白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
042:言えないこと
「……えっち、したいってこと?」
「ブッ! 花梨ちゃん!?」
――ええっ!?
そんな、まさか。
花梨の口から具体的な単語が出て、快斗の頬は真っ赤に染まった。
「あ、違った?」
「いやっ、違ってねーけど。んなはっきり言われるとは思わんかった。花梨ちゃんて意外とはっきり言うのね」
「えっと……。ふふふっ、ちょっと興味あって」
「っ」
――女の子って、結構えっちなんだな……。
“興味あって”なんて言われたら、期待してしまうではないか。
ほんのり頬を赤くしながら柔らかく微笑む花梨に、快斗は見惚れてしまう。
「じゃあ、次回しちゃう? なーんて冗談だ――」
花梨ちゃんがその気なら、オレは構わねーけど……なんて思いで告げてみれば。
「いいよ?」
「え?」
「快斗くんとならいいよ」
「っ! っ……あ、あの。花梨さん……? 意味わかってます……よね?」
――ちょっ! 花梨ちゃん!?
消しゴムを貸すとか、ノートを貸すとか、そんな次元の話ではないのだが?
……あまりにもあっさり承諾されてしまい、快斗の声は上擦った。
「あれ? 急にキッドさんになっちゃった?」
「……花梨さん。私と快斗、どちらがお好みでしょうか?」
――花梨ちゃんがその気なら。
せめて初めては、花梨の好みに沿った自分で臨みたい。
花梨が怪盗キッドを望むなら彼に、快斗のままがいいと言うならこのままで。
快斗は花梨の手を恭しく取って、手の甲に唇を落とす。
「っ、快斗くんの顔で、キッドさんの口調をされると困っちゃう」
「初めてはやっぱオレかー。だよなっ!」
「ん、そうだね。快斗くんがいいかな。キッドさんも素敵だけど、嘘偽りないあなたのままで」
「……花梨ちゃんて、恥ずかしがりな癖に結構大胆なのね」
――オレは嬉しいけど……。
花梨から誘われているのだと思うと、さっきから胸がドキドキして仕方ない。
この子はどうしてこんなにも自分を沼らせようとするのか……。
気恥ずかしくて仕方ない快斗は、頬をポリポリと指先で掻く。
「……ふふっ、そう?」
そう微笑む花梨は一瞬だけ、部屋のカレンダーに目を移した。
……もうすぐ四月が終わり、大型連休がやって来る。
「……じゃあ土曜にデートするし、今週の金曜、家来る?」
「快斗くんの部屋で?」
「そっ。特別に私の隠れ家にご招待致しますよ。愛しい私のお嬢さん」
「プッ、またキッドさんが出てる~」
「どうです? あなただけの私の特別マジックショーもお付け致しますが?」
快斗はちゅっ、と花梨の手の甲に再び口づけを落とし首を傾げる。
「わぁっ♡ うれしい! ありがとうございます! ……じゃあ、そうしようかな」
「っ、マジか! 超楽しみ! まさかこんなに早く花梨ちゃんと親密になれる機会がくるなんて……!」
「わっ!」
胸の高揚が治まらず、快斗は花梨を思い切り抱きしめる。
少し早いかもしれないが、互いが求めているなら問題はない。
「花梨ちゃん、大好きだ。愛してる」
「っ、快斗くんたら……」
そうして快斗は上機嫌で軽くチュッと花梨の唇に口づけて、部屋を出た。
「ね、快斗くん……私ね。六月にはもう……」
快斗を見送り一人部屋に残った花梨はカレンダーを捲る。
……六月からは×印で埋め尽くされているが、五月の予定表にはいくつか予定が書かれている。
連休の初日、今週の土曜日には彼とトロピカルランドに行く。
次の日は、阿笠博士の家に遊びに行くついでに新一の家にも顔を出そうと思っている。
普段世話になっているお礼に料理を振舞い、阿笠博士と、新一と三人で昼食を摂る予定だ。
その次の日はブルーパロットにビリヤードを教わりに行って……。
青子たちとも出掛ける約束をしているし、降谷たちも連休中に寄ると言っていた。
具体的な日は決まっていないが、来月中に毛利探偵事務へも行きたいと思っている。
……すべて五月中に済ませておきたい。
六月に入れば、花梨は……。
「お母さんの占いは、絶対だもんね……」
――私はもうすぐ死ぬ。
お母さんが、そう言っていたから。
猶予はあと一か月。
快斗を利用するみたいで悪いが、花梨は生きているうちに色んな経験をしておきたい。
「快斗くん。ごめんね……すきだよ」
目を閉じると快斗の明るい笑顔が浮かんで、花梨の瞳からは涙が一滴零れ落ちた。
◇
……花梨の母、雪音は生前よく当たると評判の占い師だった。
米花町駅近くのビルとビルの合間に小さなスペースを借りて、たまにだけ営業する口コミで人気の占い師。
相談にやって来た客の悩みをずばり言い当て、未来を占いアドバイスする。
母曰く、未来は変えられるが、どうしても変わらない未来もあるらしい。
花梨はまだ小さくてよくわからなかったが、むやみやたらに人を視てはいけないと言われていた。
恐らく自分にも母のような力があるのだろう。
実は花梨は触れたモノの過去と未来を視ることができる。
……未来については不確定のため、たまにしか見えないのではあるが。
『何か視えても決して口にしちゃいけないのよ。それがこの世の理だから』
何か視えても口にしてはいけない。口は禍の元。過去はともかく未来のことに関しては特に。
それに未来視はとても疲れるらしい。
力のことは他言無用。どんなに親しくなっても絶対に誰にも言ってはいけない。
何度も口酸っぱく言われた。
……“言葉には力があるから”、と。
『花梨の未来は十六歳で止まってる。その年の六月以降は真っ黒で見えない。ごめんね』
母が亡くなる前日、珍しく私の頬に触れて母が悲しそうに言った。
未来のことを言ってはいけないのではなかったのか。
私は矛盾した母の発言に困惑した。
『逆に、それまでは何があっても大丈夫だから、楽しく過ごしなさい』
きっと母はたまたま視てしまったのだろう。
変えられない未来なのだなと、幼心にそう思った。
今思えば母の発言は、十六歳の六月に死んでしまうのであれば、限りある時間を無駄にしないよう、大切に過ごしなさいという母からの愛のメッセージ。
けれどその後の母の話はよくわからなかった。
『あなたには様々な不幸が降り注ぐ。あなたは振り子の陰の玉だから。人々のための生贄。私は生贄になりたくなかった。だから逃げた。花梨ごめんね、母さんを許して』
振り子の陰の玉……?
初めて聞く言葉だった。
母は泣いていた。
『辛いことがあっても、大丈夫。捉え方一つで世界は変わるわ。私はそれに気付くのが遅かったの。すべては気付き。だから花梨は今に感謝して精一杯生きなさい』
それから母は「ごめんね」を繰り返して、次の日にはいつもの母に戻り、亡くなった。
「……まだ一か月あるもの。楽しく過ごさなきゃね!」
自分の未来は視ることができない。
母もあの日亡くなるなんて、知らなかったから亡くなったのだ。
花梨はカレンダーを棚に戻し、にっこり微笑む。
明日も学校だ。
今日はもう早めに休んでしまおう。
……花梨はいつもはしっかり食べてから寝るようにしていたが、その日は何も食べずに眠りに就いた。