白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
043:もしもし







 次の日。

 花梨は快斗にマンション前まで送ってもらい(一応寄って行くか聞いたが、健康的な男子高校生の事情でやめとくと言って帰った)、家に着くと久しぶりに新一に電話をかけた。
 新一に電話するのは、怪盗キッドと初めて出逢った夜以来である。


『はい、もしもし工藤……』

「あ、新ちゃん? 私。元気かな? この間はありがとう! 今電話しても平気?」

『おー。花梨オメー、丁度良かった。最近連絡ねーじゃん。元気でやってんのかよ』


 花梨が都内に住むのに慣れてきたこともあり、新一との連絡頻度は正月よりもさらに減り、夜の連絡は新一から送られてくるメッセージに既読を付けるのみ。
 新一もリマインダー機能を使っているのだろう。同じ時刻に“帰ってるか?”とそれだけで、最近じゃあっさりしたものだ。
 ここしばらく夜の散歩を控えていたから、信用してくれているらしい。


「No news is good news!」

『あぁ? まあ、元気ならいーけどよ。週に一度くらいは声聞かせろよな(無事かどうか心配になるだろ……)』


 便りがないのが良い便り。
 実は新一的には花梨の声を聞きたいと思っていたりするが、言い出したりはしない。


「今度の連休なんだけど、阿笠博士の家に行くついでに新ちゃん家にも遊びに行こうかな~って思ってて、予定どうかな?」

『オレはついでかよ(てか、オレの言ったこと……無視すんな)』


 新一の“声聞かせろ”はスルーし、花梨はお伺いを立てる。
 スマホの向こうで、新一が不機嫌に頬を膨らましているなど知りもしない。


「お昼ごはん作るから、阿笠博士と一緒に食べよーよ」

『連休か……あー……初日は駄目だな』


 新一は部屋のカレンダーを見て花梨に告げる。
 その日は……。


「あ、そうなんだ? 奇遇! 私も初日はダメなの。よかった!」


 ……先に自分の予定を伝えるべきだったか。
 花梨も手元のカレンダーを見下ろし、新一に伝える。

 カレンダーの日付には快斗の字で、でかでかと“でぇと!”と書かれていた(しかも花梨のペンを勝手に使ったのか、インクが少し滲んでいる)。
 始めは“トロピカルランドに10時”としか書いていなかったのだが、いつの間にか書き加えられている。
 花梨が書いた覚えがないので、快斗が書いたものなのだろう。


『その日は蘭とトロピカルランドに行く予定でな』

「へえ、連休初日はトロピカルランドに! 新ちゃん、蘭ちゃんとデートなんだー」

『っ、デートって……バーロ。そんなんじゃねーよ、蘭から都大会優勝したら奢れって言われてただけだよ。たくっ、なんでオレが奢んなきゃなんねーんだか……で……』


 ごにょごにょと新一が何か言っているが、何を言っているのかよく聞き取れない。照れているのだろうか……。


「あら? ふふふっ、憎まれ口の割に声は嬉しそうだねえ? お小遣い、普段からしっかり貯めてるもんね~?」

『っ、るせ~っ!(なんで知ってんだよ……!)』

「新ちゃん偉いなあ、蘭ちゃんは幸せ者ね。実は私もその日、お友達とトロピカルランドに行くんだ~。向こうでばったり会ったらびっくりだね。広いから会わないと思うけど、もし見かけても知らん顔しとくね」

『は? 何も知らん顔しなくても声掛けりゃいーじゃん』

「だって邪魔したくないし? まだもう少し心の準備がいるの」


 ……そう。もう少しだけ勇気が欲しい。
 花梨が蘭と園子に会うにはもう少しだけ勇気がいる。


『……そっか。てか、オメーいつの間にか親しい友達ができたんだな』


 新一は花梨のメンタルがずいぶん安定してきたと思っていたが、まだもう少し時間が掛かるのだと察し、話題を変えた。


「ん? うん、親しいお友達、できたよ。もっと仲良くなる予定なんだー。ふふっ♡」

『ん? おう? よかったな』


 花梨の声がいつもより少しだけ高い声だった気がしたが、気のせいだったのだろうか。
 楽しそうだからまあいいか――と、新一は軽く流す。


「デート中、なにか困ったことがあったらいつでも電話してね。女の子のことならわかるから相談にのるよ! 帰ったらデートの様子がどうだったか聞かせてよ」

『オメーに相談すると、ややこしいことになりそうで怖いんだが……』


 ――小悪魔花梨が、いつ何時何を仕掛けてくるかわからねえ……。


 正月の電話の件について、あの後電話に出た新一が蘭にどれ程責められたのか花梨は知らない。
 苦し紛れに花梨が言っていた“小学生の女の子にもらった”と言ったら一応納得はしてくれたようだが、しばらくの間蘭は「なにがあーんよ、なにが。小学生相手にデレデレしちゃって!」とずっと不機嫌だった。

 そして花梨がまた不意を突いて何か仕掛けてこようものなら、新一には受け入れる選択肢しかない。
 不服ながら花梨には逆らえる気がしないのだ。
 蘭に余計な心配を掛けさせないためにも、花梨に相談などするものか。


「えー、ひっどーい。新ちゃん辛辣~」

『……ははっ、まあいーや。オメーも帰ったら、無事家に着いたか連絡しろよな』

「そこは変わらず過保護なのね」

『ったりめーだろ。オメーは俺の妹分なんだからよ』

「はいはい、わっかりました。新一お兄、ちゃん……?」

『っ……コホンッ』


 スマホの受話口から花梨の柔らかい声が新一の耳の奥へ、脳へと浸透してくる。スッと沁み入る優しく響く心地の好い声は、聴いていると不思議と癒された。
 対面していたら、きっと上目遣いで言っていたんだろう。
 想像できた新一は目を閉じる。


 ――お兄ちゃんって呼ばれるの、いいな……!


 ちょっと癖になりそうだなと咳ばらいをした。


『花梨も今度一緒に行こうぜ。蘭と一緒が嫌なら、いつもみたく二人きりでもいーし。たまには思いっきり遊びたいだろ?』

「あはは。二人きりって、それじゃデートになっちゃうよ?」

『デートか……。ま、いいんじゃねーの? 何度も似たようなことしてんだろ。日常の延長だよ延長。奢ってやっからさ』


 ――妹だからな、兄なら奢ってやんないとな。


 花梨に「お兄ちゃん」と呼ばれた新一は、新たな扉を開いたようで……。
 なんと妹のために奢ってくれるのだとか。

 ……新一からすれば花梨との付き合いは悪くない。

 なぜなら花梨は自身の行きたい場所よりも、新一の行きたい場所を優先してくれるから。
 新一は花梨の用事によく付き合うが、自身の用足しなんかも同時に済ませられているため、面倒を看るのが苦ではなかった。
 恐らく花梨の察する能力が高いせいなのだろう、いつもさり気なく配慮してくれるから、一緒にいて非常に楽なのだ。

 基本的に花梨は自分でなんでもしてしまうから、依存してくることもないし、世話を焼けばきちんと感謝する。
 彼女じゃないから細かな干渉もしてこない。友達だから言いたいことは互いに言い合えている。
 たまに小悪魔なところが恐ろしいが、新一にとっては礼儀正しい可愛い妹分。


「二人きりなんてダメだよ、蘭ちゃんが怒りそう。それに私ももう人妻だし」

『人妻? はあ? オメーなに言ってんだ』

「浮気はしないことにしてるんだー」

『……相変わらずオメーは、時々わけわかんねえこと言うな……ハハ』


 はて、人妻とはなんのこっちゃ。


 ――まだ嫁にはやらねーぞ。


(どこの馬の骨とも知れねー奴に、なんて絶対に言わせねぇ)


 それは兄妹愛なのか、父性なのか。はたまた……?
 新一がスマホの向こうで笑った。


「……じゃあ機会があったらね。その時は普段のお礼に私が奢ってあげるから任せてよ」

『そいつはラッキーだな! オメー金持ちだもんな』


 花梨には当面働かなくとも優雅に暮らせるだけの、親の残した遺産と親戚から貰った慰謝料がある。
 色々不幸な目に遭ってきた花梨だが、今後、金に困ることだけはなさそうだ。
 新一も知っているから、冗談交じりに明るい声で応えた。


「えっへへ。まーね!」

『んじゃー、その日の昼飯はオレがご馳走してやるよ』

「ありがと~。あ、話が脱線しちゃったね。次の日なら空いてるのかな?」

『そうだな。オメーの好きな“かりんとう”買っといてやる』

「ちょっと新ちゃん。私、別にかりんとう好きじゃないんですけどー? 嫌いでもないけど。ひょっとしていじりのつもり?」

『はははっ』


 新一からの弄りにはもう慣れているのか、花梨の声は明るい。
 たまに弄ってしまうのは妹可愛さゆえか。
 新一の笑い声が響いて花梨から、「いじわるなんだからも~」と不満が零れた。


「お昼、何か食べたいものがあれば、リクエストメッセージ送っといてね」

『おぅ、わりぃな。オメー料理上手いから楽しみだぜ』

「わ~、急に褒められたー! どうしよう新ちゃんに恋しちゃ……わないかな」

『は?』


 ――そこは「新ちゃんだいすきー」じゃねーのかよ。


 そういやここ何日か「すき」の一言を見てないなと新一は思いつつ、少しは大人になったかと花梨の成長が嬉しいやら淋しいやら。


「えへへ、ちょっとねー。会った時に話すよ」

『……ふーん? じゃあ、連休二日目になー』

「うん、新ちゃんまたねー」


 プッ。
 スマホ通話終了ボタンをタップし、会話を終える。

 新一と話し始めると、大した話はしていないというのについ、長話になってしまう。
 今日は説教じゃなかったからまあいいか――と、花梨は夕飯の支度を始めた。



44/116ページ
スキ