白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
039:一緒に帰ろうぜ!
◇
「かーりんちゃんっ! 終わった? 一緒に帰ろうぜ!」
「あっ、今行くー」
……快斗と花梨がお付き合いを始めて三日目。
花梨は放課後、本を借りるために図書室に来ていた。
そこへゴミ捨てを終えた快斗が迎えにやって来る。
「なんの本借りたんだ?」
「んと……日本神話の本」
「へー。そういうの興味あるんだ?」
「ん~、一応、勉強しとこうかなって」
「ふぅん?」
二人で廊下を行きながら話をしていると、快斗は花梨の鞄をひょいと取り上げ、自分の鞄と一緒に肩に掛けた。
「鞄、重くない? 今日、持ち帰るのいっぱいあって」
「んにゃ~?」
花梨の鞄の中には予習用の教科書、ノート、借りた本が入っている。
快斗の鞄に何が入っているかは知らないが、それなりに重いはずだ。
二人分の鞄はかなりの重量があるはずだが、快斗は涼しい顔で隣を歩く花梨に笑顔を見せた。
「ありがとう、黒羽くん」
「へへっ、いーってことよ! 彼女の鞄持ちくらいさせて」
「彼女……」
「そっ。花梨ちゃんはオレの彼女だよな?」
急に立ち止まったかと思うと顔を覗き込まれ、快斗と目が合った。
前髪長めの鬘を着けていると、どうしても目が合いにくいから、近付いた距離にドキッとしてしまう。
「……そうだね」
「……花梨ちゃんが早くオレと同じくらい好きになってくれるといいなあ」
「……手、繋ぐ?」
花梨は「はいっ」と手を差し出した。
昨日も、一昨日も。お付き合いが始まった日から手を繋いでいるから、いつもは快斗からだが、今日は自分から誘ってみることにしたのだ。
「つなぐっ! へへっ。なんかこういうのいいな!」
快斗は花梨の提案にふにゃっと、それはそれは嬉しそうに目を細め、手を取って繋ぐ。彼の手は大きく温かかった。
……廊下には夕日が差し込み、もうすぐ日が暮れる。
「花梨ちゃん、今日も家まで送らせて」
「え、でも悪いよ」
「いーからいーから。彼氏の特権!」
「……そう? じゃあ、お願いしようかな?」
快斗がにこにこ笑顔で、花梨のマンションのある方へ行こうとする。
お付き合い初日から家を知られてしまい、花梨は今日も快斗に家まで送ってもらうことに。
……昨日、一昨日と二人で色んな話をした。
他愛もない話がほとんどだが、快斗が一人暮らしをしていると聞いて、私も……と、花梨は意外な共通点である一人暮らしのメリット・デメリットを語り合う。
たまに裸で過ごしている話題が出て、快斗は「やば」と、何を想像したのか顔を真っ赤にして鼻を押さえていた。
互いの家はそこまで離れておらず、快斗に「そのうち遊びにおいでよ」と誘われ花梨は「そのうちね」と返した。
青子が隣に住んでいると聞いて、だからこそあれだけ仲が良いのだと花梨は理解する。
……今はまだ、花梨自身、快斗をそこまで思っていないから平気なのかもしれないが、家も隣の幼なじみだからあの距離感でいるのだと腑に落ちた。
花梨も新一とはかなり距離が近い。互いに意識していないからこそできる距離感なのだ。だから妬いたりなどは、今のところまったくない。
新一と比べているわけではないが、花梨の周りに同年代の男の子で話をするのは彼だけ。
なのでつい比較してしまったが、いつもクールな新一と比べて快斗はよく笑う人だ。
彼の笑顔を見ていると気持ちがほっこりする。
ちょっと強引にお付き合いが始まってしまったが、快斗は荷物を持ってくれたり、さり気なく車道側を歩いてくれたり、褒めてくれたり、好きだという好意もしっかり伝えてくれたりと、なかなかマメで。
自分がなんだか、お姫さまになったような気分にさせられる。
そんな彼の態度に、少しずつ惹かれているなと花梨は感じていた。
「花梨ちゃんのマンションって、でけーよな」
花梨の住むマンション前まで来ると、快斗がそれを見上げる。
七階建てのマンションはまだ新しく、高級志向のファミリー層向けのもの。落ち着いた雰囲気の高い天井に広いエントランスがあり、床は大理石のような床でコンシェルジュもいる。
入口だけでなく、エントランス内にも監視カメラが数台しっかり設置されており、セキュリティーも高そうだ。
……ついそういうところに目がいってしまうのは快斗が怪盗だからだろう。
「そう……?」
「ひょっとして花梨ちゃんて、どっかのお嬢さまだったりするんか……?」
ガラス張りのエントランス前で足を止め、快斗は尋ねた。
「お嬢さま……? ううん。私、両親がもういないから一人だよ」
「あ……ごめん。黒ちゃんがそんなこと言ってたから……」
「ううん、大丈夫。お母さんは五歳の時に亡くなって、お父さんは十二歳の時にね。それからは親戚の家を転々としてたの」
「そうだったのか……。それで一人暮らし……」
それにしたって高級過ぎやしないだろうか。
高校生一人が住むには贅沢過ぎるし、親戚の家を転々としたという話と、なんだかちぐはぐな気がする。
――けどそうか。花梨ちゃん、苦労してるんだな……。
快斗は繋いでいた手を放し、花梨の頭をそっと撫でた。
「母方の親戚がすごいお金持ちみたいで、家を出て行く代わりにマンションを買ってもらっちゃった」
「はー……すげえな。だってここ、億はするだろ……?」
駅が近く、近隣には商業施設に病院、学校と諸々揃っている。
かなり大きなマンションではあるが、外からパッと見た感じ戸数は少なそうで各部屋は広めに設計されているのだろうと思われる。
快斗の素人目だが、一般的に販売されているそれとは違う気がした。
「そうなんだ!? 綺麗なマンションだなーとは思ってたけど、住所の紙と鍵だけもらって出てきたから詳しく知らなかった」
快斗の疑問に、花梨は目を大きく見開く。
花梨はそういった視点などはなく、全然気が付かなかった。
「……。花梨ちゃんてちょっとずれてるって言われない?」
「ずれてる?」
「そこがオレ的にはツボだからいいんだけど♡」
「ツボ……」
少々世間知らずかなと快斗は思うが、聞いた話じゃ中学三年の秋に長野から一人で出てきたと言っていたから、こんなものかもしれない。
すれてない感じが快斗的には二重丸……どころか花丸だ。
彼女には是非、そのふわふわとした少し抜けている感じのままでいて欲しい。
……快斗の気持ちに花梨が気付くことはできなかったものの、彼が優しい笑顔で見下ろしてくるから、眼を合わせるようにじっと見上げておいた。
「じゃあ、また明日」
「あ、黒羽くん」
花梨に鞄を返した快斗は、エントランス前で別れようと片手を軽く上げるが、呼び止められる。
「ん?」
「よかったら上がってく?」
「えっ」
――……えっ!?
まさかのお誘いに快斗の目が丸くなる。
もう家に誘ってもらえるなんて、思ってもみなかったのだ。
だって、昨日は「そのうち」と言っていた気がする。
いや、それは自分の家に――ということではあるのだが……。
花梨の部屋に行ったら手を繋ぐ以上のことを期待してしまうけれど、いいのだろうか。
まだ彼女は自分を好きになってくれていないから、そういうのはゆっくり進めていこうと思っていたというのに。
ところが花梨の様子が考え込むように真剣な表情で。
「……あの、私も色々と考えたことがあって。話しておきたいことがあるの」
「ぁっ、そういう……?」
「ん?」
「あ、いや……。そういうことなら少しだけ寄らせてもらおうかな」
「うんっ! 寄って行って」
どうやら自分の期待していることにはならなそうだなと考えつつ、快斗はまた花梨の鞄を取り上げ、二人でエントランスを抜ける。
エレベーターに乗り、「この間閉じ込められてね……」なんて話を聞きつつ花梨の部屋へとやって来た。