 ふと快斗が足を止め尋ねてくる。
 そういえば入場する際、チケットを自分で買ったら「あ」と財布を出す快斗に言われた。
 先に買ったのはまずかったのだろうか……。


「大丈夫だよー。自分の分は自分で払わなきゃ! 貸し借りはなしだよ」


 幸いなことにお金には不自由していない。
 花梨は散歩は好きだが基本インドアだ。

 ゲームが好きで読書好き。
 ゲームはコスパがいいし、読書は電子書籍で安価で済む。
 他の趣味はこれといってなく、金を使う機会が青子たちとの寄り道や日々の生活費くらいで。
 こんな時くらいしか使う機会もないから使いたい。


「えー、そんなこと言わずに、オレから誘ったんだから奢らせてくれよー」


 花梨の言葉に快斗が嘆いた。


「どうして~?」

「オレは花梨ちゃんを餌付けして懐かせたいのー!」

「ふふふっ、私は猫か何かなの~?」

「いっそ猫ならよかったのに。……そうすれば、連れ帰ってずっと籠に入れておけるだろ?(……外敵のいないところで、オレだけが愛してやれるのにな)」

「なにそれ、怖いよ~?」


 ……そんな話をしながら快斗は再び花梨の手を取り、指を絡めて繋ぐと歩き出した。

 レストランは混んでおり、待ち時間は長かったが二人で他愛もない話をしていればあっという間で。遅めの昼食を済ませ、花梨と快斗はアトラクション巡りを始める。

 二人は【科学と宇宙の島】へやって来て、まずは観覧車に乗った。
 スタート時間が遅くなったため、花梨は先に園内全体を見渡し把握したい。快斗に「観覧車に乗りたい」と言えば快諾してくれた。

 ところが――。


「ンンッ……、んふ……はぁ……も、快斗ぉ……?(外見れないよー……)」

「ン……、へへっ♡」


 ――やっぱ二人きりだとこうなっちまうよな。


 観覧車で二人きりになった途端、人目の付かない高度まで上がるのを見計らい、快斗は花梨を自身の膝に乗せ唇を奪った。
 ちゅうっ、ちゅくっ、と何度も角度を変えて舌も差し入れて絡めるように。
 ぐるりと一周周る間に花梨はとろんと目を虚ろわせる。


「っあー、やばい。花梨の蕩けた顔堪んない! もう一周したい」

「はあ、はあ……もぅっ! 快斗っ、景色全然見れなかったよー?」


 花梨を抱きしめながら愛おしくて堪らないといった顔の快斗は、彼女の頬やこめかみを啄む。
 彼の腕に包まれながら、花梨は悲しげに瞳を潤ませた。


「ははは、わりぃわりぃ。花梨が可愛くてついちゅーしちゃった♡」


 ――ああ、オレの花梨ちゃん、マジかわゆい……しあわせ♡♡


 またも快斗はちゅっ♡、ちゅっ♡、ちゅっ♡と今度は額や瞼に口づけを落としていく。
 人目さえなければすぐにくっついて来るのはなぜなのか。
 付き合い始めてからというもの「すき」と言う回数こそ減ったが、纏わりつきが増えた。


「ね……二周目ってできるのかな?」


 ――二周目こそ、園内の景色を……!


 快斗に抱きつかれながら、花梨は園内マップを手に呟く。


「マジ!? 今空いてるみてーだし、聞いてみっか!?」


 ……それ名案じゃね!? なんてニッと嬉しそうに笑う快斗は恐らく盛大な勘違いをしている。


「ちがうの! 二周目は景色を見るの!」

「またちゅーしような!」

「景色を見るのーー!!」


 二周目をお願いしたら「空いているからいいですよ」とのことで、そのまま乗せてもらったものの……。
 快斗に視界を遮られ、結局花梨が園内全域を見渡すことは叶わなかった。


「……」

「ごめん……」


 観覧車を下りると花梨は快斗をジト目で睨む。
 快斗も悪いと思っているのだろう、指をパチンと鳴らして飴玉をお詫びに贈呈した。


「あめちゃんありがと……。き、気持ちよかったから別にいいけど……?」

「……花梨がえっちな子でよかったよ♡」

「んもぅっ! そういうこと言わないのーっ!」

「はははっ。怒った顔も可愛いーな♡」


 花梨がムスッとしても、快斗はずっと笑顔で。
 この人、私のことが本当に好きなんだなと花梨は察してしまった。


「快斗……」


 ――私、来月にはもういなくなるけど……快斗は、大丈夫かな……?


 自分が安全に生きていられるのは今月末まで。
 母の占いによれば、六月中には自分の運命は潰えてしまう。

 もし私が急にいなくなってしまったら、快斗はどれほど傷付くのだろう――。

 泣きじゃくる彼の姿が容易に想像できてしまい、花梨はいたたまれずに目を伏せた。

 ……こんなはずじゃなかった。

 もうすぐ死ぬから色んな経験をしてみたいと思っただけ。
 恋人を作って、えっちもしてみたかった。

 快斗のことは好きだ。
 けれどたぶん、彼と自分の気持ちの温度差はかなりあるのだろう。


(……ごめんね、快斗。私を、これ以上好きにならないで)


 人の好意に疎い花梨にとって、快斗の想いがどれほど重く、深いものなのかはわからない。
 利用するだけしたみたいになってしまっていて、申し訳ないとさえ思っている。

 愛される喜びを知るほどに、自分が彼にしていること――“思い出作り”に彼を巻き込んでいることへの罪悪感が募った。

 ……私がいなくなっても、あなたは太陽みたいに笑っていてほしい。
 花梨はただ、彼の幸せだけを願わずにはいられなかった。



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