白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
044:やっかみ







 そして金曜、江古田高校2-Bの教室……。
 明日から大型連休(ゴールデンウィーク)が始まる。

 キーンコーンカーンコーンと放課後の始まりを告げるチャイムが鳴り、ホームルームを終えて解散だ。
 クラスメイトたちは旅行に行く者、遊びに行く者、部活や塾で埋まる者等々、皆口々に予定を語り合い、少しずつ教室から出て行った。


「……花梨ちゃん」


 帰り支度をする花梨に影が差し、花梨は影の主を見上げる。


「あ、快斗くん……」

「うん……、明日から連休だな」


 快斗は花梨が顔を上げるのが苦手だと知っているため、すぐにしゃがんで彼女の机に両腕を伏せ、覗き込むように目を合わせる。
 至近距離で見つめれば、黒いかつらと眼鏡の向こう側、慈しむように細められた快斗の瞳があった。


「そう、だね……」


 花梨の返事はぎこちなく、目を逸らしてしまう。


「……なになに? 二人とも喧嘩中? なんかあった?」


 帰り支度中の前の席の青子が二人の様子に眉を寄せた。
 昨日までの快斗は明るく活発に「花梨ちゃん! 花梨ちゃん!」と花梨に纏わりついていた気がするのだが、今日はなんだか大人しい。
 花梨も花梨で快斗と目を合わせていない。
 付き合い立ての二人にいったい何があったというのか……。

 喧嘩をしているのなら、ここは快斗の幼なじみ・青子さんが仲立ちしてやろうではないか。
 青子は一肌脱ぐつもりで声を掛けたのだが。


「喧嘩なんかしてねーよ? オレたちすげーラブラブだかんな。な?」

「っ……えと……」


 顔を覗き込まれ問われた花梨は、快斗の言葉が恥ずかしいのか、答えなかったが頬を赤く染めた。


「……へへっ♡ かーいー♡(赤くなっちゃってまー……)」


 ……花梨の様子に快斗は嬉しそうに破顔する。
 花梨を見ているだけで幸せ――穏やかな瞳がそう語っていた。


「へー……。心配して損した~! 花梨ちゃん、なんか困ったことがあったら青子に言ってね!」

「うん、青子ちゃんありがとう」

「うん! じゃー、連休最終日にね! 二人ともばいばーい! 恵子帰ろ~!」


 帰り支度を終えた青子は二人に気を遣ったのだろう、恵子とともに教室を出て行った。
 教室にはまだ数人クラスメイトが残っている。


「花梨ちゃん……今日、金曜日だね」

「うん……」


 快斗が少し首を傾けて覗き込むと、花梨の頬がぽっと赤く染まった。机の上に置かれた白い指先までもが、熱を帯びて色づいているように見える。
 緊張しているんだな……と感じた快斗自身も、心臓の鼓動が早まるのを感じた。それを悟られないよう、優しく花梨の手に触れる。


「……か、帰るか!」

「う、うん……」


 快斗と花梨は互いにぎこちない様子で手を繋ぎ、いつものように教室を出る。
 今日は一度花梨の家に寄って、お泊りセットを取りに行き、その後で快斗の家に彼女を招くのだ。

 廊下に出てふと――。


『快斗と葵って合わねーよな』

『なー。快斗の奴、なんであんな根暗がいいんだか……。中森さんも葵に構ってホントおかしいよな』

『愛人が本妻になりましたってか、ハハッ!』

『俺、葵に話し掛けたことあるけど、あいつっていっつも無言なんだぜ?』

『わかるー、たまに笑ってて不気味だよな』


 ……教室に残ったクラスメイトの陰口が耳に入った。


「あいつら……!(好き勝手言いやがって……!)」

「大丈夫だよ、快斗くん。私、あなたに釣り合ってないの、わかってるから」


 快斗がいきり立ち踵を返そうとするが、花梨はそれを止める。
 花梨からすれば、陰口は「ああ、またか」程度の慣れたもの。


「っ、違う! 逆だっての!」

「なにが……?」

「オレが花梨ちゃんに釣り合ってねえ……あいつら、何もわかってねーんだ。花梨ちゃんの本当の姿を見たら、絶対手のひら返すぜ? 賭けてもいい」


 快斗は立ち止まり、花梨の両肩をぐっと掴む。

 メラビアンの法則を引き合いに出すまでもなく……『人は見た目が九割』なんて言うが、中身を知ろうともせず表面だけで判断する人間のなんと多いことか。
 実は彼女が、誰をも見惚れさせる美少女だなんて知ったら、クラスの男子は揃って手のひらを返すだろう。

 花梨が鬘を自ら取ってもいいと思えるよう、自信を持たせてやりたい快斗だったが、今はまだその時ではない。
 クラスの人間に花梨の本来の姿を教えてやるのは、まだ先。

 快斗はまだ、彼女を完全に堕としていないのだ。
 自身がやった手口ではあるが、押しに弱い花梨に誰かが言い寄れば、もしかしたらそちらへ靡くこともあるかもしれない。
 完堕ちさせてからでないと不安で、可愛い彼女を自慢したくてもできない。


(本当は世界中に、こいつがどれだけ綺麗か言いふらしてやりたい。けど、そうなったら……。)


 余計な虫を湧かせないためにも、花梨にはまだ黒髪の鬘を着けていてもらわねば困る。


 ――けっ、憶えてろよ……! そのうち後悔して泣きを見たって、もう遅いからな!


 心の内で悪態をつきつつ、花梨を見下ろす。


「そうかな……? 醜い白髪頭なのに?」


 花梨は快斗を見上げ首を傾げた。
 白髪頭=醜いと思っている花梨からすれば、陰口を言われても当然。
 言われて当然でしょとでも言うように、厚ぼったい前髪の奥で瞳を瞬かせている。


「はー……花梨ちゃんて自己肯定感低いのよなー……。オレ心配だよ……」


 ――こんだけの美少女、滅多にいないっつーのに……。


 そっと花梨の前髪を除けて快斗が目を合わせると、宝石の瞳シトリンは綺麗なままで夕日を反射しキラリと揺れて、彼女に傷付いている様子はなかった。
 だが快斗の目には陰口を言われている花梨が不憫に映る。


「そんなことないよ? 気にしてないだけ。言いたい人は言えばいいんじゃないかな。あの人たちがそう思うならそう思えばいい。あの人たちの感情を受け取らなければいいだけ。私ならなに言われても気にしないよ?」

「花梨ちゃんは強いな」


 花梨は再び歩き出し、快斗もそれを追う。

 実は陰口は、さっきのだけではない。
 元々クラスで人気の快斗と青子に構ってもらっている時にも、軽い陰口ならたくさん聞いた。
 快斗と青子で諫めたこともある。

 快斗が告白してからというもの、それが顕著に現れ、誹謗中傷とまではいかないまでも、色々とやっかみを受けていたりする。
 それもこれも快斗が人気者であるという弊害なのだが……。

 だが花梨が気にしている様子はない。
 快斗は強い子だなと感心した。


「ふふっ、そうかな? 快斗くんがいっぱい可愛いって言ってくれたから、自信ついたんだよ? 強くなったのは快斗くんのおかげだと思う。ありがとう!」


 ――可愛いって言われる度、くすぐったいけど自信になるの。


 人の口に戸は立てられない。
 けれど、花梨は自分を「好きだ」と言ってくれた快斗の言葉を信じたかった。

 中学の頃は一人で耐えなければならなかったが、今は快斗という味方がいる。
 新一もいるし、降谷たちもいてくれる。

 ……味方がいるなら何も怖くない。
 物理的な方法を取るわけでもなく、軽い陰口だけなら可愛いものだ。

 それに、そんなこと気にしている時間が勿体ない。
 限られた時間を如何に有効的に使うかが、今の花梨の課題なのだから。


「花梨ちゃん……♡ キミって子はもう、ほんっと大好き♡ 可愛い♡♡ 早く……」


 ――抱きてえええええええ……!!


 笑顔で礼を告げる花梨に、胸をぎゅっと鷲掴まれた快斗は、彼女の手を握り走り出す。


「あっ、快斗くんっ!?」

「早く帰ろっ! 早くっ!!」

「っ、も、もぉっ……!」


 ……早く二人きりになりたい。
 頬をほんのり赤く染めた快斗に連れられ、同じく頬を赤く染めた花梨も走り出した。



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