白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
040:話しておきたいこと







「は~……広いリビングだなー……すげえ」

「ソファで寛いでてね」


 家に入ると二人して手を洗い終え、花梨は快斗にソファへどうぞと促し、お湯を沸かしにキッチンへ行ってしまった。

 ちょっぴり緊張した面持ちで快斗はソファに腰を下ろし、部屋を見回す。
 リビングダイニングは天井も高くかなり広い。二十畳以上あるのではなかろうか。2LDKと聞いていたが、やはりどう見ても高級マンションだ。

 キッチンに目をやると、カウンター越しにお湯跳ねが気になるのか、エプロンを身に着けた花梨が紅茶を淹れてくれるらしい。湯を沸かし、ティーポットを用意し始めた。


「……(エプロン着けてる……かっわっ♡♡)」


 先ほど家に入る前に「家に帰って来たら手を洗わないとね」なんて言っていた彼女を思い出し、“花梨ちゃんはいいお母さんになりそうだな”と彼女の未来を想像してしまった快斗の頬が、ぽっと赤らむ。


 ――その時、隣にオレがいられたらいいな……。


『おかえり~。お散歩楽しかったかな? もうすぐご飯できるよ。あ、○○、ちゃんと手を洗った? 手を洗わないとご飯あげないからねー、パパもだよ?』

『はーい。ほら、ボウズ。ママが手を洗わないとご飯くれないってよ。どうすんだ?』

『ママがいい、ママと一緒に洗う~』

『ママがいいよな~?』

『パパ、一緒にやってあげてくれる~? 今手が離せないのー』

『おっけー。ママは今手が離せないってよ。パパと一緒に洗うか!』

『ママがいい』

『パパでいーじゃねーかよ~……!』


 妄想の中の花梨は白い髪を一つに束ねたポニーテールで、エプロンを身に着け夕食を作っていた。
 肉の焼けるいい匂いがするから、今夜はハンバーグか何かだ。

 手洗いは帰宅後の約束事。息子と散歩に出掛けて帰って来た時の一幕。
 息子は手洗いはママと一緒がいいと駄々をこねるが、パパが強制的に洗面所に連れて行く。

 ……ママが花梨なら、パパはもちろん快斗、自分である。


「……羽くん、黒羽くん?」

「はあ……ママか……いいな」

「ん? ママ?」

「はっ!? あっ、いや。なんでもねえ!」


 花梨に声を掛けられていたことに、たった今気付き、快斗はびくっと肩を揺らした。
 快斗が妄想している間に花梨は鬘を取ったらしく、白い髪に戻っている。
 “ああ、今日もやっぱり可愛いぜ……!”と、つい花梨の姿に見惚れてしまう。


「お茶入ったよ。先に飲んでてくれる? 申し訳ないけど、洗濯物入れさせて。今日お天気よかったから、まとめて洗ったの。もう冷たくなってるかも」


 時刻は既に午後六時を回っている。
 夕日が落ちて、暗くなってきた。


「あ、中に運ぶの手伝おうか」

「そう? じゃあ私、取り込んでいくから、渡したものからソファに置いてくれる?」

「おっけー」


 ――花梨ちゃんて家庭的な子なんだな……。


 パタパタと急いでベランダへ駆けて行く花梨を、快斗も追いかける。


「一人暮らしだと洗濯とか大変だよなー」

「そうそう。毎日洗うのは面倒だから、まとめて洗うことが多くて」

「わかるわかる」


 パッパッと花梨が手早く、ハンガーに掛けられた洗濯物を取り込んでは快斗に渡す。
 花梨のタオル、ハンカチ。シャツにスカート、スウェット、靴下、そして――。


「……っ(花梨ちゃんのブラとパンツだ……えっろ……)」

「あっ、ごめん、これは見せちゃダメなやつ」


 一度快斗の腕に渡ったブラとパンツが没収される。
 花梨のブラとパンツは三組あり、それぞれフリルやらレースやらが付いた上下セットの逸品だった。

 彼女の白い肌に似合いそうだと思うと、快斗の頬は熱くなる。
 下半身がちょっと反応してしまった。

 花梨も恥ずかしそうに、乾いた下着を握りながら俯いてしまう。


「……っ、こっ、これをソファに置けばいいんだなっ!?」

「あっ、うん。ごめんね」

「じゃー、先に中に入れとくから、残りは大丈夫か?」

「うん、すぐ行くね」


 互いに顔を真っ赤にし、ぎこちない会話を済ませて、無事洗濯物を部屋の中へ入れた。


「……こほんっ。畳むの、手伝おうか?」

「えっ、いや、さすがにそれはっ」

「彼氏に任せとけ! 二人でやりゃ、すぐ終わるだろ?」

「黒羽くん……ありがと」


 快斗は花梨と一緒に、取り込んだ洗濯物を畳む。
 ブラとパンツをもう一度見てみたかったが、花梨が後ろを向いて畳むので、よく見えなかった。

 残念だったが、そのうち見ることになるから、その時でいいかとここは我慢した。


「ありがとう、お世話かけました」

「いーよいーよ。で、話って?」

「あ、うん。私たち、お付き合いを始めたじゃない?」

「ああ。いまさら無しとかねーからな?」


 お互い隣同士でソファに座りながら温くなった紅茶を飲む。
 花梨の淹れてくれたハチミツティーは、蜂蜜とショウガを入れてくれたらしく、芳醇な香りがして甘くちょっぴり辛かった。


「えっと、そうじゃなくって。黒羽くんに言っておかなきゃいけないことがあって」

「あ~、そんなこと言ってたっけ」

「うん。さっき、私のお父さんが亡くなってるって言ったけど、私のお父さんね」

「う、ん?」

「お父さん元警察官で、亡くなる間際までは私立探偵をしていたの」

「そっか」


 花梨ちゃんのお父さんは元警察官……。
 そういや青子ん家の親父さんもそうだな――なんて、意外と身近に警察官ているものなんだなと快斗は何となく思う。


「でね、そのお父さん繋がりでというか、なんというか……」

「うんうん」

「家にね、時々警察官のお兄ちゃんたちが遊びに来ることがあるの」

「え」


 ――警察官のお兄ちゃん……?


 お兄ちゃんと言っているから、かなり年上の人たちだと思うが花梨の家に遊びに来るとはいったい……。


(……遊びに来る? なんで?)


 快斗は警察官が来るということより、“お兄ちゃんたちが来る”ことの方が気になって仕方ない。
 一人暮らしの女子高生の家に、警察官だかなんだか知らないが男たちがやって来て、いったい何をして遊ぶ?

 快斗は彼氏として心配になってしまう。
 とりあえずまだ花梨の話が続きそうなので、まずはそのまま続きを聞くことにした。


「黒羽くんは怪盗キッドだから、鉢合わせるとまずいんじゃないかなって思って」

「あ、そういう話?」


 ――いや、そんなことより何で花梨ちゃん家にその兄ちゃんたちは来るわけ!?


 お父さん繋がりという前振りがあったから、それ繋がりではあると頭では理解している。
 が、彼女の家に見知らぬ男が複数遊びに来ているということがもう――。
 花梨が自分を案じてくれている気もするがこれは。

 ……快斗は花梨に相槌を打った後で口を引き結ぶ。


「お兄ちゃんたち、すっごく勘が鋭い人たちなの。黒羽くんが捕まるとは思わないけど、リスクがないとは言えないから私……」

「……で、別れたいって?」


 目を伏せる花梨に快斗は眉間に皺を寄せ、じっと鋭い視線を送った。


「そういうわけでは……。ただ、黒羽くんは何か理由があって怪盗キッドをしているんでしょ? その邪魔をするようなことはしたくなくって」

「……つまり、オレが心配だからってこと?」

「うん……心配。黒羽くんのこと、好きになりかけてるから捕まって欲しくないの」

「花梨ちゃん……」


 ――あ、オレ花梨ちゃんのこの眼ダメだわ、もうすき……。


 自分を見つめる花梨の瞳に涙が滲んで見えて、快斗は鋭い視線を軟化させる。
 満月のように輝く宝石の瞳シトリンが綺麗過ぎて、じっと目を合わせていると何も言えなくなってしまう。
 彼女には敵わないと悟った。


「私の幼なじみも探偵やってて、彼もすっごい勘が鋭い人でね。ときどき家に来るの。こっちも鉢合わせしてしまったらと思うと……」


 花梨が自らの腕を抱く様にしてぶるっと震える。

 正月に手を繋いでいた男のことだと思うのだが、確か逸れないように転ばないようにと気遣ってくれたのではなかったろうか。
 そんなに怖い幼なじみなのかと快斗は気になった。

 ……ここは安心させてやろうと声を掛ける。


「花梨ちゃん」

「私自身も色々トラブルを呼び込んじゃう体質だし、黒羽くんに迷惑掛けちゃうと思うと、私たちが付き合うのってすごくリスキーだと思うのね」


 花梨は快斗の呼び掛けに気付かなかったらしい。
 弱ったように眉を下げた。


「っ、花梨ちゃん!」

「っ? あ、はい」


 もう一度大きな声で呼びかけられ、花梨はハッと目を瞬かせる。


「花梨ちゃんはオレのこと好き?」

「あ……えと、はい。すき……だと思う、少しずつ惹かれてるよ?」

「そっか、よかった。オレも花梨ちゃんが好き。オレは誰と鉢合わせようと、どんなトラブルに巻き込まれようと、花梨ちゃんがオレを好きでいてくれるなら構わねーよ?」


 ――オレにはもう、この子って決めちまったし。


 なぜ彼女が自らの正体を知っていたのかは知らないが、既に秘密を知られている以上、快斗はいつか怪盗キッドが盗みを働く目的を話そうと思っている。
 ……その話をしたら彼女にも危険が及ぶかもしれない。
 だが秘密を共有すれば傍で堂々と守ってやることができるじゃないか。

 快斗自身、自分でも不思議なのだが、どうしても彼女を手放したくない。
 手放しちゃいけないと本能が言ってるみたいで手放せない。
 だから自分にとっての不都合が多少あったところで、花梨と別れる気などこれっぽっちもないのだ。

 リスク上等。

 花梨が自分から逃げるようなことがあれば、恐らく暴走する。
 ……そう確信できる狂気じみた想いが胸の内にある快斗は、花梨の髪を一束手にしてそれに唇を落とした。



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